三途の川不思議事案1 日本人形

 近頃、おかしなことが起こっています。しかも三件も。まあそれぞれの正体はあっけないものだったのですが。

 今回はその一件目をご紹介いたしましょうか。いやあ、怨み怨んでという感じで少し親近感がありましたね。


 率直に申し上げます。日本人形が成人男性と思しきものの髪を引っ張ってずるずる引きずった後、大きく振りかぶり、三途の川を越してこちら側の岸にまで投げ飛ばしました。


 まず日本人形が三途の川に来ること自体がおかしいのですが、まさか投げ飛ばすなんて...。あまりにも強くぶん投げられたようで、男の体からくしゃっという音が聞こえてきました。


 管理人さんは既に見当が着いたようです。私の就職前にも何度かあった事例なようで、時たまこういうことが起こるんだそうです。


 日本人形はそれはそれは恐ろしい形相でした。目は白目まで真っ黒、というか穴が空いている感じです。吸い込まれそうでしたし。口は左右に裂けて犬歯が覗いておりました。眉を釣り上げ怒ってはいましたが、口は大きく弧を描いていて、怒りながら笑っているような様子です。髪を振り乱して首をがくんがくんと左右に揺らし、こちらにずんずん向かってきました。その気迫についびびってしまいました。


 その後は、この投げ飛ばされた男は完全に川を渡ってしまったということで、死人扱い。こちらで無理矢理起こして、ことの経緯を聞き出し、休ませることもなく死出の旅に送り出しました。管理人さんも心なしか荒く扱っていた気がします。


 これで日本人形さんは一旦自分で帰られて、現世で一週間ぐらい経った頃ですかねぇ。

 それはまあすっきりした顔でにこやかに挨拶に来てくださいました。なんだか、憑き物が降りた感じでいらっしゃいました。艶々の黒髪を下ろして、綺麗に白粉が塗られていて、切れ長の目は優しく開かれておりましたね。もちろん白目もありましたし、穴も空いてませんでした。

 そして、唇に塗られた紅が白い肌にとても似合っておられましたねぇ。赤い着物に山吹色の帯、帯締めは桃色でとても素敵な出で立ちでした。歩き方もあの時とはまあかけ離れていて、とても上品に、裾がはだけないよう丁寧に足を踏み出し歩いておられました。

穏やかな声で、

「あの時は失礼いたしました。」

と頭を下げられました。

管理人さんは、

「いいんですよ、むしろしっかり飛ばしてくれて手間が省けましたよ〜」

と笑って洒落っけなことも言ってましたね。


 私にはなんのことかわかりませんでしたが、彼女はそのまま、人形供養の部署の方に迎えられ、しずしずと歩いていきました。


 後々、管理人さんから話を聞いてみると、恐らくあの日本人形さんを怒らせてしまった男が、日本人形さん自身に首を絞められて殺された感じらしいです。酷く扱われたか、自分を大切にしてくれた人に酷いことをしたのか、日本人形さんが男を怨みに怨んで殺し、黄泉まで引っ張ってきたようです。現世でいう祟りってやつですかね。

 あの男、相当怨まれていたんでしょうね。復讐できてすっきりしたようでございます。


 現世では、祟じゃあ祟じゃあと騒がれてるかもしれませんが、私は日本人形さんが怨みを晴らされたようで少し良かったなと思いました。


 なんせ、あんなに素敵で上品な方ですから、大層大切に造られ扱われたはずです。そんな方があんなになるまで怨まれ行動に起こされた。相当酷いことをされたんでしょう。

復讐してすっきりしたのち、人形供養として丁寧に拝んでもらって、黄泉にいらっしゃるときに、わざわざ寄ってくださったそうです。やはり気の利く優しいお方でした。

やっぱり復讐は大事ですね!

あ、そうそう、今度投げ飛ばされた男の閻魔殿での裁判で証人として出廷されるようです。

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