第27話:絶望

 向けられた銃口。

 けれども恐ろしさは感じない。


 一瞬で詰め寄って、引き金を引く前にそれを蹴り上げる。


「はっ! レベル差エグいな!」


 追い討ちに腹部を蹴ろうとするが、一瞬で目の前から消えて背後から足音が聞こえる。


「……厄介だな」

「お互いなー? それにしても、初めての同類だ。少しは話がしたいとかないのか?」

「スキルが多少似てるだけで同類も何もあるかよ」


 ……先ほど、コイツは「閉じ込められていた」と口にした。

 瞬間移動みたいなめちゃくちゃなスキルだが、閉じ込められるということはそこにそれなりの隙が……。


「あー、ひとつ、勘違いしてそうだから言うけど。別に閉じ込められてたって言っても、逃げ出せなかったわけじゃねえよ? スキルでも、普通に素の技術でも逃げ出せたけどな」

「……」

「小せえガキにさ、脚に纏わりつかれたら、そりゃそのまま歩けるし、蹴っ飛ばすことも出来るけど、まぁけどなかなか歩けないもんだろ?」

「まるで善人みたいなことを言うんだな」

「そりゃそうさ。人間、みんな自分は正しいと思ってるもんだ」


 再び男の手には銃が握られ、今度は間髪入れずに発砲されるが、俺の動きにはついて来られずに弾は床に当たり、何度か跳ねた音がする。


 避けられるが、カモメに跳弾が当たるのが怖いな。


「……こんな違法なことをやっといて善人か?」

「論戦は勘弁してくれ。口は達者じゃないんだ。話し合いで正しいかどうか決めるのって不公平だろ? 口が上手い奴が勝つことになるだけだ。そんなもん正しくもなんともない。力が強い奴が勝つ暴力と同じだろ」

「……いま暴力奮ってる奴が言える言葉かよ」


 拳銃を掴もうとするが空振る。男は少し後ろにへとスキルで移動したらしい。

 俺があまりカモメから離れすぎないように動きながら、拳銃対策に近くにあった椅子を手に取る。


 ……距離があるのに、撃ってこない?


「おいおい、驚くほどでもないだろ? 人質にはしないし、巻き込まない程度の気遣いは出来る」

「……なんなんだよ。お前は」

「おっ、話を聞いてくれるのか? あー、そうだな。そうだ。資本主義って好きか?」

「……俺は貧困家庭産まれだよ」

「だよな。んで、そういうやつらのために──」

「ひっくり返っても、社会的な不平等で損するやつが出るだけだろ。いつまでもぐるぐるとちゃぶ台返しを続けるつもりか? 生物が生まれる確率、プールの中に腕時計のパーツを入れて適当に揺らして組み上がるのと同じだそうだが、社会をひっくり返し続けたら完璧な社会が出来る可能性とどっちの方が高いだろうな」

