第12話 ドキドキの職場見学が始める

 家に帰ってから、ボクはバイトについてずっと考えている。陽葵さんは明るい性格だし、声も通る。高校の時にバイトしてたらしいし、すぐ新しいバイト先を見つけられると思う。


陽菜さんは1年の時からバイトしてるようだ。それだけでも凄いのに、頭も良いなんて…。ボクの立場がないよ。


考え続けて疲れたものの、寝る間際に“陽菜さんが働いているところを観て勉強させてもらう”という結論に達した。


彼女がどういうバイトをしてるか知らないけど、観察して無駄になる事はない。何が参考になるかわからないからね。


明日の大学は3限と4限を受ける予定だ。陽葵さんに事前に確認したところ、3限は一緒になるみたいなので、その時に今の気持ちを話そう。



 翌日。3限の講義室前で陽葵さんと待ち合わせた後、ボク達は一緒に講義室に入って隣同士に座る。


「陽葵さん。バイト先を決める前に陽菜さんがバイトしてるところを観て、いろいろ勉強したいと思うんだ」


「“職場見学”ってやつだね。良いと思うよ。…あっ」


彼女が何かに気付いた様子を見せる。


「どうかしたの?」


「今思い出したけど、陽菜が働いてるところを朝日君が観るのは厳しいと思う」


「どうして?」


「だってあの子、の接客してるから」


「えっ? 下着屋?」

予想外の言葉が出てきたぞ。


「そう。だから男の人の朝日君が店内に入ったり、陽菜を観るのは大変だと思うよ~。どこを見ても下着が目に入るから」


確かに目のやり場に困る。厳しいどころじゃない。


「でも、それも経験の1つかもね。下着屋は男の人立ち入り禁止じゃないし、頑張ればイケるよ」


陽葵さんはそう言うものの、接客よりハードルが高い。そんな勇気があるなら、接客できるのでは…。


「陽葵さん。悪いけど、さっきの話はなかった事にしてくれるかな?」

陽菜さんに限らず、働いている人をしっかり観察すれば済む話だ。


「わかった…」



 3限が終わり、4限を受けるために別行動をとるボクと陽葵さん。今日は彼女の家に寄る気はなかったけど、4限が終わった後に『正門に来て』と連絡があった。


直接話したい事があるのかな? そう思い向かうと、陽葵さんだけでなく高校の制服姿の陽菜さんもいた。


「陽菜さん、どうしてここに?」


「お姉ちゃんから連絡があったんです。朝日さん、わたしが働いてるところを観たいらしいですね?」


「陽葵さん。その話はなかった事にして欲しいって言ったはずだよ?」

一体どういうつもりだ?


「だけど『陽菜に秘密にして』とは言われてないよ? 朝日君のバイトの事を気にしてるのは、陽菜も同じなの」


そう言われると、これ以上責められないな…。


「わたし、これからバイトなんです。よければ朝日さんも来て下さい」


「でも…」

下着に対する考えは変わっていない。


「バイト先の相沢副店長が『男の人の手が欲しい』と言ってました。朝日さんに合う仕事を振ってもらえるかもしれませんよ?」


ボクに合う仕事か。裏方の事だろうな。


「一応訊くけど、その相沢副店長は女性だよね?」


「はい。今のところ、スタッフ全員女性になります」


そりゃ下着屋だからな…。男がいるとは思えない。


「陽菜。どうして相沢って副店長は、男の人の手が欲しいの? 品出しとかは女の人にもできるじゃん?」


陽葵さんの言う通りだな。下着は重い物じゃないし…。


「理由は知ってるけど、それはわたしじゃなくて相沢さんに訊いて欲しいな」


男がいたほうが良い理由…。まったく見当がつかない。


「もちろん無理強いはしません。あまり時間がないので、わたしはそろそろ失礼しますね」


下着屋を見学か…。恥ずかしい事に変わりないものの、陽葵さんと陽菜さんが与えてくれたチャンスをみすみす逃して良いのかな?


このままだと、適当に理由を付けて逃げるようになる気がする。そんなボクを見て、2人はどう思うかな? 失望はさせたくない!


「陽菜さん。ボクも連れて行って欲しい」

今のボクに選り好みしてる余裕はないはずだ。


「わかりました」


彼女は微笑みながら答えてくれた。


「もちろんアタシも行くからね」


どうやら陽葵さんも付いてくるようだ。


「お姉ちゃんは別に来なくて良いんだけど…」


「そんな冷たい事言わないでよ~」


ボク達は下着屋に向けて移動し始める。



 「2人が通ってる大学のそばに、ショッピングモールがありますよね? わたしのバイト先は、そこに出店してるんです」


移動中、陽菜さんが教えてくれた。


「そうなんだ。歩いて行ける距離だね」

むしろ高校から通うほうが時間かかるぞ。


「アタシもそれ聞いた時はビックリしてさ~。入試が終わった後に初めて遊びに行った事があるの」


ボクは言うまでもなく、まっすぐ帰ったな…。


「お姉ちゃん、バイトしてるわたしを子供のように見てたんですよ。だから『もう来ないで!』って言ったんです」


だから陽菜さんは、陽葵さんに来て欲しくなかったのか…。


「あの時いっぱい謝ったよね? まだ気にしてるの?」


「許すと忘れるは別だから」


陽葵さん、今日は大丈夫だよね…? そう思わずにはいられない。



 陽菜さんに案内され、ショッピングモール内にある下着屋の前で足を止める。


「ここがわたしのバイト先の“マコール”です」


下着屋だから当然だけど、店の入り口に堂々と下着が展示されている。…あの時の決意を無駄にする訳にはいかない!


「わたしはこれから相沢さんに声をかけてきます。お姉ちゃん、何かあったらよろしくね」


「任せてよ」


陽菜さんは店内に入って行く。


「朝日君が誤解されそうになったら、アタシがフォローするから安心して!」


やっぱり陽葵さんがそばにいてくれて良かった。ボク1人では何とかできる自信がない。


…陽菜さんがボク達の元に戻ってきた。思ったより早いな。


「朝日さん・お姉ちゃん。これを首にかけて下さい」


受け取った物を確認すると、プレートに『見学中』と書かれている。


「それがないと、朝日さんは不審者に見られやすいので…」


「ちょっと待って。アタシはいらなくない? 女なのに不審者に見られるって事?」


「スタッフじゃない事をお客様に知ってもらうためだよ」


「そっか…」


失言の自覚があるのか、顔を少し赤くする陽葵さん。今後、陽菜さんを子供扱いする事はできないな。


「カバンはカウンターの後ろに置いておけば大丈夫でしょう」


「わかった。そうさせてもらうよ」


カウンターか…。陽菜さんがここにいる以上、店内には彼女以外のスタッフがいるはずだ。顔を合わせる事は避けられそうにないし、第一印象は良くしないと。


ボクはそう思いながら、陽菜さんに続いて店内に入る…。

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