第21話 試着室内で一体何が?

 更衣室から着替え終わった陽菜さんが出てきたので、ボクと陽葵さんの3人はスタッフルームを出る。


「おそ~い! 何やってたの!?」

子供のようにプンプン怒る店長さん。


「私眠いから、着替え終わったら早く来てって言ったよね?」


そうか。陽菜さんの着替えを待ってる間に抱いた違和感はこれだったか。


「すみません…」


クモ退治をしたとはいえ、遅れたのは事実。ボク達は頭を下げる。


「今度から気を付けてね、あっくん」


何でボクを名指しするんだ?


「ぴよちゃんの着替えを覗いて怒られたんじゃないの?」


「違います!」

とんでもない誤解だよ。


「店長、実は…」

陽菜さんが一部始終を話す。


「そっか~。最近ちゃんと掃除してなかったね~。あっくんとまりまりが入ってくれたから、前よりはしっかりやれそうだけど…」


「掃除も大切ですが、まずは基本の接客が先かと」


「そうだね~。…ふわぁ」

店長さんは、手で口元を隠す。


「店長。後はわたしがやるので、休んでください」


「そうさせてもらうよ~」


スタッフルームに向かう店長さんは疲れがたまってそうだ。ボクと陽葵さんが採用されるまで3人で頑張ってたからだろう。


ボクも早く力になれるように努力しよう!



 それからというもの、お客さんがいる時は陽菜さんの接客を後方から観察し、いない時は指導される流れを繰り返す。


今のところ、ボクは下着選びに1回も関わっていない。不審者も見当たらないし、存在意義が問われそうだ…。


なんて考えてる時、1人の制服姿の女性が来店した。あの制服は陽菜さんと同じだ。その人は一目散に、彼女の元に向かって行く。


「あっ、美桜ちゃん」


「ここで陽菜ちゃんに会えるとは思わなかったよ~」


陽菜さんの友達かな?


「陽菜、その子は?」


「わたしのクラスメートの道芝みちしば 美桜みおちゃん」


「よろしくお願いします」


ちゃんとボクと陽葵さんにも挨拶してくれた。しっかりしてるじゃないか。


「美桜ちゃんの家って、確かこのあたりじゃなかったよね?」


「うん。学校終わってすぐ、ここの映画館に向かったんだよ。これから帰ろうと偶然この店の前を通ったら、陽菜ちゃんを見かけたって訳」


“マコール”はショッピングモール内にある。こういう偶然もあり得るか。


「そうなんだ」


「下着屋で働いてるならそう言ってくれれば良いのに~」


「男子に聞かれたくなくて…」


「あぁ、佐下はこういう話になると地獄耳になるよね」


まさかここで佐下君が話題に上がるとは。有名人かも?


「…って、邪魔してゴメン。お詫びに何か買うよ」

そう言って、店内の下着を物色する道芝さん。


「別に気にしなくて良いのに」


「ちょうど新しい下着が欲しかったから。…これ良いかも」

道芝さんはピンクの下着を手に取る。


「これ、ワタシのサイズに合うかな…?」


「あそこの試着室で試着する? 良ければ採寸するよ?」


「陽菜ちゃん採寸できるの? 凄いな~」


「最初は下手だったけどね。店長たちのおかげで何とか形になったかな」


「へぇ~。じゃあ早速、お願いしても良いかな?」


「もちろん」


陽菜さんと道芝さんは試着室に入って行く。この間にお客さんが来たら、ボクと陽葵さんで何とかしないと!