「……お前、意地の悪いこと言うな? ……同類だろ? 正しさも捨てて、その子のためにここにきたんだ。俺も同じだ」


 男は銃を構えるのもやめて手を広げる。


「助けてやる。と、言ったんだ。男が一度した約束を違えるわけにはいかねえだろ。何があっても、何をやっても」


 男は俺に問う。


「お前は違うのか?」

「……殺された学校の教師のクラス、イジメがあったらしいな」

「らしいな」

「とぼけすらしないのか。……お前が殺したのか? それとも」

「今時、なかなか珍しいよな。教師がイジメの主導をしてクラスの統制を図ろうとするとか、それにムカついてぶっ殺すとか」

「……そうか。庇った側か。……なんで隠していた死体を晒した」

「隠してもあんまりイジメの対策には効果なかったみたいでな。やっぱり見せしめってのは必要らしい」


 ……馬鹿馬鹿しい、馬鹿馬鹿しいにもほどがある話だ。

 事件の真相も、登場人物の思惑も、くだらないし、話にならない。


 コウモリの言う通りだった。そんな大層な思惑がある話じゃなかったのだ。


「……その子、ね」


 この組織に関係している子供なら、まぁスキルもあるので大の大人でも殺せるか。

 殺人の動機も、死体が腐ってから捨てられた理由も分かる。


 嘘は吐いていないのだろう。


「ああ、確かに俺とお前は似てるんだろうよ。助けてと言われたら助けたくなるし、善悪なんて大して気にしてない。けどな、俺とお前じゃ大きな違いがある」

「……違い?」

「俺の方が、女の趣味がいい」


 男は吹き出し、そして髪をかきあげる。


「ぷはっ! そりゃあデカい違いだ。渡辺! 説得は無理だぞ、こいつ、もう守る奴がいるらしい」

「……なら、まぁ、仕方ないか。ああ、もったいない」

「……逃してくれる……という雰囲気じゃないな」

「そりゃな?」

「……俺としては、他の探索者が来る前に避難するのがオススメだけどな」


 男はへらりと笑って俺に拳銃を向ける。

 ……俺のスキルに逃げ込んだとして、この男の瞬間移動は俺のスキルの中に飛んで来ることは出来るのだろうか。


 感覚としては「出来そうだ」と思う。

 俺のスキルではダンジョンと地上の間での合鍵を使ったワープが出来ない。それはおそらくダンジョンと地上では目には見えない空間的な隔たりがあるからだろう。


 だとすると、俺のスキルは世界の隔たりのような何かを突破することが出来ないのではないか。


 隔てるものがないのならば、同じ空間スキルならば干渉されるのではないか……という、予想だ。


 理屈として正しいのか、それが事実なのか、不明ではあるが、それなりに余裕がある現状でわざわざ試す必要がない。


 持っていた椅子をぶん投げて、瞬間移動で避けたのを見届ける前に適当な場所に向かって腕を振るうと、ちょうどそこに移動してきた男の顔面を捉えて吹き飛ばす。


「っ!? ってえ、なんで移動場所が……」

「運」


 というのは事実だが「空間スキル同士でどうなるのか分からないから試したくない」のは俺だけではないだろうという読みから、俺からあまり離れた場所に移動して隙を作ることはないだろうという読みはあった。


「……カモメ」

「ぼ、僕も戦うのかい!?」

「いや、離れるなよ。くっついとけ」


 近くにあったものを掴んで、殴られて倒れた男の方にぶん投げる。


 高レベルの探索者と密度の高いパワーレベリングと、ドラゴンを討ったことによる魔力の増大で、スキル無関係の戦闘能力ならば俺が圧倒しているのが分かる。


 それに……この男、やたらと真面目だ。


 俺を逃がさないことに主軸をおいているため、銃を持っているのにそれほど距離を離さないし、誤射や跳弾を恐れていて、それをしない角度に移動しようとするため、瞬間移動の移動先が読みやすい。


 適当に投擲した花瓶が瞬間移動した男の頭に当たり、血を流す。


「っ……頭が割れる」

「……まだやるか? 病院にでも行ってきた方がいいかと思うが」

「っ……直接戦闘向きのスキルではないとは言えど、なかなかキツイな。まぁ、そもそも戦闘に不慣れだしな」

「だろうな」


 どうにかなる。……と、考えていると、男は血が流れる頭を抑えながら息を吐く。


「……どうする? 渡辺。逃げるなら今のうちだけど」

「やり直すのは当初の予定通りだが、色々と惜しいものがあるな。……仕方ない。あまり夜逃げには連れて行きたくないやつだが、呼ぶしかないか」


 夜逃げに連れて行きたくない……か。

 まぁ、この場を見られたら、悪行がバレて逃げ出そうとしていることもバレるだろうし、置いていかれてスケープゴートにされるのを回避するためについていこうともするか。


 だとして……この場で俺を抑えられるほどの力を持っているのに連れて行くことが嫌な奴というのは。


 ……正直なところ、今の戦闘に対して危機感を抱いてはいなかった。

 なんとなく俺の方が強いことは分かっていたし、お互いに殺すつもりはない戦い。


 しかも相手は自分達の団体を潰すことに対しても抵抗はなく、最悪逃げればいいと考えている。


 恐ろしい人間というのは、そんなに合理的でなく、もっと不合理で、感情的で……。


 カツリ、足音が聞こえた。

 戦闘の音が響いていただろうに、離れていくでもなく、慌ててこちらにくるわけでもなく。


 冷静にこちらへと向かってくる足音。


 渡辺と空間スキル使いの男はその足音に覚えがあるのか「げっ」と声を出す。


「……呼び出すつもりだったけど、自分から来られると……ちょっと怖えな?」


 味方がきたというのに二人は少し怯えて、その足音の方を見ていた。


 ボロ切れのようなコートを羽織ったひとりの男が俺たちの方へと歩いてくる。

 そして、口を開けて、俺の方を見る。


「……戦闘の音が聞こえて、まさかとは思った。けど、まぁ、いつもそうだが、嫌な予感ばかりが当たるもんだ」


 俺はその声と、その目を知っていた。


「……鳥居さん?」


 以前、幼い頃に助けてもらったときよりもやつれた様子。印象的な昏い色の目。


「久しぶりだ。元気そうで何よりだ」


 言葉を失う俺に、鳥居さんは一定のテンポを崩さない抑揚のない声で「けどな」と語りかける。


「……本当に探索者をやってるんだな。かつて助けた子供が、社会の不条理に巻き込まれて、戦場に向かわされる。……ああ、ああ」


 社会的な不平等。

 恵まれない子供が、恵まれた大人たちのために命を遣わされていることへの嘆き。


 彼は深く、重く、昏く、荒れた唇を動かした。


「………お前は俺の絶望だよ。藤堂トウリ」

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