第28話:痛み
「あ、コイツは違う」と、そう理解する。
今までのは「交渉」のための戦いであり、言ってしまえばお互いに深く傷つけようとしていない茶番であるとも言える。
けれども、今やってきた鳥居は……。
目の色が昏い。今にも落ちていきそうなそんな色が目の奥に見える。
隣にいるカモメの息が乱れているのが分かる。
異様な威圧感。
長い間ダンジョンの第一線で戦ってきた男で、単純な実力も折り紙つきだろうが、それ以上に理屈ではない圧迫感がある。
「……鳥居さん、やっぱり、この団体に所属していたんですね」
「ああ。見損なったか」
「……いや、理由は分かります。……分かった気になってるだけかもしれませんが」
息を吐く。それから鳥居の目を見る。
「引いてくれはしませんか」
「それは出来ない」
「やろうとしていること、どんな大義があろうと、武力革命でしょう。……やめましょう」
「それでもやるしかない」
「……地道に説得を続けたら」
「利益の相反がある。大人の探索者からすると、後続が入って来られないと自分たちの負担が増えていく。当の子供には選挙権はなく親がいないか、親が子供に興味はないかだ」
鳥居は表情を崩さないままに言う。
「……学校の、先輩で。憧れた人がいます」
「ああ」
「学校で知り合って好きになった人がいます」
「ああ」
「馬鹿な話をする友達がいて、隣にいてくれる愛しい人がいて。……俺は決して不幸ではありません」
「ああ」
説得は無理だ。
この程度の言葉で止まらないから、彼はこの場にいるのだ。
分かっているけれども説得の言葉を口にするのは、一体なぜなのだろうか。
「引いてください」
「……それは出来ない」
寒気が身体に走る。
……いや、違う。実際に空気が冷えていっている。
五月だというのに吐いた息は白くなっていき、手足は冷えていく。
タイルの床を踏む足の先から靴越しに冷たさが伝わってくる。
異常な冷気。
自然現象や機械であるはずがなく、それがスキルであることは簡単に分かった。
「……お前なら、普通の学校にいても同じようになれたさ」
鳥居のその言葉を聞き、やっと、覚悟が決まる。
「鳥居さん。……佐伯も、鷲尾も、会長も、高木先輩も、ヒナ先輩も、ミンさんも。あそこにいったから会えたんです。彼らと離れたくはない。……それを不幸と呼ばないでほしい。……戦う理由です、俺の」
俺が構えると、鳥居は昏い色の目を俺へと向ける。
冷気のスキル……いや、氷か? それとも……。
窓の外がしんしんと雪が降っているのが見える。
「……雪のスキル」
「溶けはしないんだ。良い事があろうと不幸が許されるわけではない。楽しかろうと、悲しみは消えない。温めて雪を溶かそうとしてもそれ以上に降り積もる。それが俺の
雪のスキルの名前を、鳥居は口にする。
「【
室内までもに雪が降り、その一部が鳥居の周りに浮かび、漂う。
吸った息から身体が冷えるのを感じる。
窓の外はまるで真冬の雪国だ。
……随分と効果範囲の大きいスキルだ。
御影堂会長の語るスキルの強弱で言えば間違いなく「無駄が多くて弱い」スキルに含まれるだろう。
魔力という制限がある以上、それを効率よく運用出来るスキルの方が強いという原則からして、広い効果範囲と雪という柔らかいものを操るスキルは明確にハズレだと言えるだろう。
けれども感じる。明確に感じる。圧倒的な脅威。
鳥居の周りを漂っていた雪が俺へと飛んできて、躱せばカモメに当たると判断して手で弾く。
「っ!」
弾く……はずだったが、そもそも大した威力がなく、普通の雪玉のように簡単に砕ける。
だが、触れた手が異様に冷たい。一瞬しか触れていなかったはずなのに明らかに冷えた感触。
普通の雪じゃないのか? と考える俺に、鳥居は言う。
「理解出来るとは思わない。誰もが理解しないから、現状があるのに、お前にだけ理解しろなどとは言えない。けれども、教えてやる。世界は今、冷たい雪に覆われている。背が低い子供は埋まり、弱き人は冷えて死ぬ。降る雪は光を閉ざし、繋ぐべき手は自分の身体から離さない」
