第3話 まさかのラッキースケベ

 2限が終わり、講義室を出るボクと古川こがわさん。1限と同じように隣同士の席だったから恥ずかしかったものの、そういう組み合わせが他にも何組かあって助かったよ…。


「あの講義は止めようかな~。小テストが多いのはちょっと…」

古川さんが学食に向かう途中で文句を言う。


教授が言うには、毎回、前回の内容を小テストするらしい。合格基準はないみたいだけど、さすがに毎回は厳しい。“履修登録変更期間”があって、本当に良かった…。


「ボクもそう思うから変更するよ」


「2限で他に受けたい講義あった? 今川いまがわ君?」


「ぱっとは思い付かないね…」

そもそも、あの講義を選んだ理由すらハッキリ覚えていない。


「そっか。適当に入れるか、2限はナシでも良いかもね」


大学を卒業するために、絶対取らないといけない単位が存在する。それと単位を取った合計基準をクリアすればOKなので、無理して2限を入れなくて良い。


とはいえ、1限と3限のように間が空くと、どこかで時間を潰さないといけないのが難点だ。どうしようかな…?



 学食の券売機で好きなメニューを買った後、席に着くボク達。メニューが豊富なうえに安い。高校の購買も、これぐらいバリエーション豊富だったら…。


「今川君はカレーにしたんだね」


「うん。学食のカレーの出来が気になってね。古川さんは親子丼だっけ?」


「そう。一口食べてみる?」


「遠慮するよ」

少しは興味あるけど、他人の分をもらうのはちょっと…。


「え~」


何でそこで不満そうな顔をするんだろう?


「じゃあさ、カレーを一口貰って良い?」


「それは良いよ」

一口なら問題ない。


「ありがと」

古川さんはそばにある使い捨てスプーンを手に取り、一口食べた。


「…値段の割においしいじゃん♪」


彼女の言うように、300円未満の出来とは思えない。欲を言えば、もっとボリュームが欲しいかな…。


「今度は今川君の番だよ。遠慮しないで」


もしかして、このためにボクのカレーを食べたのか? ボクが食べないとお互い様にならないし頂こう。


「……こっちも良い感じだ」

他のメニューも尚更気になってきた。


「食べ合って良かったでしょ?」


「まぁね…」

古川さんの積極性は見習いたいな。



 「今川君。正直に答えて欲しいの…」

お互いに完食して間もなく、古川さんが申し訳なさそうに口を開く。


「アタシの事、ウザいと思ってない?」


「思ってないけど、急にどうしたの?」

慣れない事の連続で疑心暗鬼になったが、ウザくはない。この気持ちは本心だ。


「さっき、君を見て“ビビッと来た”って言ったじゃん? 初めての感覚だったから、つい前のめりになったというか…」


時間が経って冷静になったから、今までの行いを気にし始めたんだな。


「そういう事か。さっき言ったように思ってないから、で良いよ…」

恥ずかしくて、肝心の部分が小声になってしまった。


「最後らへん、何て言ったの?」


「何でもないから」

2回言う勇気はない…。


「そうなんだ♪」


もしかして聞こえてた? なんて訊くのは野暮だよね…。



 「今川君。今日じゃなくても良いけど、アタシの家で母さんに会って欲しいの」


さっきの余韻が消えかけた時に、古川さんが声をかけてきた。


「お母さんに?」


「そう。『仲良くしたい男の人と会ったら紹介して』って何度も言われてるんだ~。きっと、良い人かどうかをで判断するためね」


「勘なの?」

てっきり、面接のように根掘り葉掘り訊かれるかと…。


「勘をバカにしちゃダメだよ? 母さんが父さんと結婚した理由は“勘”なんだって」


古川さんの『ビビッと』は、お母さん譲りみたいだ。それよりも、古川さんのお母さんのお眼鏡にかなうかが不安だ…。


「心配しなくても、今川君なら大丈夫だよ♪」


「うん…」

年上と話すとなると、どうしても面接のような堅苦しい場面を想像してしまう。


「母さんは短時間のパートしてるから、日時を先に決めとかないと。…いつが良い?」


「そうだね…。今日でも良いし、明日でも…」


バイトしてないからいつでも良いものの、祝日は避けた方が良さそうだ。古川さんのお母さんだけでも気まずいのに、お父さんと会う事になったら…。


「今日はパートないって聞いたから、今日にするね!」

そう言って、古川さんは携帯を素早く操作する。


よく考えたら、家にお邪魔する時は菓子折りとかが必要なのでは? 残った僅かな現金で買うのは不可能だし、今日にしたのは失敗だったな…。


とはいえ、変更するのも印象が悪い。仕方ないから何とかなる事を祈ろう。



 古川さんから、彼女のお母さんの返信内容を口頭で知らせてくれた。どうやら歓迎してくれるみたいだ。期待を裏切らないようにしたいな…。


それを聴いた後、ボク達はすぐ大学を出た。そして大学の最寄駅から2駅移動し、そこから数分歩いたところにあるマンション前で、古川さんは足を止める。


「このマンションの【303号室】がアタシの家になるの」


「そうなんだ…」

もう少しで彼女のお母さんと会うのか。緊張してきた。


「今川君、リラックスしてね」


「うん…」

古川さんに余計な心配はかけたくないし、落ち着かないと。



 【303号室】前に着いた古川さんが玄関の扉を開けたので、ボクも続く。


「ただいま~!」


「お邪魔します…」


ボクが玄関の扉を閉めてすぐ、廊下の扉が開く。そして、そこからバスタオル姿の女性が出てきた。もしかしてあの人が…。


「あら、おかえり陽葵ひまり


「ただいま、母さん」


古川さんのお母さんは恥ずかしがる様子を見せず、玄関にいるボク達に近付いてくる。


「あなたが今川いまがわ 朝日あさひくんね? 私は陽葵の母の陽子ようこよ。よろしくね」


「こちらこそ…」

大きい胸の主張が激しいので、目のやり場に困る。


彼女はお母さんとは思えないぐらい若々しい。古川さんのお姉さんでも通用するんじゃないか?


「母さん、何でバスタオル巻いてるの?」


「あんたが今川くんを連れてくるって連絡があったから、さっきまで掃除してたのよ。4月なのに、いっぱい汗かいちゃって…」


それでシャワーを浴びたのか。タイミングが良いような悪いような…。


「そういう事ね。狙ってやったかと思った」


「狙える訳ないでしょ。本当に偶然なんだから」


「今川君はラッキースケベ能力があると…」


勝手に納得してる古川さんは、今は後回しだ。


「あの…、気を遣わせてしまってすみません。ボクが急に来たせいで…」


「それは違うわ。普段からこまめに掃除をしない私が悪いの。今川くんは気にしないでちょうだい」


「はい…」

古川さんのお母さんも良い人そうだ。


「むしろ、謝るのは私のほうね。こんな見苦しい姿を見せちゃって…」


「いえ…」

こういう時って、何て言えば良いんだ?


「もっと今川くんの事を知りたいから、後でリビングでゆっくり話しましょうね」


「はい」


そう言ってそのまま部屋に向かうかと思いきや、途中で足を止めて振り向いた。他に言いたい事があるのかな?


「今川くんの事は、私から陽葵の妹の陽菜ひなにも伝えたわ。もうそろそろ帰ってくるって」


「わかりました」

まさか妹さんにも会う事になるとは…。


「それじゃ、また後でね」


今入った部屋が、古川さんのお母さんの部屋か。


「さて、母さんが言ったようにリビングで待ってようか」


「そうだね。…お邪魔します」

念のためもう1回言ってから、古川家に足を踏み入れる…。

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