第13話 下着屋“マコール”を知る

 陽菜さんに続いて、彼女のバイト先である下着屋“マコール”に入るボクと陽葵さん。…今のところ、お客さんはいないようだ。


「いらっしゃいませ~♪」


レジにいる笑顔の女性がボク達に近付いてきた。年上なのは間違いないけど、陽子さんの事があったので外見で歳を推測しにくい。彼女とそれほど差はないような…。


「相沢さん。こちらが先程話した男性になります」


「今川 朝日です…」


第一印象は、優しそうな茶髪の女性だ。下着屋で勤務してる影響か、とてもオシャレな印象を抱く。


「朝日ちゃんね。じゃあ、隣にいる方は?」


朝日ちゃん…。まさかちゃん付けされるとは。


「初めまして。妹がお世話になっています、姉の陽葵です」

自己紹介した後、彼女は頭を下げる。


普段とは打って変わって真面目な様子だ。やっぱりバイト経験者は凄い。


「あたしはマコールの副店長、相沢あいざわ佳代かよよ」


副店長…。つまりこの店のナンバー2だな。


「相沢さん。朝日さんとお姉ちゃんのカバンを、レジカウンターの空きスペースに入れても大丈夫ですか?」


「もちろん」


先にレジカウンター内に入った相沢さんに手招きされた後、ボクと陽葵さんも続く。そして空いているスペースにカバンを入れる。


「わたしはこれから着替えてきますね」

陽菜さんはそう言って、店の奥に入って行く。


「朝日ちゃん・陽葵ちゃん。詳しい話は、陽菜ちゃんが着替え終わって交代してからしましょう」


「はい…」



 店内の邪魔にならないところで待機するボクと陽葵さん。相沢さんが勤務している様子を観て勉強中だ。


店内に1人だけいる女性客が、ボクの存在が気になるのかチラチラ見てくる。一体どんな風に思われてるんだろう?


…おや? そのお客さんが下着を持って移動し始めたぞ? アレを買うのかな?


「朝日君、あのお客さんから目を離して。多分試着室に行こうとしてるから」

隣にいる陽葵さんに小声で注意された。


女性客は彼女の言うように、試着室に入って行った。


だからボクの事が気になったんだな。覗きとかされないように…。やはり下着屋に男のボクは不要な気がしてならない。


「遅くなりました!」

相沢さんと同じ制服に着替え終わった陽菜さんが戻ってきた。


「陽菜ちゃん、後は任せたわ」


「はい!」


「朝日ちゃん・陽葵ちゃん。こっち来て」


「はい…」

ボク達は陽菜さんと入れ替わる形で、店の奥に入る。



 相沢さんに“スタッフルーム”と紹介されたところは、お世辞にも広くない。


デスクトップパソコンがあるデスクが1台、そこそこ大きい机が1脚ある。その周りに4脚のパイプ椅子があるので、向かい合って座る事が可能だ。


「ごめんね、パイプ椅子で…」

相沢さんが申し訳なさそうな顔をする。


「気にしないで下さい」


真っ先に答えたのは陽葵さんだ。


「ありがとう。早速座ってちょうだい」


相沢さんの言葉通り、ボクと陽葵さんは隣同士・彼女とは向かい合って座る。


「2人とも、楽にして良いからね」


「はい…」


そう言われても、緊張してるから楽はできない。それは陽葵さんも同じようだ。


「さっき思い出したんだけど、陽葵ちゃんって本当はもっと気さくな感じよね? あの時、陽菜ちゃんをからかってたんだから」


「えっ? あの時近くにいたんですか?」


大学の入試が終わった後、陽菜さんが働いてる様子を見に行ったらしい。そこで何かやらかしたせいで、彼女に『もう来ないで!』と言われたとか…。


「ええ。仲が良い姉妹だな~と思って観てたの。気付いてなかった?」


「はい…」


「ここは店の奥だからお客さんに聞かれる事はないし、あたしはタメ口OK派なの。だからお母さんだと思って話してね」


「は~い」


陽葵さん、適応力早くない? 凄すぎる…。



 「相沢さん。さっき陽菜から『男の人の手が欲しい』って聴いたの。その理由を教えてくれる?」


本当にタメ口になってる。ボクはできそうにない…。


「その理由は2つあるわ」


2つもあるの?


