第22話 苦難の連続
“マコール”で、陽菜さんのクラスメートの道芝さんを見送った。これからは彼女も常連になるのかな?
「陽菜。さっきの子は、いつもあんな調子なの?」
「陽葵さん、それは…」
2人のやり取りは、試着室の外から聞いただけだ。訊くのはマズイ。
「あんな調子って、もしかしてさっきの聞いてた?」
「まぁね。だって暇だったんだもん」
「お姉ちゃんが暇だったなら、朝日さんもそうですよね…」
「うん…」
ちょっと気まずい空気が流れる。
「で、どうなの? あの子はやっぱり百合な訳?」
「う~ん。体育の着替えの時は他の人よりジロジロ見てきた気がするけど、それだけだよ。今日みたいな感じは初めて」
「なるほどね~。狭い試着室に2人きりになって、思いが爆発したのか~」
「爆発って…」
真相は道芝さんのみ知る…。
「なんかあの人、陽菜の事ばっかり見てない?」
陽葵さんが目配せで教えてくれた。
店の外の近くにあるベンチに座っている中年の男性が、陽菜さんをじっと見ているぞ。バレるのを避けるためか、時々携帯に目をやっている。
「朝日君。声がけよろしく!」
知らない人に話しかけるのは慣れないけど、これも仕事だしな…。
「アタシも一緒に行くから安心して」
「それは心強いよ、陽葵さん」
万が一の事が起きたら、ボクが何とかしないと!
ボクと陽葵さんは、中年男性のそばにやってきた。彼はボク達の存在を気にせず、陽菜さんを見ている。
「朝日君。心の準備はできた?」
「うん…」
勇気を出し、座っている中年男性の前に立つ。陽葵さんは隣だ。
「おじさん、“マコール”に何か用なの?」
「別に…」
そう簡単には白状しないか。
「ホントかな? あの店員さんをずっと見てたよね? 監視カメラを確認すれば白黒付くよ?」
そんな確認は簡単にはできないはず。陽葵さんのハッタリか。
「……わかった。正直に言うから、話を広げないでくれ」
監視カメラ効果凄いな。今後役に立ちそうだ。
「さっき偶然あの店の前を通った時、色っぽい声が一瞬聞こえたんだ」
おそらく、陽菜さんが道芝さんの胸の採寸をしてる時だな。声を出したのは道芝さんになる。
「それが気になってここで見ていたら、あの店員さんとお客さんが試着室から出るのを見て…」
大体理由がわかってきたぞ。
「つまりその色っぽい声をまた聞くために、あの店員さんとお客さんが試着室に入るのを待ってるんだね?」
「そういう事だ。…これで良いか?」
「良いけど、これ以上はダメ。店員さんが怖がっちゃうから」
「わかった。さすがに営業妨害する気はないよ」
そう言った中年男性はベンチから立ち上がり、ボク達から離れていく。
「あんな事言って戻ってくるかもしれないから、油断しないでね。朝日君」
「うん…」
陽葵さんがいなかったら、こんなスムーズに事は運んでないはずだ。
「陽葵さん助かったよ。ボク1人だったらどうなってたか…」
「別に良いよ。朝日君がそばにいるから、ああやって声をかけられたんだし」
こんな風に気遣ってくれる彼女に感謝だな。
ボクと陽葵さんは店に戻り、経緯を陽菜さんに報告する。
「あの一瞬の声を聞いていたなんて…」
「案外百合のニーズはあるらしいよ? ねぇ朝日君?」
「ボクに振られても…」
「やっぱり試着室では声を抑えないとダメだね」
どこで誰が聞いてるかわからないからな…。
「待って。それを逆に活かさない?」
「どういう意味? お姉ちゃん?」
「採寸中だからこそ起こる会話や音を聞いてもらって、お客さんを呼ぶんだよ」
「それ、男の人ばっかり来ない?」
さっきの中年男性みたいなタイプが押し寄せる気が…。
「かもしれないね。だからそれらを聞く代わりに、ここの下着を買ってもらえばイケるはず。 儲かるよ~」
「男の人が、女性用下着を買うの…?」
普通に考えたらミスマッチだ。
「そうだった。少しは男の人も使える物を店に置いたほうが良いかもね」
男女兼用の商品か。それならあって損する事はない。
「お姉ちゃんにしては悪くない話だから、店長に伝えておくね」
「アレが悪くない話なの? 冗談だったのに…」
「そっちじゃない! 男の人も使える物を店に置く事だよ!」
「な~んだ」
一言に男女兼用といっても色々あるぞ。何を候補にするんだろう?
「今日もぼくがいるのね~♡」
店の外から聞き覚えのある声がしたので振り返ると、常連の吉井さんが来店した。
「いらっしゃいませ、吉井さん。朝日さんとお姉ちゃんは、正式に採用される事になりました。今は研修中になります」
「そうなの。ぼく、これからどんどん私を採寸して、女の体を勉強してちょうだい」
この間の話(15話参照)の後だと、冗談とは思えない。
「吉井さん。それは副店長に話したんですが、厳しいですね…」
「どうして~? 私がやって欲しいって言ってるのよ?」
「正直なところ、ニーズが吉井さんしかないんです。彼は男性目線の下着選びと不審者に声がけするのが、主な仕事になります」
ボク自身、それを望んでいる。採寸するつもりはない。
「なるほどね~。でもそれだけじゃダメよ」
「ダメというのは…?」
「今の時代は、グローバルとLなんとかよ」
Lなんとかって何だ? まったく見当がつかない。
「もしかして、“LGBTQ”ですか?」
「そう、それ!」
陽菜さん、何で分かるの?
「だから男の子も女の子も、誰が相手でも採寸できないとダメなの!」
妙に説得力があるような…。陽菜さんはどう答えるんだ?
「確かに一理ありますが、バストやヒップを測るのはさすがに…」
「なら手始めにウエストはどう? お腹周りはHじゃないわ」
吉井さんの、何が何でもボクに測ってもらいたい意志を感じる。このパワーに抗うのは無理そうだ…。
「男の人の朝日さんも、採寸できたほうが便利かな…」
「そういう事よ。ぼく、準備は良い?」
これ、拒否権ないよな…。
「…わかりました。朝日さん、吉井さんのウエストを測って下さい」
「わかった…」
先輩の陽菜さんがそう言うなら、ボクはベストを尽くすだけだ。
「ただし、わたしも同席します。2人が気になるので」
「それで良いわ。ぼく、試着室に行きましょうか」
吉井さんに手を引かれ、ボクは試着室に向かうのだった。
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