第20話 ラッキースケベ再び!

 大学の3限が終わった後、ボクと陽葵さんは小腹を満たしながら時間を潰す。ボク達は新人なので、しばらくは陽菜さんに指導してもらう流れだ。


高3の彼女は6限まで授業があるので、それが終わらないと“マコール”に来ない。大学生と高校生は、時間の調整が大変だな…。



 今朝、陽菜さんから「今日の夕方は、店長がシフトに入ります」と聞いた。昨日は副店長の相沢さんだけに会ったから、店長さんとは初めて会う事になる。


その挨拶をするために、ボク達は陽菜さんより少し早く“マコール”に行く事にした。


…レジに明らかに若い女性が立っている。店長さんは相沢さんと違って20代らしいけど、歳の差はあまりないような?


まぁ良いや。早速挨拶をしよう。


「あの、店長さんですか? 昨日採用された今川です…」


「おぉ! 君が“あっくん”か~。あいちゃんから話は聞いてるよ~」


どうやら、とても気さくな人のようだ。店長というより、少し年上のお姉さんって感じに思える。


「隣にいるのが“まりまり”だね?」


「はい。まりまりで~す♪」


陽葵さんはすぐ話を合わせる。なんて適応力だ。


「まだ“ぴよちゃん”来てないんだ~。もう少しで来ると思うよ」


ぴよちゃんって誰? ボク達以外に誰か採用したの?


「連絡を取り合ってるから大丈夫。あの子に会う前に店長さんに挨拶したくて」


陽葵さんは相手によって、敬語とタメ口を使い分けるようだ。店長さん相手に敬語は不自然に思える。


「ねぇまりまり。あっくんがポカンとしてるのは何で?」


「…もしかして朝日君。ぴよちゃんが誰かわかってない?」


「わからないよ。陽葵さんはわかるの?」


「当然じゃん。陽菜の事だよ」


「何で陽菜さんが、ぴよちゃんに?」

どういう繋がりなんだ?


「『陽菜』と『雛』をかけてるの。それにしても、あの子がこの呼び方を受け入れるとは思わないけどな~」


「最初は『変えて下さい』って言われたよ~。でもそのまま呼び続けたら、何も言わなくなっちゃった」


陽菜さん、諦めたんだな…。


…後ろから足音がしたので振り返ると、その本人が店内に入ってきた。


「遅いよ“ピヨちゃん”♪」


「何でお姉ちゃんがそれを知ってるの? 店長、もしかして…」


「いつもそう呼んでるから良いよね♪」


「お姉ちゃんには知られたくなかったのに…」


彼女にとって、からかいのネタが増えてしまったか。


「あっくんとまりまりの制服は、明日届くって。だから今日も私服でお願いね」


「はい」


「了解です」


制服と言っても、男女兼用のTシャツとズボンだから今と大して変わらない。それを知った時、どれだけ安心したか…。


「朝日さん・お姉ちゃん、今日もこれを首にかけて」


陽菜さんが持ってきたのは『研修中』と書かれたプレートだ。これがないと、お客さんが判別できない。


「ぴよちゃん、着替え終わったら早くここに戻って来てね。私眠いの…」


「わかりました。なるべく急ぎます」


ボク達3人は、急ぎ足でスタッフルームに入る。



 昨日と違い、ボクと陽葵さんは正式に採用されたので、荷物をロッカーに入れる事ができる。ボク達は一緒に更衣室に入ってから、荷物を入れる。


「わたしはこれから着替えるので…」


「わかってるよ」

急いで出ないと。


「今度からは、アタシもこのタイミングで着替える事になるね。そうなると、朝日君を1人にしちゃうな~」


更衣室はここしかないし、男女が一緒に着替える訳にはいかない。どっちが先に着替えるかは、話し合いの余地がありそうだ。


「朝日さん。念のため言いますが、覗きなんてしたら…」


「絶対しないから!」

イタズラでは済まないぐらいわかっている。


ボクと陽葵さんは更衣室を後にした。



 「なんか、アタシも眠くなってきた~」


スタッフルームにある、空いたテーブルの椅子に座りながら陽葵さんが言う。


「ボク達はこれからバイトなんだから頑張らないと」


「そうだけどさ~。ふわぁ~」


彼女が手であくびを隠してる最中…。


「きゃ~!!」


突然更衣室から陽菜さんの叫び声が聞こえた。何があったんだ?


