第25話:デートの約束

 コウモリはハンドルを握りながらミラー越しに俺の顔を見てから、カモメに話しかける。


「で……一応藤堂からは聞いたが、本当のことを話しているのか?」

「それはもちろん」

「解決の目処は?」

「僕はただの中学生だよ? トウリ任せさ」

「……藤堂、コイツ煽りがウザいだけのポンコツだぞ」

「カモメは煽りがウザいだけのポンコツだよ。……一応、今回は本人を捕らえたら終わらないか? 警察とかから危険視されてるわけでもないだろ?」


 やっと道を曲がって大通りに出たコウモリは、すぐに信号で止まってから目線を動かさずに「いや」と口だけ動かす。


「組織的に非合法なスキルの取得はかなり問題だ。かつての先進国だった国も、スキルを得たギャングやらマフィアやらに潰されたことがあるぐらいだ」

「J・ポケットマン……か」

「有名どころだとな。そうでなくとも治安や風紀の維持とかにマイナスに働いて戦争に負けたりな」


 戦争……か。あまり意識したことはないな。


「スキルとか探索者って個人としては強くても軍だと役立たずなんだよ。個人の才能やらに影響されすぎてな。個人のために戦術をいちいち考えるのなんて無理だし、だからといって個人で自由に動いてもらうってわけにもいかない。そのくせ、反乱とか暴動になると厄介な存在で」


 コウモリはそう口にしたあと、ポケットに入れていたタバコの箱を取り出して、カモメの方を見てすぐに仕舞う。


「探索者ってのは、国に必要だけど国にとっては脅威でもあるんだ。だから国はダンジョンを管理するし、探索者も増えてほしいのに資格制だ。どの国も意図的に無資格でスキルを取得するやつにはめちゃくちゃ厳しいもんで……その集団ともなればな。白鳥も持ってるってことは親も手に入れてるだろ?」

「……」

「残念だったな。殺人、国家転覆の企み、スキルの違法な取得。殺人に関与はしてなくともたぶん執行猶予は無理だ」

「……」

「それが原因で滅んだ国があるからな、意図的にやったとなるとかなり厳しく見られる」


 もう少し言い方もあるだろ……。と思うが、けれども、そんな言い方をコウモリにさせたのは俺だろう。


 俺が先に言っておくべき言葉だったのを、俺が自分で言わずにコウモリに言わせたのだ。


「方法は、ない?」

「自首すれば軽くなるとは思う。自ら国の害になるつもりはないと示せば」

「……説得は、無理だと思う」

「じゃあ無理だ。……まぁ、白鳥も将来探索者をやればいい。親がいなくとも学校に通えるからな、探索者なら」


 コウモリは俺の方を見る。


「……で、お前はどうするんだ? 藤堂」

「……味方ではいる。カモメの。それ以上は難しいかもしれないけど」

「トウリ……」


 前にいるカモメは俺の名前を呼ぶ。


「ま、頑張れ。ああ、そういや昨日の夜に藤堂が連絡寄越した鳥居ってやつだけど、確かに動きが妙だったな。昔はボランティア的な活動に積極的だったが今はめっきりやっておらず、あるときを境に元パーティメンバーとも連絡を絶っているらしい」

「……早いな」

「たまたま知り合いに元パーティメンバーの奴がいたからな。ずいぶんと真面目なやつだったそうだ。パーティメンバーにも度々「探索者の養成学校の廃止を求める署名」を募っていたとか」

「俺たちの学校の廃止?」


 俺がそう呟くと、コウモリは丁寧な運転を崩さないままに「ああ」と返す。


「藤堂の年代だとあんまり実感ないと思うんだけど、昔はもっと子供への福祉がちゃんとしてたというか。……あー、まぁ通ってるなら薄々気づいていると思うけど、探索者不足の解決のために意図的に子供への福祉を減らして探索者への道を促してるんだ」