「1つ目は“新サービス”のためね」


「新サービス?」


陽葵さんの言葉をきっかけに、互いに見合うボク達。


「突然だけど朝日ちゃん。あなたは『』について考えた事ある?」


「いえ、まったくないです…」

ゲームや漫画の事ばかりだな…。


「男の子はそうかもね。一言に『美』といっても、実は3種類あるの」


「3種類…ですか?」


「そう。まずは『自分が思う美』。いくら他の人が美しいと言っても、本人が美しく思わないとダメよね?」


「はい…」


「次に『同性が思う美』。同じ女性に美しいと思われる事は、何よりの自信になるわ」


「なるほど…」


「最後に『異性が思う美』。男性を虜にしたい気持ちは、多くの女性が持ってると思うわ。朝日ちゃんだって、陽葵ちゃんと陽菜ちゃんに良いところ見せたいでしょ?」


「まぁ、そうですね…」

少なくとも、情けないところを見せたいとは思わない。


「『主観』と『客観』の2つでは不十分なの。男性と女性は体付きも違えば考え方も違う。客観の一括りに出来ないわよね?」


「はい…」


「だから下着屋にも男性の意見を取り入れたいのよ。もちろん嫌がるお客さんはいるから、事前に確認するわ」


つまり、許可をもらった女性客相手に接客するんだな。だとしてもハードだ…。


「2つ目は何なの? 相沢さん?」


「不審者を威嚇するため、かな」


「あ~。何となくわかる~」


陽葵さんには心当たりがあるようだ。


「たまにいるのよ。店の外から女性や下着をジロジロ観る人が。下着をネタにHな妄想をするか、下着自体が好きかはわからないけど…」


「そんな人がいたら迷惑だよね~」


「そうなの。注意しようとしても、女だから舐められる事も珍しくないわ」


「ショッピングモールにいる警備員さんは? 何もしてくれないの?」


「来るまでに時間がかかるし、来てくれても現行犯じゃないから厳しいのよ。監視カメラの映像確認は、面倒だからスルーされがちで…」


「そこで朝日君の出番って訳か」


「その通り。怪しい人にすぐ声をかけてくれれば、抑止力になると思ってね」


要するに、この下着屋だけの警備員になるって事か。


「もちろん清掃とか品出しとか、別の事もお願いしたいかな。でもさっきの2つが最優先だとあたしは思ってる」


言い換えれば、その2つができなければボクは不要だな。


「しばらくは、陽菜ちゃんにマンツーマン指導してもらうつもりよ。あの子はしっかりしてるから、本当に助かるわ」


それはボクもわかっている。彼女に指導してもらえるなら心強い。


「朝日ちゃん、どうかな?」


「そうですね…」

内容が内容だ。即決はできない。


「少しでも気になるなら、今からお試しで1~2時間やってみない? もちろんお給料は出すわよ」


接客と警備員の真似事…。ボクに出来るとは思えないし、断ったほうが良いかも?


…いや、それじゃダメだ。このままだと、いつまでも殻は破れない。それに今後、相沢さんのような優しい人と会えるかどうか…。


もし迷惑をかけたら、2度と来なければ良い。これから下着屋と接点ができる事はあり得ないからな。


「…ボクで良ければ、お試しで働かせて下さい」


「良く言った朝日君!」


「ありがとう朝日ちゃん。これから頑張りましょうね!」


「はい…」

やると決めたんだ。ベストを尽くそう!


「相沢さん、ここのスタッフは何人いるの?」


陽葵さんは何でそんな事訊くんだろう?


「3人よ。この間までは4人だったけど、高校3年になって辞めた子が1人いるの」


陽菜さんと同学年の人がいたんだな。


「そうなんだ。もしスタッフを募集してるなら、応募したいの」


相沢さんの人柄に惹かれた感じかな? 気持ちはわかる。


「もちろん募集してるわ。陽葵ちゃんは採用よ!」


まさかの即決? さすがの陽葵さんも驚いてるな…。


「『採用は私に相談しなくても、あいちゃんの独断で良いからね~』って未来みらいちゃんに言われてるから」


そう言った相沢さんはハッとする。


「言い忘れちゃった。未来ちゃんは、ここの店長よ。あたしより年下の20代だけど、陽菜ちゃんみたいにしっかりしてるの」


そう言うって事は、相沢さんは30代か? 20代と30代の差がわからない…。


「朝日ちゃんと陽葵ちゃんは、さっきのように店に出てちょうだい。何かあったら陽菜ちゃんに訊いてね」


「わかりました…」


「朝日君、頑張ろうね!」


「あたしはここにいるから」


ボクは覚悟を決めてから、陽葵さんと一緒にスタッフルームを出た。

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