第31話:ロリババア

 ミンさんに「カモメと一緒にいてやってください」と預けて、検査を受けてから病室に戻る。


 ……結局、カモメの両親は捕まることになるだろう。

 やっていることがやっていることだけに仕方ないのだろうと思いはするが、けれども……俺はカモメの力にはなってやれなかった。


 病院の中で騒いではいけないからという言い訳をして、スキルの扉を開けずに病院食を食べる。


 少し味は薄いが不味くはない。


 なんとなく、鳥居さんとの戦いのときに出した大剣を取り出してみる。

 感覚としては扉を出すときと同じだが……改めてやってみるとかなり魔力を吸われる感覚がある。


 大剣はそのまま【血吠え】のオークが持っていたものと同じ形をしていた。


 異常な斬れ味をしていた……というか、おそらくだが空間を斬っているためにどんなに硬いものでも斬り裂けるのだろうと思う。


 ……独力で勝った気はしないな。

 また、あのオークに助けられた気分だ。


 一人では勝てなかったし、カモメの頼みは果たせないし、俺は本当にダメな奴だ。


 ……カモメに合わせる顔がない。

 逃げるように病室のベッドに寝転んで目を閉じる。


 鳥居さんは……今どうしているのだろうかとか、色々と考えてしまい眠ることも出来ない。


 しばらくぼーっとしていると、机に置いていたスマホが鳴って、それを手に取る。


「……佐倉、か」


 そういや、一応解決もしたのだから連絡しといた方がよかったな。スマホを手に取って耳に当てると、佐倉の声が聞こえる。


 俺の無事を知ってか、佐倉の声は少し明るくなっていき、それに少し救われる。


 ……思えば、最初の佐倉の無事という目的は果たせたのか。


『先輩、声、暗いですけど……。何かありましたか?』


 カモメを助けられなかった。恩人を裏切った。

 そんな弱音を吐く気にはなれず、口ではへらりと笑って伝わらないだろう表情はそのままに言う。


「いや、明日採血があるのが憂鬱でさ」

『えっ、先輩、注射怖いんですか? なんだか意外です』

「そりゃ怖いだろ。針だぞ、針」


 佐倉は電話越しにくすくす笑う。

 そんな感じで話をしていると、電話先から別の女性の声が聞こえてくる。


『アルー、さっさとお風呂入っちゃいなさいって……あらー! あらあら、また先輩さんと電話してるの? お母さんも挨拶した方が……』

『い、いいから、ほっといて! す、すみません先輩。お母さんがきちゃって……』

「ああ、いや、長話して悪いな。……一応、もう解決すると思うから、大丈夫。通り魔みたいな感じでもなかったしな」

『……先輩は、本当にすごいですね』

「いや、俺は何もしてないよ。本当に、何も出来なかった」


 泣きごとを口にしたことに気がついて、慌てて「じゃあ、またな」と電話を切る。


 はあー、と、ため息を吐いてから、カモメのことを考える。


 ……まぁ、両親は捕まって……それからは、俺と同じような感じか。親戚に引き取られるか、児童養護施設に行くか。


 落とし所のない話だった。

 そういや、デートの約束したっけな。……これからどういう表情で会えばいいのだろうか。


「デートかぁ……」


 と、俺がひとりごとを吐いていると病室の扉が開いて小さな人影がぴょこっと顔を見せる。


「トウリの病室で間違いないかのう? おお、いたいた。存外元気がなさそうじゃの」

「……黒路さん?」


 長く綺麗な黒髪と、自分のかわいらしい容姿を理解した振る舞い。

 童女のような見た目のわりに、落ち着いた表情と様子。


 からからとした笑みを俺に向けて中に入ってくる。


 まさか病室に駆けつけてくるとは思っておらず驚いていると、彼女は俺の前でくるりと回る。


「どうじゃ? 今日はハイカラさんじゃ。かわいかろ?」

「まぁ、そうですね。ハイカラ……」

「少し前の女学生の間でこういうのが流行っておっての」


 100年前は少し前ではないだろ……。


