番外編③

 薄々、気がついていたのだが、もしかしてヒナ先輩ってスケベなのだろうか。

 いや、もちろん体付きが性的な魅力があるというのもそうなのだが、性的なことへの関心が強いというか。


 俺との抱擁に照れているヒナ先輩を離して、黒路の方を見るとニヨニヨとした表情で俺たちを見ていた。


「若さとは……良いものじゃな」

「何もよくないだろ、これは……」

「……まぁ、うん、ミンちゃんに申し訳ないよね」

「いや、ミンさんはむしろ大喜びなのでそこは別に……」

「えっ? なんで……」


 と、俺とヒナ先輩が話していると、黒路はスッと腰を上げる。


「あれ、もう帰るのか?」

「ん、どうやらお邪魔虫のようじゃからな。ババアは帰るとしよう」


 そう言いながら手で猥褻なジェスチャーをしながら扉を開けて帰っていく。


 色ボケババア……。と心の中で呟くと、扉が開いて黒路がウィンクをしながら再度卑猥なジェスチャーをして、それからガッツポーズをする。


「はよ帰れババア」

「と、トウリくん、ダメだよそんなこと言ったら」

「いや、あれは言われ待ちなんで、言わないと帰らないです」


 黒路を見送ったあと、ヒナ先輩と二人で部屋の中に取り残される。


 俺よりも歳上だけど小さな背丈と愛らしい顔立ち。けれども包容力のある雰囲気と俺を導いてくれようとする姿勢は確かに年上のお姉さんで、不思議な魅力のある人だ。


「……えっと、どうしよっか」


 先程の抱擁のこともあってなのか、ヒナ先輩な照れた笑みで俺を見る。


「あー、まぁ……。そういえば、受験ってどこの大学受けるんですか?」

「前に行ったダンジョンの研究してる大学だよ」

「……あー、なるほど」

「トウリくんも興味あるの?」

「……どうですかね。ないわけじゃないですけど」

「んぅ?」


 ヒナ先輩は不思議そうに首を傾げる。


「……ミンさんと同じで、好きな人と離れたくないってだけな気がします」

「……ふ、ふへへ、そんなに直接言われると照れるね」

「い、いや、そうではなく……。いや、そうなんですけど」

「……それとも、ミンちゃんと離れるのが嫌だった?」


 ジッと、俺の中身を見透かすような瞳。

 一瞬、誤魔化そうかと考えて、それから首を横に振る。


「……最悪なことを言うんですけど。どうやら俺、ヒナ先輩もミンさんもすごく好きみたいで。だから、どっちもです」

「わー、浮気者だー。ミンちゃんと交際中なのに」

「浮気者……。いや、お試し期間って交際になるんですか?」

「そりゃ、結婚前のお試し期間なんだから結婚を前提とした男女交際だよ」

「そう……なるのか……? えっ、俺、ミンさんと付き合ってたんですか……?」

「そうだよ? 自覚してなかったの?」


 ……自覚はしてなかった……というか、たぶんミンさんもしていない。


「……ミンさんにさっきのこと謝った方がいいと思います?」

「一緒に謝ってみる?」


 などと話していると、スマホが震えて、確認するとミンさんからメッセージが来ていた。

 どうやらなかなか俺が来ないから気になったらしい。


 ……たぶん、もう机の上のヒナ先輩が好きそうなちょっとエロいラブコメは片付けているだろう。


「……あー、じゃあスキルの方の部屋、行きますか?」

「えっ、いいの?」

「まぁ、散らかってはいますけど。そこは今更ですし」


 不思議そうなヒナ先輩を連れてスキルの中に入り、いつもの部屋に向かう。

 制服から部屋着に着替えたミンさんが俺の顔見て微笑んだあと、ヒナ先輩の姿を見てすごく嬉しそうな顔に変わる。


「おかえり、藤堂くん。ヒナさんもきてくれたんだ」

「あ、うん。……お邪魔じゃなかった?」

「平気平気。えへへ、嬉しいな」


 ……明らかに俺ひとりのときよりも喜んでいてちょっと妬けてしまう。いや、まぁ……仕方ないけれど。


 ミンさんはヒナ先輩にペタペタとして、ヒナ先輩はミンさんの部屋着をジッと見てから俺の方を見つめる。


「……部屋の中で体操服じゃなくて可愛い服を着てるっ!」


 ヒナ先輩は俺の方を見て、ミンさんを指差す。


「部屋着がかわいい!?」

「えっ、ああ、そうですね」

「今までずっと体操服かジャージだったのに……。もしかして思っていたよりも……」


