第32話:新たな摂理
「まぁ……でも、そんなに体力がありそうには見えないし、一日外にいるのよりかは家でデートみたいな感じにした方がいいかもな」
そういや金のことも少し心配していたし、気を遣わせない意味でも食事を外食にするぐらいでもいいかもしれない。
「それで本題というか、黒路さんは何の用で来たんですか?」
俺が尋ねると、黒路は少ししゅんとした様子で俺を見つめる。
「……先のダンジョンのことでの。……すまなかった。本来、最年長の儂が体を張るべきときじゃったろう。……本当に、申し訳ない」
深々と頭を下げる黒路に俺は慌てて首を横に振る。
「いや、俺が出て来れないように閉じ込めたせいですから! 相談もなしに勝手なことをして……!」
「……死にに行くなら、散々長生きした儂から行くべきじゃろうに」
落ち込んだ様子の黒路。
軽口が目立つ彼女だが、彼女の中の矜持に反していたのか俺の言葉ではあまり慰められていないような感じがする。
「……いや、その、戦いは……男がするもんでしょう。黒路さんみたいな女の子ではなく」
「女の子というような年齢でもなかろ?」
俺の言葉を冗談の類だと思ったのか、黒路はくすりと笑う。
「見た目はまぁ女の子ですしね」
「中身も乙女じゃよ?」
「中身は出歯亀好きの婆さんだろ……。いや、でも毎度違う服着てるしオシャレさんなのか……?」
「じゃろう? ところでトウリや、ぬし、インターネットには詳しいか?」
「ネット? まぁ人並みかと」
どうかしたんですか? と尋ねると、黒路は頷いて答える。
「実は儂の、配信者で食っていこうと思うたのじゃ」
「絶対にやめた方がいい」
マトモにネットも使えない婆さんがなんで配信者なんて……と考えていると、黒路はつまらなさそうに唇を尖らせる。
「むぅ、コウモリのような反応を」
「いや、そりゃそうですって。というか、なんでまた」
「良き問いじゃの。それはな、この前、有名な探索者にインタビューをするという企画で動画に出たのじゃが」
「あー、ネットは怖いのであんまりそういうの安請け合いしない方がいいですよ」
「それでの、バズったのじゃ。そのインタビューが」
「バズ……」
「どうやら、儂のようないわゆるロリババアは需要があるそうでの。ふふふ、みんな可愛いと褒めてくれるのじゃー。儂と結婚したいとまで言うものもおってのー」
……すぅー、と、息を吸ってから黒路に言う。
「やめといた方がいいですよ。可愛いとかは……コウモリに言ってもらえばいいじゃないですか」
「あやつは全然褒めとくれん。……トウリでも良いぞ?」
「ええ……。いや、俺もなんか嫌なんですけど……」
でも、知り合いのお年寄りなのか子供なのかよく分からない人を配信者にするのは良心が痛む。
歯を食い縛り、血反吐を吐くような思いで、黒路に「かわいいよ」「綺麗だね」などという言葉を投げかける。
「ぬふふ、よいものだのう。若者にチヤホヤされるのは」
「……これでいいですか?」
「もっとお願いじゃー」
もう勘弁してほしい……。と、思っているとまたスマホが鳴って、黒路に断ってから電話に出る。
なんか今日はやたらと電話がかかってくるな……。
『あ、藤堂くん? ゴールデンウィーク楽しんでる?』
「いや、全然……。会長、どうしたんですか? 突然」
『いやさ、黒路さんと連絡を取りたいんだけど、藤堂くんの方が仲良くしていたから間に入ってもらおうかと思ってね』
「……会長、俺に盗聴器埋め込んだりしてます?」
『えっ、何が?』
いや、タイミングが……。
黒路は電話先の声が聞こえていたのか、不思議そうに自分を指さしながらこてりと首を傾げる。
「まぁそれはそうとして、またなんで急に」
『いやさ、その……前に生徒会の仲間がアイドルの追っかけをしてると言ったじゃんか』
「あー、なんか言ってましたね。まだなんだかんだ顔合わせも出来てないですが」
『それがね、どうも追いかけてたアイドルの熱愛報道がショックで引きこもってたとかで……』
「はあ、それでまたどうしたんです」
『それで、引きこもってるときに偶々配信をしているところを見かけた黒路さんに一目惚れしたとかで』
