第10話 大人の余裕?

 リビングで陽葵さん・陽菜さんと話してる途中で、パートを終えた陽子さんが帰ってきた。


「ただいま。今日も来てくれて嬉しいわ、朝日くん」


歓迎してもらえるのは、ありがたい事だな。


「これからも陽葵と陽菜をよろしくね」


「はい」


なんて答えたけど、お世話になってるのはボクのほうだ。


挨拶を終えた陽子さんはリビングを出ようとする。その時…。


「母さん。昨日陽菜が演劇について言ったの覚えてる?」


「もちろん」


陽葵さんが呼び止めたので、陽子さんはボクの隣の席に座る。


「それの簡単な脚本ができたらしいから見てくれる?」

彼女はそう言って、シワシワのルーズリーフ1枚を陽子さんに渡す。


「……あら、“私に演劇に参加して欲しい”って書いてあるわ」


“空ブラ”の千春さん役の事だ。


「お母さん、さすがに厳しいよね?」

彼女の顔色を伺う陽菜さん。


「演技なんてやった事ないし、練習と家事・パートの両立は難しいかな」


「そうだよね…」


これにより、空ブラのボツが確定だ。陽菜さんだけでなく、陽子さんも消極的なのが決定打になった。


「……『古賀母娘のレズシーンを入れたい』ねぇ。佐下君は面白いわ」

クスッと笑う陽子さん。


「佐下君には、明日厳しく言っておくから!」


実の母娘でそんな事するように指示されたんだ。陽菜さんが怒るのも無理はない。


そんな中、陽子さんは突然席を立ち、陽菜さんの隣に移動する。脚本を読み終わってリビングを出ると思ったのに…。


「ちゅ♡」

彼女は陽菜さんの頬にキスをした。


「お母さん、なななななな何をするの!?」

突然のキスで軽くパニクってる陽菜さん。


「キスはレズシーンに入るのかな?と思って、ちょっと試してみたの。陽菜、落ち着きなさい」


そう言う陽子さんに、動揺は一切見られない。


「母さんは何ともなさそうだね?」


「そんな訳ないじゃない。軽い気持ちでやったけど、思ったより緊張するわ。演技してる時だったら、セリフをド忘れしそうよ」


言葉と態度が一致しない。これが大人の余裕が成せる業かな? 用が済んだ陽子さんは再び席に戻る。


「この“パンツ予知”というのも変わってるわね」


候補②の脚本の事だ。変わってるとかいうレベルじゃないと思う…。


「それ、アンダースコートはダメみたいなの。みんなに下着を見られるのは恥ずかしいから、演技をやる事を断ろうと思ってるんだ…」


「無理をしちゃダメだからね。陽菜が言いづらいなら、代わりに私が言っても良いわよ?」


「大丈夫。わたしがちゃんと話すから」


陽菜さんなら、きっと問題ないはずだ。佐下君がすぐ諦める事を祈ろう。



 「これに書いてある脚本は2つなのね。陽菜、他にも脚本はあるのかしら?」


「わからない。とりあえず、それを佐下君にもらっただけだから…」


「何にせよ、佐下君は下心出し過ぎよ。他の脚本も似たり寄ったりでしょうね」


ボクも陽子さんと同じ意見だ。いくら何でも度が過ぎてる。


『ぐうぅ~』


リビングに可愛らしいお腹の音が響き渡る。誰が鳴ったんだろう?


「…私ね。お腹すいてるから、早めに夕食にしても良い? 陽葵・陽菜?」


「もちろん良いよ。アタシも減ってるし」


「わたしも」


「そうだ、良かったら、朝日くんも一緒にどう?」


「さすがに悪いですよ…」


「気にしないで。朝日くんと話したい事はいっぱいあるから。それに、お父さんの出張が決まる前に買った食材を使いたいの」


「そういう事なら、お言葉に甘えます…」

断り続けるのも失礼だよな。


「ありがとう。何かリクエストはある? なるべく応えるわよ?」


「じゃあ“お肉”にして!」

ボクに代わり、陽葵さんがリクエストした。


「お肉ねぇ…。ハンバーグで良いかしら?」


「ハンバーグ好き! 朝日君はどう?」


「ボクも好きだよ」


「決まりね。陽葵、ちょっと手伝ってくれる?」


「えっ?」


ポカンとする陽葵さん。普段からそう言われてるなら、そんな態度にならない気が…。


「わかった…」


「朝日くんは夕食ができるまで、好きに過ごして良いからね」


「はい。そうさせてもらいます」


「わたしは本屋に行ってくるね。すぐ戻るから」

そう言って、陽菜さんはリビングを出る。


マンションの出入り口で会った時、そんな事言ってたっけ…。


ボクは携帯とテレビで時間を潰そう。



 母さんと一緒にキッチンに入るアタシ。手伝って欲しいなんて、今まで1回も言った事ないのに…。


「あんたは、朝日くんにバレないように立ってるだけで良いから」


やっぱり手伝って欲しい訳じゃないんだ。なら別の目的があるはず。


「夕食に“お肉”をリクエストしたのは、朝日くんのためよね?」


これを訊くためか。2人でコッソリ話すために、あんな事言ったんだ。


「そうだよ。朝日君をにしたいの!」


「肉食系って、あの?」


「そう。恋愛にがっつくアレ!」


「それとお肉って、関係ないでしょ?」


「あるよ。お肉を食べてスタミナが付けば、性欲も出ると思って。“名は体を表す”って言うじゃん」


「人はそんな単純じゃないわ…」


よく考えたら、肉食動物の性欲事情を知らないな~。後で調べてみよっと。


「朝日くんを肉食系にしたいって事は、彼氏にしたいのよね?」


「もちろん。初めて会った時からそう思ってるよ」

大学にはたくさんの男の人がいるけど、“ビビッと”きたのは朝日君だけ♡


「なら頑張りなさい。私に出来る事なら何でもやるから」


「それじゃあ、朝日君が肉食系になるように神社でお願いしてきて」


「はぁ?」


母さんの目が冷たい。何で?


「えっ? 何でもやってくれるんでしょ?」


「そういう事じゃないわよ。“家で2人きりになるように”みたいな事!」


「それはアタシの部屋に入るだけで達成できるじゃん?」


「私が家にいたら、朝日くんはやりたい事がやれないと思うわ」


家に帰った時、昨日は母さんがいて、今日は陽菜がいた。もし誰もいなかったら、朝日君はアタシを押し倒したかも?


「えへへ…♡」


「その情けない顔、朝日くんに見せないでよ」



 母さんとの話が済んだから朝日君の元に行こうとしたら、本当に手伝う羽目になってしまった。おしゃべりが長引いたのが原因らしい。


手伝ってる間、リビングで朝日君と本屋から戻ってきた陽菜が話してるのを見かけた。2人ともすごく楽しそうに見えるのは気のせいだよね…?


そんな気持ちを抱いたまま手伝ったハンバーグが完成した。これから夕食の時間が始まる…。

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