番外編②
「ご、ごめんなさい。黒路さん……その、慌てちゃって……。トウリくんの前なのに……」
「うむ……まぁ、構わんよ。いい歳をしても肌を見られるのは恥ずかしいものではあるが、いつも生意気な男がぼーっと見惚れておるのは気分も悪くない。ほれほれ、面白い」
と、黒路は懲りもせずにまた肌を見せて俺を誘惑するような表情を浮かべる。
頭では見ようともしていないはずなのに視線は自然とそちらに向いてしまい……。
ヒナ先輩の目に気がついて視線を逸らす。
「えっちトウリくん」
「いや、違うんです。これは人間の本能のようなもので、決して俺の意思ではないんです」
「……。男の子って、そんなに見たいものなの?」
ヒナ先輩は制服に包まれた自分の胸を見下ろして、下から少し確かめるように触る。
「えっと、ま、まぁ……その……保健の授業とかで習いません? 年頃になると異性の体に興味が出るとか」
俺が学校教育に責任を押し付けるようにそう言うと、ヒナ先輩は俺の身体をチラチラ見てコクリと頷く。
「そ、そういうものだよね。異性の体に興味が出るのは普通っ!」
パタパタとヒナ先輩は手を動かしながらそう言う。
「……若いのう。なんだかここにいるのが不相応な気がしてきたの」
「まぁ学生ではないですしね」
「若いお二人の間に入るのも少し申し訳なくなってきたの……」
黒路がそう言うとヒナ先輩は首を横に振る。
「いえ、そんなことは全然っ。その、色々ごめんなさい」
「ん、構わんよ。それにしても、別嬪さんじゃのう」
「えっ、あ、ありがとうございます」
「トウリも隅におけんのぅ。あの娘もえらい可愛らしかったしの」
「ミンさんのことですね」
「あ、もしかしてまずかったかの?」
「いや、共通の友人なので大丈夫ですよ」
というか……多分、ヒナ先輩は俺が誰と仲良くしてようと、悪い人でもない限りは気にしないと思う。
「というか……女の子の体を初めて見たって、ミンちゃんは? 一緒にお風呂とか入ってないの?」
「入ってるわけないでしょう……ええ……」
「なんで!? なんで私がドン引きされてる側なの!?」
いや、そりゃ……仲良いと言っても男女で風呂には入らないだろう。
「それに……今、スキルの中、入れてくれないし。……変なことしたのかなって」
「いや、まぁ……ちょっと片付けたら大丈夫ですけど」
ヒナ先輩は疑わしそうに俺を見る。
いや、しかし……まずいのだ。まずいのである。
昨夜、ミンさんと遊んでいて、散らかっているのもそうなのだが……。
ミンさんが「ヒナさん、こういうの好きだから、長く潜るならあった方がいいかも」とちょっとえっちなラブコメ漫画などの娯楽物を机の上に広げていたのだ。
全年齢対象のものではあるが、なんというか色々とまずい気がする。
若い男女が夜中に性的な描写のある作品を一緒に鑑賞するというのは。
……あのときは俺もミンさんも「ヒナ先輩を喜ばせたい」という一心だったが、普通にヒロインの裸が出るシーンとかめちゃくちゃ気まずかったし。
よく考えたら試読する意味も別にないし……。俺とミンさんは、一体何をしていたんだろうな。
「本当にミンちゃんとえっちなことしてないの?」
「してないですよ。いや、まあ一緒に寝たりはしてますけど。それはどちらかというと、むしろミンさんがあまり性的なことに関心がないからというか」
「……トウリくんは、あんなにひっつかれてえっちな気持ちになってないの?」
ヒナ先輩の質問。
……当然、当然……なっている。
助けを求めるように黒路に目を向けると、黒路もワクワクとした様子で俺を見ていた。
こ、このロリババア、俺が困っているのを楽しんでいやがる。
「……あ、あー……そうですね。まぁ、変な感じにならないように、気をつけてはいますよ」
「えっと、それはどういうこと?」
俺の誤魔化しの言葉にヒナ先輩が首を傾げる。
「……ま、まぁ、大丈夫ということです」
ヒナ先輩はじっと俺の方を見て、それから覚悟を決めたように口を開く。
「……変な感じにならないなら……わ、私も、その、ミンちゃんみたいなことして、いいの? 健全なんだよね」
ミンさんみたいなこと……というと、夜に遊んだり、一緒にご飯を食べたり……一緒に寝たりということだろうか。
それは常識的に考えてまずいだろうと思う。男女で同衾なんて。
けれども、ミンさんは……めちゃくちゃ喜びそうだ。
「へ、変なことはしないからさ」
複数の女の子と親しくする罪悪感とヒナ先輩に惹かれる気持ちに加えてミンさんが喜ぶ顔を天秤にかけて、ぐらぐらと一瞬だけ揺れてすぐに頷いてしまう。
「まぁ……はい。問題はないかと」
「やった!」
ヒナ先輩は一瞬喜んでから、それから目をぐるぐるとさせながら「あれ、勢いで変な約束しちゃったような……」と混乱の様子を見せる。
「ん、トウリや、何の話をしておるのじゃ?」
「……黒路さんにはあんまり説明したくないんですけど、まぁ俺とミンさんの距離が近いから、同じようなことをしてもいいかという話です」
「なるほどのう。色男め。何をするんじゃ?」
「……まぁ、一緒に晩御飯を食べたりとかですかね」
流石に一緒に寝ますとは言えずに誤魔化すと黒路は何かを察したようにニヤニヤと笑ってから「では、あとはお若いふたりに任せてしまおうかのう」と言いながら部屋の端に行きこちらをじっと見てくる。
……そのセリフを吐くならどっかいけよ……!
ヒナ先輩は困惑しながらも俺の近くに来て「か、かもん」と手を広げる。
いや……ヒナ先輩。ミンさんと別に抱き合ったりはしてない……。
目撃されたあれはただのミンさんの寝相……と言うとヒナ先輩に恥をかかせてしまうと考えて、覚悟を決めて立ち上がってヒナ先輩の身体を抱きしめる。
ぽすり、ヒナ先輩の身体が俺の身体に収まる。
知っていたことだけれど、背が低く細身で、強く抱きしめたら折れてしまいそうな女の子の体だ。
小さい、柔らかい、温かい、いいにおいがする。背筋にゾクゾクとした感覚がやってくる。
ヒナ先輩はずっとこうしたかったかのように、頭を俺の胸に押し付けてスリスリとマーキングするように動く。
困惑と興奮が混じり合う中、ヒナ先輩はぎゅーっと俺を抱きしめて、俺の体にふにゅりとした柔らかいものを押し当てる。
思わず感じてしまう魅力的な異性に対する情動が鎌首をもたげて、落ち着きかけていたそれが反応してしまうのを自覚する。
ヒナ先輩は以前の保健室でスマホと勘違いしたそれの存在に気がつく。
何が当たっているかは察しているだろうが離れる様子はなく、顔を真っ赤にしながら上目遣いで俺の表情を確かめるように見つめる。
「……えっち」
……俺がヒナ先輩をそういう目で見ているのは事実だけど、今回はどちらかというと分かりながら抱きついてきているヒナ先輩の方がえっちなのではなかろうか。
「ん、うへへ、ミンちゃん、こんなこといっつもしててずるいなぁ」
「……してないです」
「……へ?」
「いや、こんな感じに抱き合ったりは……してないです」
ヒナ先輩はじっと俺を見て、それからどんどん顔を混乱させていく。
「そ、それじゃあ私がえっちなやつみたいじゃん!」
それは……。そうなのでは、ないだろうか。
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