第30話:病院
死闘……と言っていいだろうそれを乗り越えた。
遅れて病院にやってきたコウモリの話だと当然あの二人は逃げたそうだ。だが、鳥居さんは治療を拒否し、傷ついた体のまま特に隠すことなく全てのことを話しているそうだ。
……まぁ、ロクな情報は出なさそうだけどな。鳥居さんはウザがられていたようだし。
あの大きな建物にほとんど人がいないことや事前に夜逃げの準備をしていたところを見るに、あの建物には何も残ってはいないだろう。
「……それにしても、いっつも怪我してんなぁ、お前。趣味?」
「したくてしてるんじゃねえよ……」
「でも悪かったな。俺も着いていくべきだった」
「いや……それは結果論だろ。それにコウモリがいたらそもそも襲ってこずに夜逃げされてただけだろうし。何より……鳥居さんを止められなかった」
「……鳥居の言いたいことも分かるけどな。大怪我してるクソガキなんて見たいもんじゃねえ」
ぽすぽすとコウモリの手が俺の頭を撫でる。
ぼーっとされるがままにしていると、コウモリが調子が狂うとばかりに肩をすくめる。
「手、払い除けろよな……」
「……コウモリ、誰かに似てるかと思ってたんだけど、アレだ」
「アレ?」
「俺の親父に似てる」
俺の言葉にコウモリは呆気に取られたような表情を浮かべてから、へらりと笑う。
「そりゃ、大層いい男だったんだろうな」
「あー、まあ、どうなんだろ。割とお嬢様だったはずの母さんと結婚してたからそうなのかも」
「……怪我、もうしないようにな。あと、俺の知り合いの治癒スキル持ちを呼んどいたから、治ったら早めに顔見せてやれ」
「ああ、うん。……助かる。流石にこの顔だと心配させるからなぁ」
「いつもよりかはハンサムだけどな」
しばらくするとコウモリと同じぐらいの年齢の女性がやってきて、コウモリと軽口を交わしたあとスキルで俺の治療をしてくれる。
治りは早いが……なんか幻痛と気怠さと疲労が抜けきらない感じだ。
会長曰く、高木先輩の治療のスキルは非常に癖がなく使いやすいものらしい。
……なるほど、と、思う。
おそらく高木先輩のスキルは「悪いところを全て治す」のに対して、このコウモリの知人は「外傷を治す」というようなものなのだろう。
失われた血液や筋肉の疲労、あるいは精神的な部分に関しては治療が出来ない……と。
コウモリがわざわざ呼ぶということは探索者の中でも非常に優秀な人物なのだろうし、会長の言う「僕達のスキルはハイエンドだ」というのは正しい評価なのだろう。
「ん、どうかしましたか?」
「いや、ありがとうございます。……これ、治療費とか」
「いいですよ。子供からお金を取ったりなんてしません」
コウモリの知人の女性は忙しいのか、ちゃんと礼もさせてくれないまま去って行ってしまう。
「じゃ、俺も行くか。早めに嬢ちゃんたちに顔を見せてやるのと……あと、アイツの治療スキルは足りてない部分があるから大人しく検査入院はしろよ」
「ああ、やっぱりそういうもんなのか」
「お前のところの副会長のスキルの方がおかしいんだからな?」
とりあえずスキルの中に顔を見せて……そういや、スキルに変化があったけど大丈夫だろうかと考えたが、普通にいつも通り扉を出すことが出来た。
帰っていくコウモリを見つつ扉を開けようとした瞬間、反対側からドアノブがひねられて、すごい勢いで扉が開け放たれる。
「ゔあーー!! トウリぃーー!!」
中から飛び出したカモメが涙でぐちゃぐちゃになった顔で飛び出して、俺を押し倒してへばりつく。
「ゔぁーーん! ごめん、ごめん、トウリ……ああーん!」
「お、おい……。ここ、病院……」
と、俺が言うもののカモメの耳には届かず、俺の胸の中で「あうあうー」と嗚咽を漏らして泣いている。
よしよしとカモメの頭を撫でていると、廊下でコウモリが俺の方を見てドン引きの表情を浮かべていることに気がつく。
「またやってるよ……」
ヒナ先輩のときはお前のせいだろ……! というツッコミをカモメの前でする気になれずにカモメを慰めていると、開きっぱなしの俺のスキルの扉からヒナ先輩とミンさんがこちらを見ていることに気がつく。