「……」
そう話している間にも雪がつもり、空気が冷えていく。
猶予は少ないと考えて、先ほど男の手から蹴り飛ばした拳銃を拾い上げる。
掴んだ手が冷えた金属のせいでべたりと皮膚が張り付く皮ごと力づくで引っ剥がして銃を握り直して鳥居に向ける。
皮の剥がれた手から流れる血が、拳銃から赤いツララのように固まりながら垂れていく。
「俺たちを逃してくれ。撃ちたくない」
「……随分と、痛みに強くなったんだな。可哀想に。……子供は痛がりでいいのに痛みを耐えて、大人は痛みから逃げて押し付ける。……撃てよ藤堂。俺はその痛みを受ける」
……いつのまにかあの二人はいない。先に逃げたのだろう。
隙を作れば逃げられる。
手が揺れる。……ミンさんに教わった撃ち方を思い出す。
手のブレは仕方がないと受け入れて、真っ直ぐに構えて、タイミングを図る。……今。
俺の撃った弾丸は狙いの通り鳥居の脚に当たり、鳥居は血を流すが怯んだ様子を見せない。
レベルによる強化があるとはいえど……弾丸が脚を撃ったんだぞ。
「痛がりはしないさ。痛みを乗り越えろと語る俺が、痛がりでは示しがつかないだろう」
「……痛がってほしかったよ。俺は」
脚の怪我は事実だ、痛がりはせずとも隙にはなると考えてスキルの扉を開き、カモメをその中に入れて俺も入り込もうとしたとき、足元の雪が俺の靴を掴むようにへばりつく。
「っ! トウリ!」
「大丈夫だ。カモメ、少しだけ待っていてくれ」
今はカモメを逃がせただけで十分。足を引っ張られて扉から引き離されながらもう一度鳥居に銃を向けてぶっ放す。
恩人に攻撃しているという事実にキリキリと胃が痛み、それを誤魔化すように吠える。
「結局、何がやりたいんだよ! マジで革命でも起こすつもりかよ!」
「ああ、もう、そうするしかないんだ」
「そんなわけないだろ! あんな連中とつるんで……!」
「そんなわけがないと言うのならば、何故お前はここにいる。痛みを耐えられる。銃の撃ち方を知っている。子供を兵士に仕立て上げる社会など、決して許せるものではないんだ」
俺は反論しながら、弾切れの拳銃をぶん投げる。
「っ! 俺はっ! あんたに助けてもらったときにはもう、親を助けたいと思っていたよ! 俺がここにいるのも、銃の撃ち方を知っているのも、痛いのを我慢してるのも……! 俺自身が決めたことだ!」
「社会による誘導はあるだろうが」
「それがない社会なんて存在するわけないだろ! 俺は今、やりたいことがあるんだよ! 会長の手助けをしたい、ヒナ先輩に恩を返したい、ミンさんと一緒にいたい、佐倉への義理を果たしたい、カモメを守りたい。全部俺がそうしたいと思っていることだよ」
話し合いで決着がつくはずがない。分かっている。けれども叫ぶ。
「俺だって! 鳥居さんが痛みを耐えてる姿を見たくなんてねえよ! だから、守ってくれるなよ!」
近くにあるものを掴んで、迫り来る雪を打ち払う。
こんなときだというのに、思い出した。
両親を失ったあの日。
車が落下したあのとき、両親が俺を庇おうとしたその瞬間。
……無理心中をしようとしていたのに俺を守ろうとした父母が何を考えていたのか、俺にはまだ分からない。
けれども、ひとつ、分かることがある。
あの日、落ちる車の中で俺は……。
「守らせてくれよ、俺にも」
大好きなお父さんとお母さんを、守ろうと手を伸ばしたんだ。
それを思い出して、雪が溶けるような感覚が頭の中で生まれていく。
「……鳥居さんも、やりたくないだろ。革命なんて」
「っ……! 俺がやらなければならないんだ!」
止める。止めてやる。
そう思うには充分な「痛み」の表情を、彼はその皺の深い顔に刻んでいた。
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