 俺が首を傾げるとヒナ先輩は「あのいくら言ってもジャージを着続けたミンちゃんが……」と口にする。


「どうしたんです?」

「これはすごいことだよ。……ミンちゃんはトウリくんに可愛いと思われたがっているわけだよ」

「いや、普通に部屋着くらい買うでしょ」

「今まで体操服だったのっ! 可愛い女の子アピールをしてるんだよ、これは!」


 ヒナ先輩にそう言われてミンさんを見る。

 ミンさんの細身もあって、少しだぼっとした

 柔らかそうな素材のTシャツと同じく細い脚が映えるショートパンツ。


 シャツの隙間から鎖骨が覗いていて、ショートパンツからは脚が伸びていて、あまりまじまじとは見ないようにしていたが、確かにこれは……。


「ん……ヒナさん、そんな風に言われると恥ずかしいよ」

「あ、ごめん。……乙女っ! ミンちゃんがだいぶ乙女になってるっ!」


 ヒナ先輩に肩を捕まれてぐわんぐわんと揺さぶられる。

 いや力強っ。子供の頃にお父さんに抱き上げられたときの感覚だ。


「えっ、何、何がどうなってるの!?」

「いや、ミンさんって元々こんな感じですよ」

「もっとぽやぽやしてたよっ! 完全に恋する乙女になってるよっ!」

「いや、そんなことないですよ」

「あ、お弁当どうだった?」

「美味しかったです。けど、無理しなくてもいいですよ。ミンさんも学校行ってるんですし」

「えへへ、美味しかったならよかった」


 ヒナ先輩が俺を持ち上げて揺さぶる。


「もう完全にお嫁さんじゃん……!」

「いや……そういう感じでって言ってたのはヒナ先輩ですし……」

「そうだけど、それはそうなんだけど……! 何か知らないうちに思ったよりも結婚してたからびっくりしてるんだよ」

「思ったよりも結婚してたってなに……?」


 俺とヒナ先輩が話しているとミンさんがパタパタとヒナ先輩のところに近寄る。


「ヒナさんヒナさん、泊まっていく? 一緒に寝よ」

「えー、いや、その……流石にお邪魔虫な気がしてきて……。もう既に結婚した友達の家に入り浸ってるの人気分なんだよね」


 二人の話の邪魔をするべきでもないかと、弁当箱を持ってキッチンの方に行き、シンクに置いてあったコップと共に洗っていると、ヒナ先輩がやってきて俺の肩を触る。


「……トウリくんのことが恐ろしくなってきたよ」

「いや、本当に何もしてないですからね。というか、ヒナ先輩もいつでも入って来れるんだから変なことなんて出来ませんよ」

「む、むう、それは確かに」

「まぁ、ごっこ遊びのようなものとは言っても、寂しがりなミンさんには嬉しいんじゃないですか? よかったら、一緒にいてあげてください」

「む、むぅ……。トウリくんはいいの? お邪魔じゃない?」

「俺がヒナ先輩を邪険にすることなんてないですよ」


 ヒナ先輩はそれなら……と、言って、ミンさんところにいき、いつものように仲良く話し始める。


 相変わらず仲良いなぁと思いながら、適当に家事を済ませていき、別の部屋でシャワーを浴びる。


 ……そろそろレベルアップの感覚も収まってきたし、迷宮探索の再開をするにはいい頃合いか。


 部屋着に着替えて髪を乾かしてから二人のいる部屋に戻ると、あちらも風呂に行ったらしく、部屋の中は勉強道具と空のコップだけ残って誰もいなかった。


 ひとりでソファに座ると、シャワーの水音やふたりの楽しそうな話し声が聞こえてくる。


 …………二人が風呂に入っているのか。

 いや、もちろん何もしない。何もしないけど、それはそれとして落ち着かないというか、どうしても気になるというか。


 どうしても、ヒナ先輩やミンさんを抱きしめたときの感触を思い出してしまう。


 しばらく落ち着かない感じで待っていると、二人が可愛い寝巻きで部屋に戻ってくる。


「あ、トウリくん。……えっと、その、ミンちゃんがね」

「ミンさんがどうしたんですか?」

「その、せっかくだから三人で寝ようって言って……。それで、どうしようかなって、聞こうと思って」


 ……三人で? いや、流石に妹のミンさんはまだしも、ヒナ先輩はマズイとしか……。


 と、考えはするが、湯上がりでほっぺたが薄桃に染まって上気しているヒナ先輩はあまりにも可愛らしく、思わず何も考えずにこくこくと頷いてしまった。

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