「……あ、あー、その、ご心配おかけしました」
ふたりはカモメを刺激しないようにかゆっくりとやってきて、心配そうに俺の顔を覗き込む。
「……怪我は、してない?」
「あー、ちょっと、若干だけしたけど、治りました」
「辛そうだけど……」
「……まぁ、少しだけ、気分の話です」
ヒナ先輩が心配そうに顔を覗き込み、ミンさんの手が俺とカモメの頭に伸びる。
「よく、頑張ったね」
「……うす。あの、ここ、病院で人がすぐにくるんで……」
カモメにへばりつかれたまま立ち上がり、近くの椅子に腰掛ける。
「病院? ……というか、病室……トウリくん、本当に平気なの?」
「あ、はい。いや、本当、ただ検査受けろって言われてるだけなんで」
ヒナ先輩の疑うような視線から逃れつつ、カモメの背中を撫でていると廊下の方から足音が聞こえてくる。
「藤堂さーん、検査の順番が……」
と、病室に顔を覗かした看護師が、俺たちの姿を見て固まる。
その表情はまるで「うわっ、女子に囲まれてる」とか「なんで治ってるの?」とか、困惑とドン引きを合わせたような引き攣り顔だ。
「あ、すみません。あー、ちょっとしていた怪我は友人の知人のスキルで……。検査に関してはそのまましてもらえとのことなので」
「あ、ああ、そういえば探索者の方でしたね。では、着いてきてもらって……」
という看護師だが、カモメはへばりついたまま離れる気配がない。
「……このまま検査って出来ません?」
「で……できませんね……」
それからなんとかしてカモメを宥めてから検査を受けるなどして、今日という日を終えた。
◇◆◇◆◇◆◇
「やあやあ、内田くぅん。対策会議なんて面倒くさいよね」
「……そっすね」
「内田くんさぁ、それにしても珍しいねぇ。僕に隠し事するなんてさぁ」
「……どうも。有馬さん。隠し事って何のことです?」
有馬と呼ばれた中年の男は脂肪で膨れた手で内田の肩を触り、ぐりぐりとマッサージをするように小男の肩を揉む。
「ほら、この前の事件の報告、隠してることあるでしょ?」
「……犯罪者の庇い立てなんてしませんよ」
「とぼけちゃってぇ。犯罪者はそうだろうけど、ヒーローを庇ってるでしょー?」
「……協力者はいますけど、ヒーローってほどじゃないですよ。……それにしても、なんで?」
「ん? そりゃ、内田くんのやり方じゃないからね。スピード解決なんて。色々と根回しして地道にやっていくのが好きでしょ?」
コウモリは有馬の言葉に眉をひそめて首を横に振る。
「好きでやってるんじゃないですよ。まぁ、手伝ってもらったのは確かですけど、大して役に立ってないから名前を出さなかっただけですよ」
「ふーん? 内田くんがそんな人に手伝わせるかな?」
「……何が言いたいんです?」
会議が始まるその前の時間。
隣に座った有馬は不躾に顔を顔に近づけて、目を大きく開ける。
「派閥みたいなの、増えてほしくはないんだよね? ほら、みんなで仲良くするのが僕のやり方だから」
そんな脅すみたいな表情をしといて、とコウモリは思いながらもへらりと笑ってみせる。
「ただのアホですよ。アイツは」
「いやぁ、どうかなぁ? Aランクパーティに世界最年長の探索者黒路千代、若手のエース、そして……貴重な空間スキルの持ち主。……ちょっと有力なお友達を集めすぎだねぇ」
「……探索者なんだから探索者の友人ぐらい作りますよ。良ければ紹介しますよ、黒路の婆さんなら「若い友達が出来た!」って喜びますよ」
「んー、僕としては、その空間スキル待ちの子が気になるかな? 彼がいたら、他国よりもダンジョンの奥深くに」
「……有馬さん、あんまり若い子にベタベタしてたら引かれますよ? それに、俺が世話になってる有馬さんを裏切るわけないじゃないですか。また連れてきますよ、でも最近の若いやつってすぐに「それって義務じゃないですよね?」とか言ってくるからなぁ」
コウモリはそう言いながら、内心「会わせるわけねえだろタヌキが」と毒吐く。
それからしばらくして、ダンジョンの関係者による会議が始まった。
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