「……まぁ、なんとなくは知ってるけど」

「好きで探索者をやってる俺でも、まぁまぁ酷い話だと思うぐらいで。要は孤児を兵士に仕立てて国防をやらせるってことだからな。グロテスクな話だ。んで、それをやめさせたいって運動を細々とやってる奴がいる。まあ、探索者の当事者でそういう運動をやってるやつは珍しいけどな」

「……いい人なんだよ」


 コウモリは興味なさそうに「だろうな」と口にする。


 彼は「卒業おめでとう」とは言っても「入学おめでとう」とは言わなかった。

 まぁ、そうなのだろう。そうなのだ。


「真面目で正義感が強い奴が拗らせて妙なことをやり出すとか、まぁありがちだよな」

「……コウモリは、鳥居さんがそこに加入してると思うのか」

「まぁ、絶対とまでは言えないけど、おおよそはそうだろうなと。どうするんだ?」

「…………。会わずに済ませるのが一番だな」

「熱血漢の藤堂には珍しいな。ひよったか?」

「熱血漢じゃない。……命を救われて、探索者学校に入学した俺が止めたら、ハシゴを外すようなもんだろ」


 その言葉にコウモリは反論せず、車内はお通夜のような雰囲気になってしまう。


「……直接俺の車で乗り付けるわけにはいかないし、駅で下ろすから、そこからは電車と徒歩で行け」

「ああ、分かった」

「分かってると思うが、解決なんてしなくていいからな。というか、俺としては何もしてほしくないんだ」

「分かってる。……いざとなったらスキルで引きこもってどうにでもする」

「……白鳥の嬢ちゃん、藤堂から離れるなよ。コイツは腕も悪ければ頭も悪い。けど、判断は間違えないはずだ」


 カモメは頷く。


「俺の方は根回しと、最悪のときに備えて腕の立つ探索者を集めておく」

「……ああ」

「気負うなよ。お前は生意気なぐらいがちょうどいい」


 頷く。

 車が止まり、息を吐く。


 切符を二枚買って電車に乗り込む。

 揺れる車内、案内放送が駅の名前を読み上げたとき、カモメの目が少し揺れる。


 ああ、この駅か。そう分かったのに俺は立ち上がる気になれないし、カモメも「この駅だよ」と口にすることもない。


 分かっているのだ。

 その次の駅で降りて、全部が全部上手いこといったとしても……カモメに幸せな結末は来ないし、俺は恩人と敵対すると。


「……このまま、どこかに行ってしまいたくなることがある」

「ああ、まぁ、分かるよ」

「……道はどこまでも続いているなんてポジティブな言葉があるけどさ、僕からするとどこまでも悲しい言葉だよ。道がどこにでも続いてしまっていたならば、今いるここから逃げ出しても地続きのところにしかいけなくて、いずれは会うことになるのだから」


 電車が止まる。

 カモメは立ち上がって俺を見る。


「……いこうか。どこにでも行ける現代は、きっとどこに行っても逃げられない時代だから」


 どこに行っても逃げられない……か。

 駆け落ちして、追い詰められた父母を思い出す。


 どうするべきかの答えは出ない。

 けれども……この小さな子が立ち上がったんだ。


 俺も席から立って、電車から降りる。

 背後で扉が閉まって電車が動き始める。


「……今度、映画でも観に行くか」

「どうしたのさ」

「……楽しみぐらいあった方がいい。そうじゃなきゃ、どう足掻いてもしんどいだろ」

「そうだね。コテコテの恋愛映画でも観に行く? 照れてるトウリを見てみたいね」

「すぐ顔に出るカモメがそれを言うのか……。まぁ、いいや、映画な。行こう」

「映画の後はハンバーガーでも食べて、トウリのお金でウィンドウショッピングでも楽しもうか」


 まるっきりデートだな、と、苦笑してから駅を出る。


「ショッピングのあとは、そうだなぁ。……帰る家、なかったらお持ち帰りでもされてみようかな」

「……悪趣味な冗談だ」


 ……冗談。それで終わるように、俺がしよう。

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