番外編⑥
「疑っているよ。正気を」
以前、俺が選んだ服に身を包んだカモメが、アイスコーヒーを両手に持って、じとーっとした目を俺に向ける。
初夏の喫茶店のエアコンの、冷たい風が直接首筋に当たっていた。
「……はい」
「いや、まぁ、想定はしてたよ。実際言ってたしね。トウリは女好きな上に自制心がなくて。それに、僕にしたみたいに……白馬に乗った王子様みたいにするんだから」
白馬に乗った王子様って……子供みたいだと思っていると、カモメは案外本気なのか、赤らんだ顔を冷ますみたいにちゅーちゅーとストローでコーヒーを飲む。
「……白馬の王子様、ねえ」
「なんだよ。不満でもあるの」
「いや、流石に恥ずかしいなと」
「言ってる僕の方が恥ずかしいよ。……このままだと、藤堂トウリハーレム部が本当に設立してしまう。……というか、このペースだと、来年には全国大会が開催されてしまう」
「されないよ。ハーレム部の全国大会なんて。というかハーレム部って何……?」
「僕も全国大会を目指すよ。ハーレム部の古豪として」
カモメは古豪なんだ……。いや、まぁお互いにファーストキスの相手だからそうなそうなのか……?
そもそもハーレム部って何? 大会って何をするの? 怖くなってきた。
「女子ハーレム部の主将として、恥じぬ試合を目指すよ」
「待ってくれ、男子ハーレム部もある想定なのか?」
カモメは重々しく頷く。やめろ。それはマジで怖いからやめろ。
「……それで、そっちは大丈夫なのか?」
「うん。まだ警察も来てないよ。そういうものなのかな」
「まぁ……大掛かりな組織ならそれなりに時間がかかるだろうし、それに主犯二人は捕まらないだろうしな。とは言っても、大事にはなってるからなぁ」
「はい。遅かれ早かれだろうね。お父さんとお母さんも、まずいことに気がついたのかずっと揉めてるよ」
馬鹿にするような言葉を寂しそうに語る。
「……普通に学校に通ってるのか?」
「まぁ、家にいるわけにも、外でぶらぶらするわけにもいかないから。僕にはあまり居場所がないんだよ」
「……そんなもんか」
約束のデートではあるが、あまり洒落た雰囲気にはならない。
どうにもお互いの近況が気になってしまうし、俺とカモメの性格だと、それだとあまり色っぽいやりとりにはならな……。
カモメは俺の方を見て、少し唇に目をやったあとに恥じらうように目を伏せる。
「……あのさ、カモメ」
俺が改まった雰囲気で口を開くと、カモメは不思議そうに俺を見る。
それから、あまり言うべきではないだろうと思っていたことを口にしていく。
「……親がいないとなると、親戚のところかそういう施設に引き取られることになるんだけど。親戚にアテはあるのか?」
「……あんまりないかな。でも分からないや」
「そりゃそうか。……児童養護施設に行くことになったら、まぁたぶん県を跨ぐことはないし……コウモリに聞いたら、俺とかカモメみたいにスキルを得てしまった場合はダンジョンやスキルの研究をしてるところの近くに行かされることが多いらしい」
カモメは不思議そうに首を傾げる。
「まぁ、元々そういう児童養護施設って建つと周りの地価が下がるとか、うるさいとか、そういうので地域住民から反対が起こりがちだからダンジョンの近くみたいな場所に立つことになりやすいのもあって……」
「トウリの学校の近所に行くかもってこと?」
「まぁ、親戚に引き取られなかった場合な。たぶんそうなるんじゃないかと」
カモメは一瞬だけ喜んだ表情を浮かべて、取り繕うように難しい表情をする。
「……まぁでも、カモメには集団行動向いてないだろうしなぁ」
「そうだね。……中学校卒業したら、義務教育もないのでトウリにもらってもらうという作戦もあるけど」
「ないだろ」
「いや、もう遅かれ早かれなんだからさぁ、あんまりワガママ言わないの」
俺がワガママを言ってる方なの……?