「朝日君。今すぐ突撃しないと!」


「それは無理だって」

堂々とした覗きになってしまう。


「言っとくけど、これはドッキリじゃないからね」


その言葉、逆に怪しくならない? なんて思った時、更衣室の扉が勢いよく開いた。


「朝日さん・お姉ちゃん、助けて!」


…陽菜さんは制服のスカートは穿いているものの、上半身はブラのみだ。着替えの途中で飛び出してきたのはわかるけど、ボク責められたりしないよね?


「アンタ、大胆な事するじゃん」


「そんな事より、更衣室に大きな虫が…」


「マジで?」


「最近忙しくて、掃除が疎かになってたから…」


そういえば、相沢さんに清掃の話を聞いたな。これもしっかりやらないと。


「陽菜、殺虫剤とかはないの? いくらアタシでも、武器ナシは無理」


それはボクも同じだ。素手で対処はしたくない。


「あそこにあるよ…」


陽菜さんが指差す場所に、殺虫剤と筒状になった新聞紙がセットで置いてある。既に筒状になってるのは、店長さんか相沢さんが虫を叩いたから?


「よ~し、これなら大丈夫そう」

両方を持った陽葵さんは準備万端だ。


「ボクも手伝うよ、陽葵さん」


「んじゃ、殺虫剤ぶっかけるのは朝日君に任せるね。反撃されるかもしれないから」


「わかった」


ボクと陽葵さんは、恐る恐る更衣室に入る。



 「あれが陽菜をビビらせたクモか~。結構デカくない?」


壁にいるクモの大きさは3センチぐらいあるかな。着替える時に突然見かけたら、誰でもビックリすると思う。


「朝日君。思いっ切りぶっかけて!」


表現が少し気になるものの、今はそれどころじゃないか。言われた通り、殺虫剤をかける。


…クモが壁から落ちたぞ。瀕死なのか、動き回ろうとしない。


「次はアタシのターン!」

そう言って、陽葵さんは叩いてトドメを刺す。


勇敢だな…。こういう事は今までもあったかもしれない。


「これで良いね。後は処理して…」


後片付けもスムーズだ。ボク、あまり役に立ってないのでは?


「朝日君がいてくれて助かったよ~」


「そう? 陽葵さん1人でも何とかなったんじゃない?」


「1人と2人では、気分が全然違うよ。それに殺虫剤と新聞紙を持つと、両手が塞がってやりにくいの」


余計な事を考えず、素直に受け取るとしよう。処理を終えてから、ボク達は更衣室を出る。



 「お姉ちゃん、虫は何とかなった?」

手と腕で胸元を隠しながら言う陽菜さん。


「アタシ達の連携のおかげでね」


「そっか。本当にありがとう、お姉ちゃん」


「別に良いって」


「朝日さんもありがとうございます」


「気にしなくて良いからね」

彼女を見ると、どうしてもブラが目に入ってしまう。


「陽菜。朝日君はアンタを助けたんだから、その姿を見られても文句言わないよね?」


「もちろん。わたしが退治すれば良かったんだし、そうじゃなくても上を着直さなかったわたしが悪いんだから」


「だって。朝日君、見るなら今の内だよ~」


陽葵さん、ここでふざけないで欲しい。


「…まぁ、30秒ぐらいなら見ても文句は言いません。ですが、これで今回の件はチャラにさせてもらいます」


陽菜さんは胸元を隠すのを止めた。この流れ、見ないとダメな感じ?


「せっかく見せてくれるんだから、断る理由はないんじゃない? 朝日君?」


確かにそうかも。何度目を奪われそうになったか…。ボクは時間の許す限り見つめた。この事は2度と忘れないだろう。


「…もうそろそろ30秒ですね。わたしは着替えるので」

陽菜さんは再び更衣室に入って行く。


「ねぇ朝日君」

陽葵さんが声をかけてきた。


「どうしたの?」


「アタシ達すごくのんびりしてるけど、何か忘れてる気がしない?」


「言われてみれば…」


それを2人で考えながら、陽菜さんが着替え終わるのを待つのだった。

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