三途の川不思議事案1 日本人形の証言

 私は長いこと日本人形を造っていらっしゃった熟練の職人さんによって産まれました。そして注文が来た時には、丁寧に頭を撫でて、大切にしてもらうんだよ、と涙ぐみながら送り出してくれたのです。送られた先では、老夫婦がお孫さんが産まれたお祝いとして買われたそうで、丁寧に手入れをしてくださっていました。とても幸せそうで、こちらまでああ来てよかったと思っておりました。

 そんな日常が壊れたのは突然のことでした。その老夫婦が亡くなった後の息子がとても手荒な人でした。前々から私の手入れしてくださった方々、つまりあの人から見たら母親と父親でございますね。母親に対しても、父親に対しても威圧的で、大声で酷くなじっては金を搾り取って遊びに行く。

 そんな毎日でしたが、亡くなったあとはより酷かった。適当に葬式もやらず親戚の方が仕方なく行い、式当日も遊びほうけていたそうです。親戚の方が怒り狂っていたのをきいておりました。

 私に対しても、いらいらしたときには髪を毟り‪とったり、首をもいだり、足でがんがん踏みつけては投げ飛ばす。そんな毎日でした。でもそこまでは良かった。相当怨んでおりましたけれども。ただ、私を真心を込めて造った方がいらっしゃったことを思えば、私が送られた先で怨んで怪物に成り果てたら悲しむだろうと思って我慢していました。ただただ、壊れていく自分と自分を造ってくださった職人さんを思うと知らぬ間に目がつり上がり髪がどさっと伸び、口が裂けていきました。そこから自分は怨んでおかしくなったんだなとなんとなく思ったことを覚えています。

 それからは、怨みがそうさせたのか、私の意思か、混ざってからは色々やりました。男が住んでいる家のリビングの机の真ん中に立ったり、真夜中に枕元で奇声を発したり、包丁を握りしめてみたり、お皿を割ったりはしてました。

 あとは...捨てられても怨みで男の家から離れませんでした。何度捨てられようとも、燃やされようとも、離れた町の親戚に預けられようとも決して男から離れませんでした。まあ、常に監視していたというか、怨んでますよっていうぐらいでした。まあ少しづつ、男がいらいらしていたと思ったら、急に落ちこんでぶつぶつ呟いていたり、急にものにやつあたりしたりと壊れていくのを見ていました。壊れていってたと思います。私も壊れておりますから。でもそれぐらいで留めていました。


 その後です。私を大切に扱ってくださった老夫婦の方の仏壇を怒りのままに荒し回ったのは。  その上、私を造ってくださった職人さんの小さな会社へ誹謗中傷を繰り返し、こんな人形を送ってきたと私の写真を撮り晒しあげました。


 結果、私を造ってくださった方々の店は近所から石を投げられ嫌がらせを受け、仕事も減って心を病んで伏せって、お亡くなりになったそうです。彼はそんな様子を見てげらげら笑って首が取れた私に向かっていいました。お前を造ったやつ、死んだってよ!って。こんなに迷惑かけたんだからそれぐらいしても許されるよなぁって。 そこからです。私が怨みが頂点にたったのは。


 その夜、男が寝ている部屋に歩いて行きました。その時は、首はぽっきり折れ曲がり、手足はおかしな方向へねじ曲がって、指はむしろぼきぼきしていて、歩く度にぐちゃがちゃ音がしていたと思います。着物はぼさぼさ裂けて、怨みのせいか黒ずんでいましたが、構わず包丁を持って忍び込んだのです。

 運の悪いことに、同じ部屋に寝ていた女に気づかれてしまって、殺し損ないました。そこから、男は慌ててどこからの寺に電話し始めました。私は見ていました。人形供養がどうとか。つまりは、私だけ黄泉に送って逃げるつもりかと余計に怨んでしまって。その前になんとしてでもこの怨み、晴らさずにおれようか。

 そうして人形供養に出される前の晩、せめてこの手で殺してやろう、私の怨みを実感させてやろうと思いまして。寝ようと仰向けになった男の上に馬乗りになって、両手を首にかけました。じわじわ力を加えて首を絞めていきます。悶える男、幸せでした。怨みを晴らしていく瞬間は幸福と、男の抵抗がだんだん弱まっていくことへの喜びと、まだ苦しめといういらつきが私の頭を支配しておりました。

 そして、あ、死んだと思った時に、暗転して気付けば近くに三途の川が見えましたので、引きずって川まで投げ飛ばして帰りました。その後に、人形供養に出されたのです。恐らく、あの老夫婦の葬式をしてくださった親戚の方が送ってくださったんでしょう。怨みは一応晴らしておいたので、大人しく供養されました。

 そのとき、丁寧に拝んでくださる様子が、私を造ってくださった職人さんに重なって、少し涙が頬をつたいました。幸せに悲しくもなりながら、こちらに来たのでございます。


 ... 私、三途の川管理人の助手も見ていた当事者として傍聴していたのですが、まあ酷い話でしたね。あれだけのことをやったらそりゃ怨みます。呪い殺さなかっただけまだ優しい方ですよ。もしそうなったら、黄泉でもしばらくは苦しい思いをすることになりますからね。


 でも、ど深夜に手足や指、首が変な方向に歪に曲がっている日本人形がバキバキ音を立てながら歩いていたり、起きたら首元に立っていたり、捨てたのにリビングの机に座ってたり、常に監視されているというのは相当怖いと思うんですけどね...あと男も狂っていってたんでしょうね。恐怖で。まあ怨みって怖いですね...でもよく復讐をやりとげたと思います!


お疲れさまでした!

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