第15話 常連客の性事情

 下着屋“マコール”で働く事になったボクと陽葵さん。スタッフルームで必要書類にサインしたり、相沢さんから勤務や待遇においての話を少し聞いた。


みんなに迷惑をかけないように頑張らないと!


「朝日ちゃん・陽葵ちゃん。少なくて悪いけど、お給料よ」

そう言って、相沢さんはボク達に封筒を渡す。


「2時間分になるわ。今日はお試しだから、特別に手渡しね」


普段は銀行振込だとさっき聞いたな…。


「これが人生初の給料だよね? 朝日君?」


「うん」

嬉しいと同時に、働いて稼ぐ大変さを知った。帰ったら両親にお礼を言おう。



 「陽菜ちゃんは学校の後のシフトだから、もうそろそろ終わるの。朝日ちゃんと陽葵ちゃんはどうする?」


「陽菜さんにお礼を言いたいから、ボクは残ります」

挨拶の指導で迷惑をかけたからな。


「アタシも。相沢さんに話したい事があるから」


「あたしに?」


「そう。さっき、吉井さんが店に来たの。その人が男の子の意見を聴きたいってマコールに言ったらしいね?」


「ええ。吉井さんは常連さんだから、無碍にできないの」


「あの人、朝日君にオッパイの採寸して欲しいって。それはどうするの?」


吉井さんは採寸の時に触ってもセクハラ扱いしないと言っていたものの、それが本当かは不明だ。そもそも、そんな勇気・技量はボクにはない。


「おっぱいの採寸か…。のあの人らしいわね」


「年下好き?」


「彼女から聞いたんだけど、マッチングアプリで年下の男の子と結構会うみたいなのよ」


「マジで!?」


陽葵さんが驚くのもわかる。どう見ても、陽子さん・相沢さんより年上だからだ。


「年上の女性に甘えたい男の子が急増してるから、会うのに苦労しないらしいわ。だから下着をたくさん買ってくれるの」


吉井さんが常連になった理由はわかったけど、まさかここで彼女の性事情を知る事になるなんて…。


「男の子の採寸はマニアック過ぎるから、吉井さん専用になりそうね。こればっかりは厳しいわ…」


良かった。ここで前向きに検討されていたら大変だったよ。


「採寸で思い出した。陽葵ちゃん、時間がある時にあたし達全員に採寸してもらうわ。練習だから緊張しなくて良いからね」


陽菜さん・相沢さん・店長さんの3人だな。


「全員なの?」


「おっぱいの大きさ・形は人それぞれだから、なるべく多くの人を測ったほうが良いの。回数をこなすだけじゃダメなのよ」


「それもそうだね。着替えの時に見るだけでも、違いは分かるし」


陽葵さんが採寸する代わりに、ボクは警備員の真似事をする。同じ新人でも、役割は分担できてるな。



 会話が途切れ、ボクと陽葵さんは携帯で時間を潰し、相沢さんは事務作業をしている。そんな中…。


「…もうそろそろ陽菜ちゃんが上がる時間だわ。交代しないと」

そう言って、相沢さんはスタッフルームを出て行く。


「朝日君。バイトの事を母さんに伝えたら『ウチに連れて来て!』って返信があったの。来てくれる?」


陽葵さんと知り合ってから、毎日お邪魔してるぞ。さすがに迷惑なのでは?


「母さん、朝日君から色々話を聞きたいって。ウチに寄ったら帰りは遅くなるから、別の日でも良いよ?」


陽葵さんの家に着く時には20時ぐらいになりそうだ。明日は3限だけだし、遅くなって良いか。ちなみに彼女も同様だ。


「そういう事なら、少しだけお邪魔しようかな」


「わかった。伝えておくね」



 相沢さんと入れ替わるように、陽菜さんがスタッフルームにやって来た。今の内にお礼を言おう。


「陽菜さん、今日は挨拶の指導ありがとう。これからもよろしくお願いします」


「それを言うために残ってたんですか?」


「うん…」


「律儀ですね。お姉ちゃんは…、訊くまでもないか」


「訊いてよ! アタシも陽菜が言いたい事があるの!」


「わたし疲れてるから、ふざけた事言わないでよ?」


「今度、アンタのオッパイ採寸させて!」


「はぁ…。朝日さん、これはどういう…?」


ボクが説明するのか。陽葵さんがわかりやすく言えば済む話なのに。


「さっき相沢さんが言ってたんだ。採寸の練習をするんだって」


「アタシだけだからね。朝日君はやらないから安心して」


「…相沢さんが言ってたなら仕方ないか。今度ね」

そう言って、陽菜さんは更衣室に入ろうとする。


「ちょっと待って。母さんにバイトの事を話したら『朝日君を連れて来て欲しい』って言われたから、3人で帰ろうね」


「わかった」


ボク達は、陽菜さんが着替え終わるまで待とう。


「朝日君。あの扉の向こうで陽菜が着替えてるんだよ? ドキドキしない?」


「しないから…」


本当はしてるけど、それを陽菜さんに聞かれたらマズイ。気を付けないと。



 「お待たせしました」

高校の制服に着替え終わった陽菜さんが更衣室から出てきた。


「そういえばさ~、まだ更衣室を見せてもらってないんだよね。見ても良い?」


「良いけど…」


「朝日君も♪」


陽葵さんに手招きされたので、恐る恐る更衣室に入る。


……中はとても狭く、1度に入れるのは4人ぐらいだな。左右の壁にロッカーが3台ずつあるから、少しだけ余裕がある。今後はボクもここを使うのか…。


「朝日さん。さっきも言いましたが、くれぐれもノックを忘れないで下さい」


「大丈夫だよ。絶対忘れないから」

そんな事をしたら、女性陣を敵に回してしまう。考えただけでも恐ろしい。


「んじゃ、帰ろっか」


店に出ている相沢さんに挨拶した後、ボク・陽葵さん・陽菜さんは退勤する。



 「陽菜。演技の話はどうなった?」


陽葵さんの家に向かう道中、彼女が尋ねる。


佐下君が用意した“空ブラ”と“パンツ予知”の脚本が合わないから、昨日は辞める方向になってたはずだ。(10話参照)


「何とか辞める事ができたよ」


「良かったじゃん。佐下君を説得するのに苦労したんじゃない?」


「かなりしたよ。でも、クラスのみんなが協力してくれたから何とかなった」


「協力してくれたんだ?」


陽菜さんには人望もあるようだ。別におかしい点はない。


「まぁね。佐下君は遅刻や宿題を忘れる常習犯だから、みんなにあまり良く思われてなくて…」


彼女の人望は関係なく、理由を付けて叩きたかっただけか…。


「じゃあ、今年はエロイベントは0になるの?」


「ううん。他のクラスメートの演劇や“水着コンテスト”はやるみたい。佐下君は『仕方ねーから、それで我慢する』って泣きそうな顔で言ってた」


元々、あの脚本は佐下君がセクハラするために作られたものだ。度が過ぎてたし、廃止で良かったと思う。


「佐下君が“マコール”で働く事になったら、何日持つんだろ? すぐ問題起こしそうだよね~」


「初日でクビになる気がする…」


などという姉妹の会話を聴いてる内に、彼女たちの家の前に着くのだった。

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