第29話:おめでとう
思い出した。思い出せた。
あの日の俺は、両親を守ろうとしていた。
身を縮めていては状況を把握する間もなかっただろう。単に両親が揺れて重なって死んだとしか思えなかっただろう。
両親が俺を守ろうと動いていたことを知っていたのは、俺が顔を上げていたからだ。
息を吐く、白く染まったそれが見える。
……行くか、前に。
雪を踏みしめて前に進む。
世界を雪に包んで敵を弱らせる。……パーティで戦うのならばそれなりに有用かもしれないが、ひとりだと弱らせるだけの時間を確保出来ないだろう。
前に行き、逃げる様子のない鳥居に思いっきり拳を振るう。
腕による防御に止められるが、けれども振り切り、もう一発ぶん殴ろうとしたところで反撃がきて俺の顔に拳が刺さる。
痛みはあるが、耐えてそのまま殴り返す。
「っ! なぜ、何故お前が分かってくれない!」
「分かったうえで! それが違うと言っているんだ!」
正面からのぶん殴り合い。鳥居にそれに付き合う意味はないように思えるのに付き合うのは、脚の怪我のせいか、それとも別の理由があるのか。
殴って殴られて、防いで避けられて。異能の力を持つ探索者同士の戦いにしてはあまりに原始的な戦い方。
俺はまだしも鳥居のスキルはかなりの広域であり、かつ、時間が経てば経つほど有利になるものなのだから馬鹿な殴り合いに付き合う必要はないだろう。
大ぶりの拳を交差した腕で防ぐが、勢いに負けて体が吹き飛んで窓を割って外に出る。
「っ……!」
雪の上に転がって、急激に体温が持っていかれるのを感じる。
……異常に温度を奪うという妙な性質の雪に
鳥居の深い絶望を感じる。
顔を上げると一面の雪景色……人がいないのはこの異変に気がついて逃げ出してくれたからだろうか。
「……なんで、殴り合ってるんだよ。そのスキルは、距離を取りながら戦う方が強いだろ。……止めてほしいと、思ってるからじゃあ」
俺の言葉を踏み躙るように、壁を蹴り抜いた鳥居が雪の上を歩く。
「月並みな推理だな」
俺の息が戻るまで待っているのだろう。
立ち上がって拳を握る。
「推理じゃない。そうであってほしかったんだよ」
「……望みは叶わないものらしいな。夢を見せてやるのも可哀想か」
鳥居は拳を解いて、足を止める。
鳥居の近くの雪が飛んできて、俺はそれを躱わすがかわしきれずにいくつか被弾し、その部分が異常に冷えて動きが鈍くなる。
「冷たいか藤堂。……それが俺の絶望だよ。柔らかく世界を覆い尽くす雪。その凍えこそがこの世界だ」
「……」
「俺がやる。誰もがやらないのだから、俺がやる。探索者も、慈善活動も、人助けも、革命も」
降り積もっていた雪が集まり、鳥居に従うように巨大な塊となる。
「俺がやるんだよ。全て! 俺が!」
まるで雪崩かのように俺へとやってくる巨大な雪の塊。
それは鳥居が味わってきた絶望そのものなのだろう。
……スキルが精神に依るのであれば、鳥居のスキルの異様な冷たさはその絶望のせいで変質したのかもしれない。
防ぎようもない雪崩を前にして、けれども、絶望を感じないのは……それはきっと、俺は絶望以外のものも見てきたからだ。
……スキルに目覚めたあの日から、両親を失って絶望を覚えたあのときから、俺は何も変わっていないのか?
そんなはずはない。
俺の精神は心は……逃げて閉じこもるだけでなく立ち向かうことが出来るようになった。
「……【404亜空間ルーム】」
一人で逃げて閉じこもっていたあの部屋は、いつのまにか色んな人が居座って、安心する場所に変わっていった。
逃げ込む場所ではなく、守るべき人がいるところに変わった。
俺のスキルは、その本質は「空間」であり、それを「開く」こと、だ。
ならば形は、扉にこだわる必要はない。
いつもスキルを発動するときのように手を前に出して、存在しない虚空を掴む。
いつもは扉を出して開けていたが、けれども今持っているそれは扉のノブではなかった。
強く、太く、重く、硬い。
「──大丈夫だ。『手本』はある」
何もない場所から「開く」ためのものを力強く引き抜く。
イメージするのは、
大剣を握りしめて、仲間の生きる道を『切り開いた』その姿。
俺はもう逃げるだけの子供じゃない。
存在しない空間から引き抜いたそれの重さも、感触も知っていた。
あのオークが持っていたドラゴンを殺した巨大な大剣。俺の持つ『切り開く力』のイメージの根幹。
迫り来る雪崩を前に、頭に浮かんだその名前を口にする。
「【404亜空間ルーム・
両手で強く握りしめたそれを、全力で雪崩へと振るう。
防ぎようもないはずの雪の大津波。それにポッカリと穴が空き、雪に隠れていた鳥居の顔が見える。
まるであのダンジョンにあったオークの抜け道のような穴の中を駆け抜けて、鳥居の迎撃を大剣で掻き消して突き進む。
「っ!? なんだ、なんだソレは!? 俺の雪を、いや、空間を……斬って──!?」
鳥居の顔の皺に沿うように涙のあとが見える。
雪崩を起こし、俺にトドメを刺したと思って溢したものなのだろうか。
大剣を放り捨てて、再び拳を握る。
「──隠れて泣くぐらいなら、泣き言ぐらい吐けばよかっただろうが!!」
俺の拳は思いっきり鳥居の顔を捉えて、鳥居を吹き飛ばす。
肩で息をして、倒れた鳥居を見る。
トドメを刺したという油断を突いた形になるのだろう。思いっきり隙を捉えられた鳥居は立ち上がることも出来ずに、雪の中で倒れていた。
「……た、て……ない? 負けた……のか? 俺が?」
雪は止み、雪が覆い隠していた太陽が除く。
降り積もるのには時間がかかった雪が、太陽の熱で呆気なく溶けていくのが見える。
「……俺が、やらないと」
「もういい。もういいんだ」
立とうとする鳥居の身体を抑えて、その深く刻まれた目を見る。
鳥居は自分を掴む俺の手を見て、それから自分のシワのある手を見て、ぽつり、こぼす。
「……。手、大きくなったな。あの日は、あんなに小さかったのに」
「そりゃ、もう、あれから何年も経ったから」
「……そうか。そうだよな。子供も大人になるか。……いや、大人というにはまだ若いか」
自分の言葉を笑うように、鳥居は口元を緩ませてからその手を俺の頭に乗せる。
先程まで拳を握っていた手だが、不思議と恐ろしくはなかった。
「……立派になったもんだ。俺のやったこと、意味がないと嘆いていたけど、そんなこともなかったんだな」
「ああ、もちろん」
「……超えられた、か。……もう、どうこう口を出せる立場でもないか。……なあ、藤堂」
溶けていく雪の中、鳥居は微かに笑いながら言う。
「本当に、立派になった」
脚の出血のせいか、それとも気力を失ったせいか鳥居は少しずつ弱る様子を見せていく。
「願わくば、君のこれからが、ありったけの希望に溢れるように。心の底からそう思う」
そう言う鳥居に俺は返す。
「……絶望するほど、たくさんの人の手を握ってきたあなたのことを尊敬してます。心の底から」
鳥居は笑いながら体を弛緩させていき、目を閉じる。
「……高校、入学おめでとう」
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