第2話 古川さんの思惑
1限の講義が終わり、ボクと隣の席に座っていた
「あの講義、楽そうで良いよね。アタシは受けようと思うんだけど、
初回は“履修登録変更期間”なので、講義のおおまかな流れを聴いただけで終わった。講義は本来90分なのに30分ぐらいで終わったから、せっかく入れた気合が空回りしちゃったよ。
「そうだね…。ボクも受けようと思います…」
教授は感じ良さそうだし、古川さんの言うように単位を取るのは楽そうな印象を受けた。とはいえ、初回から厳しくする教授はいないと思うから油断できないけど。
「そっか。今川君と一緒なら安心だよ♪」
その笑顔は本当なのか嘘なのか、知り合ったばかりのボクにはわからない。
「この後どうする?」
2限も同じ講義を受けるみたいだから、その時も一緒になるのは間違いない。でも、空き時間まで一緒にいる事はないのでは? 裏があるとしか思えない…。
「…その顔、警戒してる感じだね?」
当の本人にバレてるみたいだ。ここは正直に言ったほうが良いかも?
「そう…ですね。ボクみたいな人と一緒にいたがる理由が気になります…」
異性どころか同性の友達すらいないボクは、普通避けられるはずだ。
「みたいなって…。自分を卑下しちゃダメだよ」
「そう言われても…」
なんて答えちゃったけど、たとえ建前でもお礼を言うべきだったかな?
「確か大学の近くに喫茶店があったから、そこで少し時間を潰そうか」
古川さんの提案に乗れそうにない。何故なら…。
「…すみません。学食代しか用意してないので、喫茶店には行けそうにないです…」
学食の券売機は“現金のみ”なのだ。寄り道は考えてなかったから、他の支払い手段は準備していない。もし家を出る時に分かっていたら、こんな事には…。
「アタシが奢るから気にしないで」
さっき知り合ったばかりのボクに、どうしてここまでしてくれるんだろう? 彼女はとても良い人なのでは…?
いや、もしかしたらその後に何か要求されるかも? でもボクの身なりは金持ちに見えないから、金銭面の要求とは思えない…。
とりあえず、喫茶店で詳しく訊いたほうが良さそうだ。理由を訊いてから、後日奢ってもらった分+αを渡そう。それなら問題ないだろう。
「…そういう事なら、お願いできますか?」
「わかった。それじゃ、早速行こうね♪」
大学の敷地を出て5分ぐらい歩いてから、古川さんは足を止める。
「ここだよ。アタシも初めてなんだよね~」
「えっ…」
2人いてお金が足りないなんてオチはないよな?
「大丈夫、何とかなるよ。きっと」
古川さんは苦笑いしてから入店したので、ボクも続く。
「…この値段なら大丈夫そう」
店員さんに席に案内されてすぐ、メニュー表をチェックした古川さんが言う。
「それは良かったです…」
最悪の展開は避けられたようだ。
「あのさ~。さっきから気になってたんだけど、今川君って敬語キャラなの?」
「別にそういう訳じゃないですが…」
「だったらタメ口で話して欲しいな~。アタシ達同い年なんだし…」
これから古川さんには色々話してもらうつもりだから、これぐらいのお願いは聞いたほうが良いな。
「わ…わかった。なるべくそうする」
そう言うボクを、古川さんは嬉しそうに見つめるのだった。
ボクと古川さんは同じカフェオレを注文した。そのおかげで、来たタイミングも同時になってくれた。
「ん~♪ このカフェオレ、甘さと苦さが絶妙でおいしいね~♪」
「…そうだね」
「今川君。タメ口になっても、まだ表情が硬いな~」
古川さんがボクに近付いてきた理由を知るまで安心できそうにない…。
「今の状態が続くのは嫌だから、理由を話すね」
彼女から話を切り出してくれるのは好都合だ。一体どんな話が出るのか…。