「して、トウリや。息災か? 実は何度か会いにはいったのじゃが……こう、の? ウブな儂には刺激の強い光景が多くて」

「ミンさんとは何もしてないですからね。ヒナ先輩とも」

「分かっておる。若い男女として自然なことしかしておらぬの」

「何も分かってないだろ……。まぁ、元気ですよ。今も」

「廊下で聞こえたが、デートは誰とするんじゃ? ババアは退屈なんじゃ、教えて教えて」


 黒路はかわいこぶるみたいに俺を上目遣いで見ながら尋ねる。

 可愛いけど……中身、大正時代を少し前と呼ぶ年齢の人なんだよな……。


「……黒路さんの知らない子ですよ」

「おお、相変わらずやるのう。色々なおなごを口説き落として。もしかして儂も口説かれてしまうかの?」

「口説きませんよ……」

「なんじゃあ……つまらん」


 黒路を口説いたりしたらコウモリと気まずくなるだろ……。いや、そうでなくとも口説きはしないけども。


「そういうのはコウモリに期待してください」

「あやつは思春期に入ってからめっきり憎まれ口ばかりでのー。昔は「お姉ちゃん好きー」と可愛かったのに」

「照れ屋なんですよ、コウモリ。……デートすることになったのはカモメっていう年下の子なんですけど、どういうのがいいのか全く……。誰かに相談した方がいいかもしれないけど、相談出来る相手もいなくて」


 俺の言葉を聞いた黒路は、椅子ではなくベッドのふちに腰掛けて、こてりと首を傾げる。


「ふむ、デートの悩みか。歳下というといくつじゃ?」

「えーっと、12歳かな」

「ふむ……女児、じゃな」

「じょ、女児……? いや、まぁ……最近まで小学生だったわけだからそうと言えなくはないような。でも、なんか他の言い方しません? 少女とか」


 黒路は俺の言葉を無視して続ける。


「女児との逢引きのことなら儂に任せよ。なんたって儂はベテランの女児じゃからな」

「べ、ベテランの女児……!?」


 い、いや、まあ、そう……なのか?

 確かにこの婆さんよりも長い時間女児をやっている人類は存在しないだろう。


 女児としての大ベテラン、大御所。

 そう考えると一考に値するかもしれない。


「ふむ、まず……日程は? どれぐらいの時間の予定じゃ?」

「えーっと、まぁ、特に制限はない感じですね。一応、相手側の親からも許可はもらってますし」

「なるほどのう。では、どんな関係じゃ?」

「……あー、まぁ、妹みたいな」

「親戚の子かのう。となると……歳上のお兄さんというのを活かすべきじゃの。儂を含め、女児は誰もが歳上のお兄さんに憧れるものじゃから」


 黒路には歳上のお兄さんなんて存在しないだろ。というツッコミを堪える。


「となると、服装は小綺麗でトウリとしても少し背伸びした格好がいいじゃろうな。デート先はどうするのじゃ?」

「映画館で恋愛映画を見ようとかの話はしましたね。でも、落ち込んでるだろうから明るい話のがあったら変更してもいいかも」

「ふむ……映画か。……落ち込んでおるなら映画館よりも家の方がいいかもしれぬ」

「家? まぁ、俺のスキルには泊まってますけど」

「外ではあまりベタベタ出来ぬし、女児とは言えど人に財布を出させてばかりだと気を遣うので、財布を出すタイミングが多いのはの」


 そういうものだろうか?

 黒路は「チケットを買う、ポップコーンや飲み物を買う、時間の調整で喫茶店に入る、とそれなりに機会が多いのじゃ」と話す。


「それに……やらしい雰囲気になったときに手っ取り早かろう?」

「この色ボケババアが……」

「何を言うか。逢引きをするならそういうこともあろう」

「落ち込んでるって言ったろ……」

「チャンス……じゃな?」

「違うわ!」

「いや、でも最近の若者も言うとるじゃろ? ピンチはチャンス、と」

「そんな弱った女の子は落とすチャンスみたいな意味の言葉じゃねえんだよ……」


 相談する相手を間違えた……。


 今更だけど、なんだよベテランの女児って。ベテランの女児ってなんだよ……!

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