第16話 陽子さんは気付いてしまった…

 陽葵さん・陽菜さんに続いて、彼女達の家にお邪魔するボク。夜に来るのは初めてだから新鮮だ。


「みんな、おかえり」


パジャマ姿の陽子さんが出迎えてくれた。髪は半乾きに見える。


「陽菜が学校帰りにバイトする日は、私が先にお風呂に入るのよ。後がつかえるから」


女性のお風呂は長いからな。そうなるのもおかしくない。


「朝日くん。リビングで詳しい話聞かせてね」


「はい!」



 リビングのテーブルに、小さいお皿が3枚見える。あれは何だろう?


「寝る前の軽食に“バナナヨーグルト”を用意したわ。良かったら食べてちょうだい」


“マコール”に向かう前に軽く食べたけど、そのまま寝るのは物足りないから助かった。陽子さんの気遣いに感謝だ。


陽葵さん・陽菜さんも嬉しそうな様子を見せ、バナナヨーグルトに手を付ける。陽子さんは冷蔵庫から缶ビールを取り出してから席に着く。


「陽葵から朝日くんが下着屋で働くと聞いた時は、ドッキリを疑ったわ」


仮に今のボクが昨日のボクにそう伝えても、信じてもらえないだろう。陽子さんの気持ちはよくわかる。


「ちょっと母さん! 朝日君の事で嘘付く訳ないじゃん!」


「朝日くんの事はねぇ…」


陽子さんの態度が意味深だ。


「あんた。小さい頃は陽菜に嘘付いて、からかってばっかりだったじゃない。覚えてないの?」


「全然覚えてな~い♪」


その顔、絶対覚えてるでしょ…。


「一番面白かったのが『男の人もオッパイ大きくなるんだよ♪』だったかな? 陽菜が興味津々にお父さんを観ていたのを思い出すわ」


「朝日さん。本当に小さい時の話なんです!」

顔を少し赤くした陽菜さんが弁明する。


「大丈夫。わかってるから」


「母さん。それ1本目じゃないよね?」


「ええ、2本目よ。夕食の時に1本飲んだわ」


やはり陽子さんは、酔うと口が滑るタイプのようだ。あの時の疑惑が確信に変わった瞬間だった。(11話参照)



 「陽葵の嘘の事より、朝日くんのバイトの話を聞かせてちょうだい」


ボクはゆっくり、今日の出来事を話す。それを陽葵さん・陽菜さんがフォローしてくれた。


「なるほどね~。副店長さんが良い人で良かったわね」


「ボクもそう思います。チャンスをもらえなかったら、どうなっていたか…」

相沢さんに感謝しないと。


「朝日くんの活躍次第で“マコール”は大きく変わるでしょうね」


とてもそうは思えないけど…。


「今は男性も『美』を意識する時代よ。化粧品や日傘を使う事が珍しくなくなったわ」


「確かに前より見るようになったかも」


陽葵さんの言葉に、陽菜さんが頷く。


「だから朝日くんは貴重な存在なの。“マコール”で唯一の男の子なんだから」


陽子さんの期待がプレッシャーになるな…。それは最終目標にしておいて、今の目標は陽菜さんに追いつく事だ。それができなきゃ話にならない。


「ちょっと待って。もし朝日君が“マコール”で大活躍したら、男の人の下着も扱うようになるのかな?」


話が飛躍し過ぎじゃない? 陽葵さん?


「それは厳しいと思う。もしそうなるぐらい朝日さんが大活躍したら、店を移転するんじゃないかな?」


あの店は男性・女性用更衣室を準備できないほど狭い。陽菜さんの移転案は納得できる。


「何はともあれ、明るいニュースなのは間違いないわ。陽菜、長い目で朝日くんを見守ってあげてね」


「わかってるよ、お母さん」



 「さっき、朝日くんが常連さんの下着を選んだって言ってたわよね?」


「はい。言いました」

吉井さんと柏木さんの2人になる。それがどうしたんだろう?


「その時、下着には触ったのかしら?」


「触って…ないです」

2人が両手に持っている下着に対し、ボクは指をさしただけだ。


「それはダメね。ためらいなく下着を触れるようにならないと」


「近い内に言おうと思ったけど、母さんに先を越されちゃった。アタシもそう思うよ」


ボクはどうなるべきなんだろう? こういう時は、先輩の陽菜さんに訊いてみよう。


「陽菜さんはどう思う?」


「そうですね…。会計や品出しの時はどうしても触るので、何とかして欲しい気持ちはありますが…」


何でだろう? 歯切れが悪いぞ。


「朝日さんがためらいなく下着を触る様子を想像できないというか、そうなってほしくないというか…」


「何となくわかる。朝日君が女慣れしてる感じになるよね」


「朝日くんのをアピールポイントにするなら、ためらいなくは逆効果ね…」


ボクは何もアピールするつもりはないよ…。


「でもさぁ、下着屋にいて下着に触れないのは致命的じゃない? 飼育員さんが動物に触れないみたいじゃん」


「お姉ちゃん、それとこれとは話が違うと思う…」


「同じでしょ!」


動物と下着を同列にするのはどうかな…。


「ねぇ陽葵・陽菜。これから朝日くんに、私達の下着を1セットずつ見せてみない?」


陽子さんは何を言ってるんだ? 酔ってるせいだろうな。


「常連さんの下着を選んだ時、朝日くんは恥ずかしそうにしてたんじゃない?」


陽子さんの問いに、陽葵さん・陽菜さんは賛同する。


「ためらいなく下着を触れるかどうかは後回しよ。だけど見るだけで恥ずかしそうにするのは、さすがにアウトよね?」


「そうだね。顔がずっと赤かったら、お客様に心配されると思う」


「それならマシじゃない? 病気だと思われたら“マコール”の印象が悪くなるよ」


陽菜さん・陽葵さんはバイト経験者だから、お客さんと店の事まで考えられるようだ。凄いな…。


「朝日くん、良いかしら?」


良くないです、なんて言える空気じゃないぞ。どうすれば…。


「もう夜も遅いので、明日とかでも…」


「それはダメです! 今やらないとモヤモヤするので!」


真面目な陽菜さんらしい反応だ。


「朝日君。明日は3限だけだから、のんびりすれば良いじゃん」


3限開始は昼過ぎになる。余程の事がない限り、寝坊する事はない。


「今日は泊まって良いわよ? お父さんの部屋をキレイにしてるから問題ないわ」


ダメだ、誰1人引こうとしない。このまま抵抗するなら…。


「わかりました。やりましょうか」


「決まりね。なるべく急ぐから、朝日くんはこのまま待っててちょうだい」


そう言って、陽子さん・陽葵さん・陽菜さんはリビングを出て行った。


…今日1日いろんな事があったし、バナナヨーグルトで小腹を満たしたから眠くなってきた。3人で戻るまで、机に伏せて寝よう…。

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