 店内にお客さんがいないと、目と耳が自由になる。だから色々聞こえてくる訳で…。


「試着室に2人入ると狭いね、陽菜ちゃん」


「そうだね…」


「あのさ~、採寸の前にお願いがあるんだけど良い?」


「良いよ。何?」


「陽菜ちゃんの下着見せてくれない?」


道芝さんは何を言い出すんだ? いけない事なのに、つい盗み聞きをしてしまう。


「どうしてわたしの下着を見たいの?」


「だって、下着屋で働いてる陽菜ちゃんの下着は、きっとオシャレだと思うから」


「そんな事ないよ。普通だって」


「普通でも見せて欲しいな~。これからの下着選びの参考にさせてもらうよ」


「う~ん…」


「採寸する時にワタシの下着を見るよね? 見せ合おうよ~」


道芝さんは押しが強いな。クラスメートのこのお願い、陽菜さんはどうするんだ?


「…わかった。でも、他の人には言わないでね」


「絶対言わない。約束する」


……カーテンの向こうで、服が擦れる音がする。チラ見じゃなくて脱いだのか?


「朝日君。百合に興味あるの?」

そばにいる陽葵さんが耳打ちしてきた。


「そういう訳じゃ…」


「その割に、熱心に聞いてるじゃん?」


バレていたか。言い逃れできそうにない。


「お客さんがいないと暇だから、つい聞いちゃうよね。気持ちはわかるよ」


「わぁ~。陽菜ちゃんのブラ可愛い♪」


「そんな事ないよ。美桜ちゃんのブラも似合ってるね」


「ほうほう、2人の上はブラだけと…」


陽葵さん、妄想しやすくなる補足はいらないよ…。


「やっぱり測る時は、ノーブラのほうが良いよね?」


「正確に測るならそうだね。でも恥ずかしくなるから、無理しなくて良いよ」


「ううん、外す」


話の流れ的に、道芝さんはブラを外したようだ。


「陽菜ちゃん。早速測ってくれる?」


「うん…」


「あっ♡」


急に道芝さんの声色が変わった気がする、何があったんだ?


「ごめんね、当たっちゃったみたい」


「いいの。まさか、女の子の陽菜ちゃんの指でこんな気持ちになるなんて…」


「道芝さん、あるんじゃない?」


陽葵さんの補足のせいで、余計な事を考えてしまう。


「…測り終わったよ」


肝心のサイズが聞こえてこない。小声で言ってるのか?


「ついでにウエストも良いかな?」


「もちろん。………終わったよ」


サイズは外部に漏れないようにする。陽菜さんのこだわりは凄い。


「陽菜ちゃん。今度ヒップお願い」


「えっ…」


彼女の嫌そうな様子は、試着室の外にいるボクですらわかる。今までの流れの影響だな。


「…はい、スカートも脱いだよ。陽菜ちゃんも♪」


思った通りだな。陽菜さんはどう出る?


「……」


「今ここにいるのは、ワタシと陽菜ちゃんだけ。誰も見てないよ」


ボクと陽葵さんは聞いてるけどね…。でもわざとじゃない。暇だからつい聞こえちゃうだけなんだ。


「えい♪」


「ちょっと美桜ちゃん。脱がすのは…」


2人きりとはいえ、大胆な事するよな~。


「これでおあいこだね」


「……」


多分、今の陽菜さんの顔は赤いと思う。だから黙ってるんじゃないかな?


「……終わったから、わたしは穿くよ」


恥ずかしいからか、素早く測ったようだ。


「もう終わっちゃったの?」


聞いてるだけで、道芝さんの物足りない様子がわかる。本当にがあるのか、ふざけてるだけなのか…。


「もう測りたいところはない? 美桜ちゃん?」


「うん…」


もうそろそろ潮時のような…。


「陽菜ちゃん。この下着買うね」


「ありがとう。いっぱい測ったかいがあったよ…」


陽菜さんお疲れ様。ボクは心の中で労っておいた。



 試着室から陽菜さんと道芝さんが出てきた。2人は何事もなかったかのようにレジに向かって行く。


「朝日君、百合はどうだった?」

隣にいる陽葵さんが小声で話しかけてきた。


「どうって言われても…」

コメントに困る。


「バイトの息抜きにはなるんじゃない? …あっ、本当にダメだからね?」


「わかってるよ…」


やっぱり下着屋は特殊だよな…。そう思うボクであった。

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