三途の川不思議事案2 漂着者のお話
ある廃駅には、電動の改札機がある。なんとも似合わない光景だが、寂れた人工物と、そこに見合わぬ電動の改札機。しかも動いているらしい。そんな廃墟にエッセンスを加えたような魅力が不思議とあるのだ、という都市伝説が、物好きの人々の界隈では噂になっていました。
多くの人が行きたいと、写真を撮りたいと騒いでいたのを覚えています。なのに誰も写真を撮ることができていませんでした。撮れたぞと写真がネットに上がってきても、どれもこれもが合成ばかり...しかしそれがまた神秘的で、僕もつい、探すのをやめられませんでした。
僕は17歳で学生です。首からカメラをかけて、山の中に入り込んで、うろうろ歩き回ったり、少し夢中になってざくざくと獣道から外れたところにも草を掻き分けて入っていったりしていました。雨で地面がふわふわしてて、ごつごつとした岩まであったのに、なぜ引き返さなかったのか...。
そこで一瞬視界が暗転しました。目眩かなにかかと思って改めて目を開けると、あの廃駅が目に入りました。あまりの興奮で、カメラを構えて何度も何度も撮っていました。話通りなんて不思議な。廃駅に電子化なんて、魅惑だ。無我夢中でシャッターを切りました。ふらふらと駅に近づきながらも、なぜだろう、なぜ改札機が、まあ人間用とは限らないよな。え、人間以外ってなんて自分の考えに不安になりつつ、一度撮ると余計にもっと良い一枚をと夢中になっていきました。今から思うと、とんでもないことをしていました。もうちょっとおかしかったんでしょうね。自分でもそう思います。
そこでふと気づいたんです。駅の中で写真を撮るごとに、体に傷が刻まれているのを。腕に切り傷、足に青あざ、違和感を覚えて首筋を触るとぱっくり抉られていました...。ぞくっとした。やはりこの廃駅おかしいのだ。足を踏み入れてはいけなかったのでは。このままでは食われる、めちゃくちゃにされる。そんな焦りと、自分の愚かさに後悔しながらふと見上げると、改札がこちらへどうぞと言わんばかりに両開きの扉のように空いていました。
もうほんとにぞくっとした。誘われている、逃げられる体でもなくなった。と思考が回って背筋が氷ってというところで、スーツ姿の男性が二人、入ってきました。会話はたしか...うろおぼえですが、
「いやあ、こんなとこまで電子化ですか。」
「まあ、あのバスもこのカードでいけますからね。」
「便利になったものだけど、私は切符も風情があって好きなんだよなぁ。」
「ああわかります。あの車掌さんがぱちってやる音も懐かしいですよね。」
的なことを話していたと思います。
その人たちはいとも簡単にカードで改札を出てきました。僕はもう汗が伝って頬に張り付くほど焦って、足がもつれながらとりあえず物陰に隠れました。こんなの普通じゃないと。しかし。
「ああいたいた、君、君、こっちへ来なさい。」
「気、僕たちと会ってラッキーでしたよ。駅長に話通してあげるから電車乗ってください。もうすぐ来るから。」
そう言いながら僕の手を取って立たせたんです。
「君、もうわかってるんじゃないのかな。死んでるよ。君。首取れかかっているからね。」
「まあこの駅に来れた時点でそうですよね。」
「さすが駅長、仕事がはやい。」
「ほら、来た来た。あの電車、特急だから。各駅じゃないからすぐに行けるよ。各駅じゃあほんと都市伝説的な駅にも止まるからなぁ。ほんと迷惑な。」
「その話は置いといて。」
すんなり話が通っていくなぁ、なんて自分の事ながらぽけーっと話を聞いていました。そうか、そうだ、崖崩れに巻き込まれたんだ。だから傷だらけに。正直、死んだ瞬間のことは覚えていませんでした。しかし、足を滑らせてごつごつした岩を見た後に気を失ったこと、この体の現状を考えると、死んだんだなって納得してしまいました。やっぱりこの駅は不思議だ。それとも思い出せるよう、この人たちが言ってた駅長さんが気を利かせてくれたのか...。
とか考えている間にいつの間にか電車に乗っていて、がたんごとんと音を聞いていました。
彼らと電車に乗っていくうちに外は薄暗く、トンネルも通っていよいよべつ世界にきたかんじです。たまに駅を通り過ぎたりして。
「さすが特急。もう三途の川前ですよ。」
「橋も渡ってトンネルも通って、簡単にやってるけどすごいことなんだから、ほんと。」
そんな話を横で聞きながら、少し眠たくなってきました。違う世界なのかな。電車の振動も心を落ち着かせます。自然と目を閉じるような...死の安寧とかいうやつですかね。眠ってもいいよ。眠ってこちらの世界に来る人も多いからね。微睡みの中聞いたその声は、なんだか優しげで、がくっとねむった辺りで起こされてここまで来ました。それからは三途の川の向こうにいらっしゃった方?とお話して...。
ということが書かれた文書が私たち三途の川管理人のところにも送られてきました。
なぜ要約された報告書ではなく、本人の言葉のまま送られてきたかというと、私たちがこのような事案に最も早くぶち当たるからです。そして一番に当事者から話を聞くことになる。なんせ黄泉への入口を果たす三途の川の管理ですから。もちろん助手の私も色々知っておかねばなりません。その時は、些細な変化や違和感にも見落とさないことも重要です。そのため、本人の言葉をなるべく手を入れずに知っておけとの総務部の命令でしょう。
派遣でいらっしゃった方々は、
「今回は仕事がすぐ終わりましたね。」
「いつもこうだといいんだけどね。」
「駅長さんが引き止めてくれたんですよ。彼、夢中になってたから。カメラ見て分かったんでしょうね。」
「やっぱり気がきくねぇ。」
「そうですねぇ。」
なんてぼやきながら、帰っていきました。
人脈が広がっていくのはいいことですね。
にしても、その駅長さんには改めて、ご挨拶申し上げなければなりませんね。
にしても都市伝説ってやつはクソですね。私だって振り回されたし、黄泉で働いてるのも、元はといえばあの都市伝説がきっかけでしたから。本当に嫌な思い出です...。黄泉でも振り回されっぱなし。あの時はブチ切れて黄泉に人間を送りまくりましたけど、管理人さん及び総務部のみなさんもてんてこまいだったことが今になって身に染みます。今度は本当に、都市伝説にはご注意を。今回はまあなんとかなりましたが。黄泉でも怨まれ続けるかもしれませんよ。
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