第23話 吉井さんの暴走

 試着室前に来た、ボクと常連の吉井さん。陽葵さんと陽菜さんは心配そうに付いて来てくれた。


…吉井さんが試着室のカーテンを開ける事で、室内の全貌が明らかになる。2人入るのが精一杯の広さで、立ち位置を入れ替えるのは大変そうだ。


「朝日さん。あなたが先に試着室に入って下さい」

陽菜さんがそう指示する。


「ボクが先なの?」


「吉井さんが先に入った状態で採寸しようとすると、朝日さんの頭や背中で手元が見にくいんです。わたしは中に入れませんから」


陽菜さんは、ボクの後方からしか見れないから視界が狭い。


「じゃあどうすれば良いの?」


陽葵さんと同意見だ。良い方法あるかな?


「なので、朝日さんは吉井さんの後ろから腕を伸ばして測ってもらいます。それなら手元はハッキリ見えます」


つまり、陽菜さんと吉井さんは向かう合うんだな。カーテンは陽菜さんの視界を遮るので閉めない事になる。


「後ろから測られるなんて面白そうね」


「吉井さんも問題なさそうですし、朝日さん入って下さい」


「わかった…」


ボクは靴を脱いでから試着室に入り、最奥の壁に背を向ける。


「次は私ね」


吉井さんも試着室に入ってから、ボクに背を向けた。……それは良いんだけど、何でその状態で距離を詰めてくるの? 詰める必要ある?


そして…、彼女のお尻がズボン越しにボクのに一瞬触れる。


吉井さんは振り返ってニコッと笑ってから、正面を向く。…確信犯だな。


「朝日さん。壁の棚にあるメジャーを取って下さい」


吉井さんの後ろにいても、身長差があるから陽菜さんの姿が見える。


「測る場所は、おへその少し上になります。朝日さんの手元はしっかり見えますから、どさくさに紛れて変なところ触らないで下さいね?」


「わかってるよ」


このやり取りの間に吉井さんはTシャツの裾を折り、お腹を露出させる。


「吉井さん。折らなくても、少し上げるだけで良いんですよ?」


「裾を持つと、両手が塞がっちゃうから」


別に塞がって良いんじゃないの? なんて思いながら、腕を伸ばして彼女のおへそあたりにメジャーの起点を当てる。


「朝日さん、ちょっとズレてます」


後ろからだと、大体しかわからない…。


「ぼく、ここね」

吉井さんはボクの手を握り、正しい場所に誘導する。


両手が空くようにしたのはこのため? ここまで計算してたのかな?


「後は測るだけですが、誤差がなるべくないようにして下さいね」


陽菜さんに言われた通り、慎重に測るボク。でもうまくいかない…。


「朝日さん。測る上で、吉井さんのお腹を触る事は避けられません。勇気を出して下さい」


「お腹でこんなにドキドキしていたら、胸とお尻の時はどうなっちゃうのかしら?」


「吉井さん、余計な事言わないで下さい!」


このままでは、吉井さんはもちろん陽菜さんにも迷惑をかける。やると決めたんだから頑張らないと!


「…お腹が締まるのを感じるわ。やっとぼくが本気を出したようね♡」


その言い方は何? なんて考えるのは後だ。すぐ終わらせる!


「陽菜さん、これで大丈夫そう?」

おへその少し上からメジャーを1周させるので、ボクはその部分を確認できない。


「大丈夫です。○○センチになります」


「ちょっと増えたわね~」

そう言ってから、吉井さんは折っていた裾を直し始める。


「吉井さん、用が済んだなら試着室を出てもらえると…」


「待って。ぼく、私のお腹を揉んでくれない?」


「何でそうなるんですか!?」


ボクも陽菜さんと同じツッコミを心の中でしたよ…。


「マッサージで血流が良くなれば、お腹の脂肪も減りそうじゃない?」


「かもしれませんが、それはご自宅でやって下さい…」


「そんな冷たい事言わないでよ~、陽菜ちゃん」


「すみませ~ん、会計お願いします」

試着室の外から声が聞こえる。いつの間にか別のお客さんが来店していたか。


「少々お待ち下さい! …お姉ちゃん、後は任せたよ」


「はいは~い」


陽菜さんは急ぎ足でボク達から離れていく。


「試着室の中でマッサージか~。面白そう」


「陽菜ちゃんのお姉ちゃんはわかってくれるのね。嬉しいわ」


陽葵さんは止めるどころか、吉井さんに加勢してない? どっちの味方なんだ?


「朝日君、やっちゃいなよ♪」


「ぼく、お願いするわ。


陽葵さんもそれを聴いたんだ。何かあっても助けてくれるはず。ボクは立った状態で、吉井さんのお腹周りをTシャツ越しに優しく揉む。


「…良い感じね」


「アタシも今度やってもらおうかな~」


「そうしてもらったら? ぼくの手、すごく気持ち良いもの♡」


吉井さんは再び後ろに下がり、ボクとの距離を詰める。…そして、彼女のお尻が再度ボクのに触れる。


「さっきもお尻当ててましたよね?」


「あら、陽菜ちゃんのお姉ちゃんは気付いてたみたいね。つい♡」


ついの一言で済む問題なの?


「一緒に気持ち良くなりましょ、ぼく♡」


吉井さんは何度もお尻を擦りつける。今までない感覚に、つい反応してしまう。


「男の子のは正直よね♡」


「って事は…」


「ぼくも気に入ってくれたみたい♡」


正直なところ、気持ち良いのは事実だ。でもこのまま続けるのは…。


「吉井さん、いつまでやってるんですか?」


用が済んだ陽菜さんが戻ってきた。これで何とかなるな…。


「今日はもう帰るわ。バイバイぼく♪」

吉井さんは靴を履いてから、逃げるように店を後にした。


「お姉ちゃん、ちゃんと止めないとダメでしょ!」


「アタシは止めたよ~」


「嘘付かないで! 耳を澄ませて聴いてたんだから!」


つまり、全部バレてると…。ごまかすのは無理みたいだ。


「朝日さんも断らないと! お客様とスタッフは対等な立場なので、全てを受け入れる必要はないんですよ!」


「ごめん…」


「ほんの少しなら見逃すつもりでしたが、わたしが声をかけなかったらずっとやってましたよね?」


吉井さんは飽きるどころか、ヒートアップしそうなノリだったな…。


「なるべく、吉井さんと朝日さんを2人きりにさせない方が良さそうです…」



 「みんな、調子はどうかしら?」


副店長の相沢さんが来店した。そういえば、もうそろそろ上がる時間だ。


「今日は色々あって疲れました…」


そう言う陽菜さんから、確かに疲れの色が見える。


「高校生も大変だものね」


「それもありますが…」


「もうちょっと頑張ってちょうだい。あたしが着替え終わったら、3人は上がって良いからね」


用件を伝え終わった相沢さんは、スタッフルームに向かう途中で足を止めた。


「忘れるところだった。後で、今日1日何があったか詳しく教えてもらうから」


…今度こそ、彼女はスタッフルームに向かって行った。吉井さんの件は話したくないな~。そんな事を思うボクであった。

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