第26話:ヒーロー

 カモメに連れて来られたのは、思ったよりもしっかりとした会館のような建物。


 それなりに大きいが、機能性よりも見た目のオシャレさを重視しているところを見るにあまり入れる人数は多くなさそうだ。


「……儲かってんなぁ。駅近くの土地をこんな使い方するとは。庭もあったし」

「潰れた新興宗教団体の居抜きで入ったらしいよ」

「宗教団体の居抜きってあるんだ。飲食店みたいだな」

「ほら、そこの謎のおじさんの像もその宗教団体の教祖なんだってさ」

「撤去しろよ。何が目的で残してるんだよ」


 謎のおじさんの像を横目に進み、カモメは扉をノックする。


「白鳥です。渡辺さん、いらっしゃいますか?」


 返事はすぐに返ってきて、扉が開く。


「入っていいよ。あ、いや、若い子だし、座ってよりも案内しながらの方がいいか。どうも、渡辺です。よろしく……藤堂くん」

「……どうも」


 扉から出てきたのは細身で高身長の男性だった。人の良さそうな笑みと、その奥に見える俺の中を覗こうとする瞳。


「……それで、藤堂くんはなんで見学にきてくれたんだい?」


 思ったよりも直接的に聞いてくるな。

 もっと警戒されているのかと思ったが、それほどでもなさそうだ。


 好都合、そう思いながら俺は口を開く。


「いやー、ゴールデンウィークで地元に帰ったらこのカモメっちと会ってさー、†フィーリング†って言うか? 運命、いや†奇跡†を感じちゃって? そしたらカモメっちが自分のことをもっと知ってほしい的な?」


 カモメはドン引きした表情で俺を見る。

 やめろ。俺を見るな。俺を見ないでくれ。


 事前に「警戒されないように逆ナンに引っかかったアホのフリする」と伝えていたのだから合わせてくれ。


「そ、そうなんだ。……まぁ、じゃああまりここのことはよく知らないだろうし、紹介しながら話して行こうか」


 施設紹介とのことで、当然のように当たり障りのない内容のことや、問題のない範囲の理念について話していていく。


 話される言葉は事前にホームページで見た内容と相違ない。もしかしたらホームページに載っているのはこの人の文章なのだろうか。


 小声でカモメに話しかける。


「なぁ、カモメっち」

「なんだい、トウリっち」

「うっわ」

「はっ倒していい?」


 いや、急にトウリっちとか呼ばれたから……。

 ともかく、たぶん話の内容的にかなり上の人間だと思われる。


「カモメっちは渡辺さんと会ったことあるのか?」

「三回目だね。一回目はダンジョンで、二回目はちょっとした頼まれごとで、三回目が今日」


 ……ちょっとした頼まれごと……は、たぶん俺との接触のことだろう。


 今時ならとりあえずスマホで調べられるであろう、団体の顔とも呼べるホームページを任されていて、スキル取得の先導と、外部の有力な若者の捜索の指示。


 かなり幅が広い。

 もしかして、この団体のボスやそれに近い存在なのではないか。


 ……いや、待て。

 頼まれ事が親からではなく渡辺から直接言い渡されたことならだいぶ話が変わる。


 てっきり俺は「複数人の思惑や雑さが絡んだ結果、カモメに殺人やらの情報が漏れて、親に頼まれていたこともあってカモメは俺と接触を計った」のだと思っていたが、そうではなく「一人の人間の策略で、カモメに両親のピンチを見つけさせて俺に助けを求めさせた」のだとするならば。


 今の俺たちの行動は全て筒抜け。いや、操られていたことになる。


「……どうしたの? トウリっち」

「…………。俺はずいぶん間抜けだったな、と」


 俺の言葉に、渡辺という男は振り返る。


「おや、優秀だね。なんで分かったのかな」

「……腹芸とかやらないんだな」

「そりゃそうさ。君が欲しいのに、あまり嘘ばかり吐いても仕方ないだろう?」

「……それもそうか。けど、説得の見込みなんてなくないか?」

「それはほら、いいポストとか?」

「泥舟のどこに乗っても泥舟だろ……」

「じゃあ、その子の親の除名処分とか?」


 思わず息が止まる。

 中庭に植えられた花々が風で揺れる。


「おや、目の色が変わったね。会ったばかりの子供だろうに、本当にいい奴だ」

「それは、本気か?」

「もちろんだとも。こちらから呼び出したんだ。ちゃんと交渉ぐらい考えてきたよ。それに、希少な空間系スキル使いでありドラゴンまで倒せた君と、そこらの夫婦、比べものになるわけもないだろう?」


