番外編④

 可愛らしいエプロンを着たミンさんがニコニコと俺たちに言う。


「今日のご飯は藤堂くんが好きなタマゴをたっぷり使ったオムライスとサラダとコンソメスープだよ。スープはインスタントだけど」

「エプロンも可愛い……! ……トウリくんのお嫁さんにあげたのがもったいなくなってきたね」

「いや、まだもらってはないですし……」

「……まだ?」


 言葉の綾である。

 三人でミンさんの作ったオムライスを食卓に運び、ふわとろのオムライスを食べていく。


「美味い……ああ……美味い」

「えへへ」

「短い間にだいぶ腕を上げたね。……トウリくん、どう? ミンちゃんと結婚したくなった?」


 いや、そりゃ俺はミンさんと結婚したいけども……。俺がひとりで望んでも出来るのではないだろう。


「そんなにミンさんのことが心配なんですか? なんだかんだ、ミンさんは大丈夫だと思いますけど」


 ヒナ先輩は美味しそうにオムライスを食べてから俺に言う。


「ミンちゃんが心配なのもそうだけど。トウリくんも……たぶん、卒業するころには色んな探索者から引っ張りだこだろうし、有名人でお金持ちになると思うから」

「そんなトントン拍子に進むとは思えないですけどね。学年最下位ですし。でも、それがどうしたんですか?」

「有名人が好きとかお金が好きみたいな女の子が寄ってくるよりも前に身を固めた方がいいと思ったの。成功した探索者あるあるだよ」


 そういうものだろうか。

 身を固めるか。入学したばかりで考えるようなものではないと思う……けれども、まぁ、確かにそういうのはよく聞く話だよな。


 ……けど、まぁ、誰が一番好きなのかとかも自分の中で折り合いがついていない中でそういうのは不誠実なように思える。


 そりゃ、俺からしたらミンさんがそのまま俺と一緒にいてくれるならこれ以上ないぐらい幸せだろうけど。フラフラしていたらミンさんに失礼だ。


「トウリくんの様子は分かったけど、ミンちゃんはどうなの? 思っていたのと違うとか」


 ミンさんは首を横に振る。


「ううん。藤堂くんはいつも優しいし、一緒にいて嬉しい」


 そういう彼女だが、ほんの少し表情に陰りが見えて、俺とヒナ先輩は顔を見合わせてからミンさんの方を見る。

 ……俺、何かやらかしただろうか。


「何かあったの?」

「……その、あの……藤堂くんは悪くないんだけど」


 ヒナ先輩は真剣にミンさんを見る。

 ミンさんは顔を赤らめて、もじもじとしながら俺の方を見て、顔を俯かせる。


「その……藤堂くんのこと、好きだなって。……兄妹なのに思っちゃって……。ダメだって分かっているのに」


 ヒナ先輩は一瞬呆気に取られて、それから真剣な表情で俺とミンさんに言う。


「あのね、実は……ミンちゃんとトウリくんは、実の兄妹じゃないんだ」

「!?」

「!?」

「……なんか秘密を抱えた親みたいなことを言ってしまったね。……あのね、本当の兄妹じゃないから問題ないんだよ」


「そ、そうだったのか……」

「知らなかった……」


 俺とミンさんが驚いていると、ヒナ先輩は微妙そうな表情でミンさんを見る。


「……だから、気にしなくてもいいよ」

「…………でも、私ね。その、藤堂くんとヒナさんに結ばれてほしくて」

「えっ……? ええっ!? な、なんで!?」

「私は……ヒナさんと藤堂くんのふたりに……甘やかされたいから……!」

「!?」


 ミンさんはキラキラとした瞳で夢を語る。

 ヒナ先輩は引いた様子で俺とミンさんを交互に見て、俺はオムライスを食べるスプーンを置いて頷く。


「そういうこと、ずっと言ってました」

「ええ……」


 俺の言葉にヒナ先輩は引いたあと、もう一度ミンさんを見て引いた様子を見せる。


「ええ……」

「それに……藤堂くんがヒナさんと結婚したら、ヒナさんもお義姉さんになるし、素敵だなって」

「……ふたりは兄妹じゃないからならな……いや、でも、それなら私がトウリくんと……ん、んん??」


 ヒナ先輩が混乱してる……。

 ミンさんはこれ幸いにとスッとヒナ先輩の方に寄って耳元で囁くように言う。


「一緒になろ……? そうしたら、みんな幸せだよ。私もヒナさんと一緒にいたいな」

「い、いや……でも、三人で付き合うなんて、そういう不適切な行為は先輩として止めないと」

「……世の中、三人とかで付き合ってる人もいると思うけど、ヒナさんはその人たちに「あなたたちの関係は不適切です」って思うの?」

「そ、それはその……思わないけど」

「じゃあ、大丈夫ってことだね」

「そ、そうなの……かな?」


 ヒナ先輩が騙されてる……。


 止めるのも手伝うのも気が引けて、ひとりでもぐもぐとオムライスを食べながらことの成り行きを見守る。


「……で、でも、トウリくんは嫌がるかもだし」

「藤堂くんは甘えん坊だから大丈夫」

「……その、家族に説明とか」

「みんなちゃんとした家族はいないよ」


 ヒナ先輩の目はぐるぐるとなって、俺の方を見る。


「で、でも、その、その……」

「……今すぐってわけじゃなくていいからさ。ね?」

「う、うん」


 ……い、いいのか? ちゃんと断らなくて……。

 ヒナ先輩は混乱しながら夕食を食べ終える。


 俺が三人分の食器を洗ってからリビングに向かうといまだに混乱しているヒナ先輩と俺の手を引いて寝室に向かう。


「ま、待って、その、私、男の子と一緒に寝るなんてしたことなくて」

「大丈夫だよ。ね、藤堂くん」

「えっ、あ、いや……ヒナ先輩が嫌なら」


 俺は日和るも、ミンさんに引っ張られてベッドの中に入り……。


 川の字の真ん中にミンさんがいるので、反対側にいるヒナ先輩のことはあまり見れず、感覚としてはいつもの同衾とあまり変わりない。


 そういや、うん、そういう話だったな。川の字の真ん中にいたいって言ってた。

 俺と同じ感想を抱いたのか、ヒナ先輩は呟くように言う。


「……思ったよりもいつも通りだ」

「……まぁ、ミンさんが間にいるので」


 流石に狭くてミンさんとひっつくことになり、そこに興奮と喜びはあるが、案外ヒナ先輩と一緒に寝ているという感じは少ない。


「ぬへへへ、うへへへ」


 ……まぁミンさんはご満悦という感じなのでいいとしようか。

 とりあえずよしよしと頭を撫でようとすると、ちょうどヒナ先輩の手とぶつかって、お互いに少し照れる。


「ど、どうぞ」

「いやいや、ヒナ先輩が先に……」


 なんか同じ本を手に取ろうとするコテコテのラブコメみたいだ。


「ふたりとも、その、両側からぎゅーってされたい」


 ……ミンさんが無双しておられる。

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