「アタシが今川君に近付いた理由は…、“直感”なんだ」
「直感?」
予想外の答えだ。
「そう。アタシが講義室に入った時、男の人は今川君を入れて6人いたかな。興味本位で順々に遠目で顔をチェックしたんだけど、今川君を見た時にビビッと来たの!」
「ビビッと…?」
全然付いていけない。
「うん。どう言えば良いかな~?」
説明しにくい事があるのはよくわかる。今のボクにできるのは、古川さんの言葉を待つだけだ。
「アタシ、高校は女子校だったんだけど、途中で彼氏がどうしても欲しくなってね~。だから男の人をつい見ちゃうというか…」
「途中なんだ?」
「そう。高校を決める時は中学生じゃん? その時は恋愛に全然興味なかったの。周りの男子は子供っぽくて引いたぐらいだから…」
小・中・高すべて共学のボクにとって、今の話は貴重だ。当時、そんな風に見られてたかも…。
「女子校にいる間に彼氏を作る事も考えたけど、周りの目が気になるから止めたよ」
高校の時、誰々が付き合い出したって話はあちらこちらで聞いたっけ…。同性のみの女子校なら、注目度がさらに上がってもおかしくない。
「だから大学生になったら彼氏作るぞ~と思った矢先に、あのビビッとだよ! 運命感じちゃうよね~♡」
「まぁ、勘も案外侮れないよな…」
ゲームで分かれ道とかを選ぶ時、連続で正解を選べた時の快感は忘れられない。勘には何かしらの力はあると思う。
「だよね。今川君ならわかってくれると思ったよ♪」
多分、古川さんは嘘を付いてなさそうだ。彼女の笑顔が判断を狂わせた可能性は否定できないけど…。
「アタシの事は大体こんな感じで良いかな? 次は今川君の番ね」
古川さんはワクワクした様子を見せる。
他にも気になる点はあるけど、質問攻めにする訳にはいかないか。
「わかった」
果たして何を訊いてくるんだろう? ドキドキしながら次の言葉を待つ。
「彼女いた事ある?」
「ないよ」
「じゃあ、作りたいと思った事は?」
「あるけど…」
さっきの話を聴いてなかったら否定したと思う。でも今は嘘を付く気にならない。
「そっか。…ねぇ、耳貸して」
今って、小声で話す流れじゃないよな? そう思いつつも従う。
「アタシ『達』、そっち方面もOKだよ♡」
古川さんの息が耳に当たってくすぐったい…。じゃなくて!
「今のはどういう事だ? 【達】とか【そっち】とか…」
わずかな言葉に、疑問が2つも出てくるなんて。
「ここでそっちの説明をさせるの? イジワル♡」
…これはボクの予想通りで良いみたいだ。けど【達】は本当にわからない。
「アタシの家は、両親と妹の4人家族なんだ~」
「妹さんがいるのか」
妹がいるとどんな感じになるんだろう? 一人っ子のボクには想像できない。
「そう、
同じ18歳でも、高校生と大学生は同じ扱いじゃないと思うけど…。
「母さんは元々、そっち方面を気兼ねなく話すタイプでね。アタシと陽菜はどんどん興味を持って…」
もしかしなくても、古川さんが高校の途中で彼氏を欲しがるようになったのは、お母さんの影響か! この事をお父さんは知ってるのかな?
「これだけ言えば、さっきの言葉の意味は分かるよね?」
ボクに続いてカフェオレを飲み終えた古川さんが訊いてきた。
「大体は…」
“直感”のところは嘘を付く理由はないけど、お母さんと妹さんの件はどうかな? 実際に会って話してみないと何とも言えない。
「もうそろそろ、大学に戻ろっか」
「そうだね。色々話を聴かせてくれてありがとう」
古川さんの人となりがわかった気がする。
「どういたしまして」
奢ってもらった分は絶対明日返そう。そう思いながら店を出るのだった。
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