 ……そうか。そうなのだろう。


「……変な生徒会長に生徒会に誘われるし、変なおっさんには変な団体に誘われるし、モテ期なのかね、これも」


 ……よくないと思っている。

 けれども、泣き顔を見てしまって、味方でいてやると約束してしまった。


 一歩、俺が前に出ようとした瞬間、カモメの手が俺に伸びて、俺の手を掴む。


「カモメ?」

「……デートの約束、したよね。……映画、上の空で見られたらさ、寂しいよ」

「……でも、カモメの親は」


 カモメは頷く。


「ずっと考えてた。考えてたんだよ。どうやったら昔みたいになれるのかって。愛してくれるのかって」


 俯きながらこぼしていく涙と言葉。

 相変わらずの泣き虫な少女は、その俯いた姿勢のまま言葉を紡いでいく。


「……ないよ。そんな方法。……人を都合よく操るなんてこと出来ないし、しちゃいけないなんてこと。子供でも分かることなんだよ」

「カモメ……でも、それは」

「……もう「おはよう」とは言ってくれないし「学校で何があったの?」とは訊いてくれない。捕まっちゃったら、今度こそ、今度こそ……もう二度と、聞けないと思う。仮にすぐに出てこられても、もう直らないって、そんな気はする」


 カモメは俺の手を引っ張る。


「だからって! トウリなら助けてくれるからって! ……っ! 昨日の夜も、苦しそうに悩んでたのを見たよっ! ヒーローみたいな人でも、親でもっ! 助けてくれるからって頼りっきりだったら……誰が助けてあげるんだよ!」


 吠えるように言葉を吐き出したカモメは、息を荒くしながら俺に言う。


「……帰ろう。帰るよ。もういい。こんなの、もういいよ」

「…………ああ、そうだな。食いたいものあるか?」


 ……カモメがもういいと言うなら、そうなのだろう。

 カモメの親の件を考えないのなら、あとはカモメが警察に証言して終わりだ。


 スキルの件で捜査されて、殺人の件も見つかって。司法の裁きが降ってそれでお終いだ。


 俺の出る幕なんてありはしない。

 粛々と動く大人の世界だ。


 渡辺は俺とカモメの繋いだ手を見て「ははは」と乾いた笑い声をあげる。


「ははは、あはは! ハァッハッハッー! これは考えていなかったな。連れてきて私と交渉するか、それとも門前払いされるかの二択だと思っていた。……まさか、ここまできた上で「親はもういい」なんて結論を出されるとはね」

「……逃げるなら逃げるで、さっさと荷物まとめた方がいいんじゃないか?」

「大丈夫だよ。元々違法団体、いつだって夜逃げの準備は整っている。……けど、少し、君は惜しいな。藤堂トウリ」


 渡辺はポケットに手を突っ込み、俺は「スキルか銃か」と考えて警戒すると、取り出したスマホで誰かに電話をかける。


「もしもし、ああ、俺だ。すぐ来れるかい? 我が王」


 ……応援の呼び出しの電話?

 いや、今から帰るのに間に合うわけないだろ。


 俺がそう考えた、その瞬間だった。


 赤黒い雷のようなものがバリバリと走り、何もない虚空が……否、「空間」が割れていく。


 そしてその割れた空間から、年若い男が現れる。


「……ったく、何が王だ。馬鹿馬鹿しい。お前もそう思うだろ?」


 俺にへらりと笑いかける男を見て、俺は思わず目を開く。


 何もないところから現れた?

 まるで瞬間移動のように……いや、そのまま瞬間移動なのだろう。


「……空間系スキル」

「おうよ、兄弟」


 何もないところから拳銃を引っ張り出した男は、気だるそうに拳銃を持った手をブラリと下げる。


「コイツさあ、普段は俺のことを閉じ込めてる癖にこういうときは頼ってくるんだよ。クズだろ? けどさ、頼られたなら、頼られた分だけ手伝いたくなるが人のサガってもんなのかもね」

「……」

「お前はどうだ? 助けを求められたら、手を振り払うなんてこと、出来ないだろ」


 ……男はへらへら笑う。まるで真意を隠すかのような笑みだ。


「恨みはねえけどさ。人助けのためだ。諦めてくれよ」


 そう言って男は俺に銃を向けた。

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