第9話 エロ演劇について話し合う

 陽葵さんと陽菜さんがリビングに戻ってきた。どうやら話は終わったみたいだ。


「朝日君。ちょっと訊きたいんだけど、お肉好き?」


陽葵さんは何でそんなことを訊くんだろう?


「好きでも嫌いでもないね。野菜は好きかな…」

母さんが野菜好きだから、その影響を受けたようだ。


「そっか。朝日君は男の人なんだから、もっとお肉を食べるべきだよ!」


そう言う彼女を、陽菜さんは呆れた様子で見ている。


「朝日さんすみません。お姉ちゃんが変な事言って…」


「何が変なの? 朝日君をにくしょ…」


途中で陽葵さんが驚いた様子を見せてから、話すのを止まる。机の下で何かあった?


「にくしょ…何?」

なんて言おうとしたんだ?


「何でもないから! ね?陽菜?」


「わたしに振らないでよ…」


2人で食事の話をしてたのかな? 時間的におやつのほうが向いてる気が…。



 「朝日さん。実は今日、佐下君から演劇の簡単な脚本をもらったんです。一緒に見てくれませんか?」


その話は大学内で陽葵さんから聴いたな。


「もちろん。今日来たのは、そのためでもあるんだ」

陽葵さんに誘われたのも、来た理由になる。


「お姉ちゃん、ちゃんと言ってくれたんだ? あまり期待してなかったのに…」


「いくら何でもひどくない?」


1歳差の姉妹だから、言いたい事が言えるようだ。仲が良さそうで羨ましい。


「脚本については、これに書いてあるらしいです」


陽菜さんは七分丈ズボンのポケットから、小さく折られた1枚のルーズリーフを出した。そしてそれを広げ始める…。


「シワシワですみません。彼が言うには、失敗作だと思って丸めて捨てたのを再利用したようで…」


「一応、字は読めるから問題なさそうだね」


陽葵さんの言う通りだな。ぱっと見、滲んだり擦れてはいないようだ。


「さすがに読めなかったら、わたしに渡さないと思うよ…」


ボクと陽葵さん・陽菜さんは向かい合って座ってるから、紙の向きを何度も変えるのは面倒だ。そこで陽菜さんが読み上げる流れになった。


一体、佐下君はどんな脚本を書いたんだろう?



 「えーと、候補①のタイトルは“そらブラ”っていうらしいです」


脚本は複数あるのか。今のタイトルは、聞いた感じだと略語だな。どういう風に略したらそうなるんだ?


「“空からブラが落ちてきた!”の略みたいです」


「ふ~ん。アンタのクラスメート面白いね~」


「面白いを通り越してるけど…」


陽菜さんもそれなりに苦労してるようだ。佐下君は問題児かもしれない…。


「大まかなストーリーですが…、高校1年生の今村いまむら れい君が、登校する時にあるマンションのそばを通ろうとします。その時に空から大きいブラが落ちてきたようで…」


「それをきっかけに、ラブコメが始まる感じ?」

陽葵さんが尋ねる。


「そうだね。そのブラを落としたのは、今村君のクラスメートのお母さんらしいよ。クラスメートは女の子で、名前は古賀こが 千夏ちなつさん。お母さんは千春ちはるさんだって」


「落としたのはお母さんでも、ブラの持ち主はどっちになるの?」


陽葵さんの言うように、両方同じとは限らない。


「お母さんだって。千夏さんはちょっと貧乳の設定みたい」


「…なんかウチと似てない? 佐下君、母さんに会った事ある?」


「ないはずだよ。あったとしても、三者面談の前後ですれ違うぐらいだと思う」


「つまり、佐下君はそういう女の人が好きなんだね~」


好みが脚本に反映されたって事? 現実とフィクションは別のような…。


「今村君役を佐下君がやって、陽菜が千夏さん役をやるんだよね? じゃあ千春さん役は誰がやるの?」


設定に従うなら、千春さん役は大変なはずだ。確かに気になる。


「わたしもわからない…。あれ?」

陽菜さんが何かを見つけたようだ。


「どうしたの? 陽菜?」


「『できれば、古川さんのお母さんの参加希望!』って書いてある」


文化祭の演劇に保護者が参加できるのかな? 最後だから融通が利くとか?


「やっぱり、どこかで母さんを見た事があるんだよ。だからあんな設定にしたんだって!」


「かもね。千春さんは出番少なめらしいから、お母さんに一応話してみても……何これ!?」


ある部分を見ていた陽菜さんが、突然大きな声を上げる。彼女らしくない。


「急に何なの?」


顔が少し赤い陽菜さんは何も言わずルーズリーフを陽葵さんに渡し、さっき見ていた部分を指差す。


「えーと、『マンネリを避けるため、古賀母娘のレズシーンを少し入れたい』だって」


事情が分からないボクに解説する陽葵さん。恥ずかしいしビックリするから言いづらいよね…。


「男の人とすらやった事ないのに、お母さんとそそそそそそんな事できないよ…」


明らかに動揺してる陽菜さん。


「じゃあこの脚本は…」


「絶対無理だから却下!」


陽菜さんの意向により、“空ブラ”はボツになるのだった…。



 「候補その2は“パンツ予知ができる俺が、クラスの女子の人気者になった件”だって」


さっき渡されたルーズリーフは今も陽葵さんの手にあるので、彼女が読み上げた。


「パンツ予知って、すごいパワーワードだね。どういう話なの?」

展開が予想できない。


「ラノベとかでよくある、タイトルで中身全部説明しちゃってる系だよ」


「そうなんだ」

つまり、ハッピーエンドが確定してるようだ。


「このパンツ予知、穿いている下着を見る事が条件になるんだって」


「へぇ~。……ちょっと待って、それ…」

穿いている下着を手っ取り早く見るには…。


「朝日君も気付いた? 昨日、君が陽菜にやったスカートめくりがピッタリなんだよ。さっきの話よりハードル低いんじゃない?」


「全然低くない! 昨日はアンダースコート穿いてたんだから! 下着を佐下君はもちろん、他の人に見られるのは恥ずかしいよ…」


陽菜さんがそう思うのは当然だね。むしろと言ったほうが驚く…。


「じゃあ、この話も却下ってことで良いの? 陽菜?」


「そうだね…」


セクハラだらけの演劇は大変そうだ…。



 「陽菜さん。他の脚本はある?」

2つが却下されても、他の候補があるかもしれない。


「さっきので終わりです…」


「そうなんだ」

佐下君の修正案を待つ流れになるか。


「陽菜。やっぱり演劇は厳しいんじゃない? 他のエロイベントはないの?」


陽葵さんの言う通りだ。絶対変えたほうが良い。


「一応あるよ。“水着コンテスト”とか…」


「そっちで良くない? 佐下君は何が不満な訳?」


「観るだけの水着コンテストとは違って、演劇は事ができるからね。その違いじゃない?」


「なるほどね~。佐下君、やっぱりヤバいわ」


「うん…。早めに断ろうかな…」


「そうしたほうが良いよ」

まだ文化祭開催まで余裕がある。今なら間に合うはずだ。


「でも、やるって言っちゃったし…。わたしから言うのも…」


やはり陽菜さんは真面目だ。悩むレベルじゃないのに…。


そんな風に思った時、玄関から陽子さんの声が聞こえてきた。


「母さんがパートから帰ってきたね。脚本の事、母さんにも言ってみない?」


「そうしようか…」


陽子さんはなんて言うんだろう? そんな事を気にしながら、彼女がリビングに来るのを待つ…。

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