「まぁそれは別として、学校の友達とか離れるのが辛いとかないのか?」
「ふふん、僕に友達がひとりでもいるとでも? 随分と的を外したことを言うね」
「俺の常識的な発言が的外れな言動にならないように努力してくれよ……」
「もう亭主関白かい? やれやれだよ」
「コイツ……無敵か?」
俺がコーヒーを口にすると、カモメは俺のことをジッと見ていた。
それから会計を済ませて、映画館に行く間も、カモメの方を見るたびに俺を見つめていることに気がつく。
「あの……どうした?」
「ん? 何が?」
「いや、ずっと見てるから」
「……そんなに見てないと思うけど。まぁ、好きな人だから見る回数は自然と増えてるかも。……えへへ」
思わず可愛いと思ってしまい、それを誤魔化すように映画館へと向かって、映画を選ぶ。
元々見たい映画があるわけではなく、単なる話題作りのためのものだ。
「えーっと、恋愛映画がいいんだったよな」
「照れてるところを見たいからね。えーっと今やってるのは……デスサメVSダークカマキリ」
「そういうの日本の映画館でやってることあるんだな。配信でしか見れないものかと」
「他には……貞子vsゴーストサメ」
「サメ映画が二種類もやってることってあるんだ。苦情こない? 大丈夫?」
「スペースサメとワクワク冒険ワールド3」
「サメ映画は別に見たくないんだよ……! 何三作目出してるんだ! 出すな、続編を。あとスペースサメじゃなくスペースシャークと言えよ。なんで和洋折衷してるんだ……!」
「あの……僕に突っ込まれても」
「それはごめん」
俺がバタバタしている間に世間には空前のサメ映画ブームが来ていたらしく、今の時間帯で観れるような映画は全てサメ映画だった。
「……観る? サメ、流行ってるみたいだし」
「観ない」
「流行に対して迎合しないという強い意志、どうやらトウリは僕と同じようだね」
「デートでサメ映画を観る不名誉とカモメと同じ逆張り人間呼ばわりされる不名誉の二つが俺の中で戦ってる」
まぁ、サメ映画はいいや……。
二人で映画館を後にして、ため息を吐く。
「それでどうする?」
「えー、あー……映画を観る予定だったからなぁ。特に何も考えてないな。何か希望はあるか?」
「僕は人の出した案にダメ出しをすることは好きでもされることは嫌いだからね。案を出したくないや」
「根っからのカス。買い物はこの前したしな……」
それに、これから引っ越すだろうに荷物を増やすものでもないだろう。
食事もハンバーガーを食べると決めているし、買い物も飲食もダメ……となると。
「カラオケとか行くか?」
「トウリ、僕が人前で歌えるとでも?」
「……ごめん」
「いいよ」
まぁ提案した俺もカラオケは行ったことないし、音楽の授業以外では歌も知らないからつまらないだろうけど。
「ボウリングとかは?」
「ふふ、僕にスポーツをさせたがるとはね。後悔しないかい?」
「ボウリングで後悔が発生することってなくないか? マジで文句多いな……ほら、カモメも案を出せ」
「……ん、実は別にボウリングでも、カラオケでもいいよ。トウリと一緒にいれたら。ちょっと困らせてみたかっただけだから」
「カモメにはいつも困らされてるよ……」
と言いながら足を進めると、カモメはちょこちょこと小さい歩幅で追いついてくる。
「どこいくの?」
振り返ると、カモメという少女が思っていたよりも小柄であることに気がつく。反対に、カモメからしたら俺は思っているよりも大きいのだろう。
「適当に歩こうかと。……俺も、高校に上がるまでは小遣いとかもなかったから遊べる場所とか知らないしな」
「稀代のチャラ男なのに……?」
「稀代ってチャラ男にくっついて表現されることがある言葉なんだ……。俺はチャラ男じゃない。……まぁ、俺もカモメと一緒にいるだけで楽しいし、カモメもそれで楽しいなら肩意地張って同行しなくても、適当に気になったところに入ったらいいだろ。それで楽しいんだしさ」
カモメは俺の顔を見て、クスリと苦笑する。
「やっぱりチャラ男だよ、この男」
「俺はチャラ男じゃない」
と、言い返しながらも、まぁ……カモメがけらけら笑って楽しそうだからまぁそれでいいか。
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迷宮学園の劣等生、異空間を生み出すスキルで学園ダンジョンを無双する〜ソロで探索したいのに俺のことが大好きな美少女達が離してくれない件〜 ウサギ様 @bokukkozuki
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