黒路の方を見ると両手で頰を抑えて「きゃぴっ」としている。
「……会長、その人は止めた方がいいですよ。黒路さん、最低でも100歳超えてますからね」
『いや、それを僕に言われても……』
「というか、スキルで不老になってるわけではなくて若返ってるので、おそらく大人の時期とかもあったわけで。……熱愛どころか既婚というか、子供とか孫とか……子孫ぐらいなら全然いてもおかしくないですからね
『いや、それを僕に言われても……』
「というか、なんなら子孫が百人や千人ぐらいになっててもおかしくないですからね? 仮に黒路さんが200歳として、昔の人は結婚が早くて子供も多かったんですから、黒路さんから数えて十代ぐらい世代交代していてもおかしくないわけですよ。五代の間子供が5人でそれから2人ずつ子供を産んだとしたら10万人の子孫がこの日本にいることになるんですよ? 余裕で直系血族の可能性すらありますよ!?」
『いや、それを僕に言われても……』
「やめといた方がいいです。いや、マジで……。大人しくアイドルを追っかけましょう、会長」
『いや、それを僕に言われても……』
俺が会長にその人の説得をするように話していると、黒路は首を横に振る。
「儂には子孫はおらぬよ。妹たちの子孫ならおると思うが」
『ん? あれ? えっ、黒路さんそこにいるの?』
「ん、そうじゃよ。今、ベッドの上、ふたりで過ごしておる」
『と、藤堂くん……!?』
「いや、病院のですよ。ちょっと検査入院をしていて。コウモリから聞いて見舞いに来てくれただけです」
『あ、ああ……びっくりしたぁ。藤堂くんのことだからギリあり得るかと』
この会長、俺をなんだと思ってるんだよ……。
「ふむ……。好意を抱いてくれるのはちと照れるの。けれども、まぁトウリの言う通り、儂とは少し歳も離れておる。すまんのう」
『ああ……そうですか。いや、まぁ、断ってくれてありがたいですよ。というか、配信なんてやってたんですね』
「これからやろうかと、企画ももう考えておるよ。題して『ロリババアあるあるー』じゃ」
『ろ、ロリババアあるある……?』
俺と電話越しの会長が困惑すると、黒路は愉快そうに口元を隠しながら頷く。
「うむ。どうもロリババアというものには需要があるようなので、そのあるあるネタを披露しようと思っておるのじゃ」
「くっ……地味に興味あるのが嫌だな。聞いてもいいですか?」
黒路は頷く。
「おほん……。ロリババアは、小児料金とシルバー料金を便利に使い分けがち」
「せ、せこすぎる」
「けど年金は流石に申し訳なさすぎて受け取れない」
『良心を感じるね』
「時間は余りまくっているけど、体は子供で体力が有り余ってるから日中はずっと野良猫を追いかけがち」
「それはロリババアあるあるなのか? ただの黒路さんの奇行では?」
「日中で歩いていたらすぐに補導されるから地域のお巡りさんとは大体知り合い。というか友達の半分は警察関係者になりがち」
あるある……なのか?
『なんというか、他にロリババアがいないから判別がつかないね、あるあるなのか』
「ん、意外とおるぞ? 若返りが可能なスキル持ち」
「いや、そりゃ稀にはいるかもですけど、だからと言って黒路さんぐらいまで幼くなる人はいないんじゃないです? 大人よりも不便ですし」
「いや、案外みんなこれぐらいの年齢になっておるの。特に知り合いの140歳以上は全員同じぐらいの歳になっておる。……これは儂の勝手な推測なのじゃが。人間には乳幼児期、少年期、青年期、壮年期、中年期、老年期とあるじゃろ?」
黒路が何を言いたいのか分からずに曖昧に頷くと黒路は続ける。
「おそらくなのじゃが……おそらく、人間の発達段階には老年期のあとに女児期があるのかもしれぬ。みな……老いれば女児になっておるのじゃ」
「斬新すぎる新説を出すのをやめてくれ」
「でも、知り合いだと100%女児になっておるのじゃ。老いれば人は皆、女児になる。それはこの世界の真理なのやもしれぬ」
そんな世界滅んでしまえ。
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