第24話:祈りの要訣

 ◇◆◇◆◇◆◇


 ビルの一室。

 本来はオフィス用途なのだろうそこは、生活感に溢れたリビングのようになっていた。


 ドッシリとソファに座った男は不機嫌そうに、開いた扉の方へと目を向ける。


「や、ご機嫌いかがかな? 我が王」

「いい加減、俺をここから出せ」

「そういうわけにはいかないさ。我が王。君は短気で短絡的、殺人鬼の犯罪者、道徳心も遵法意識もない。捕まってもらっては困るんだ」

「何が我が王だよ。白々しい。お前の語るスキルと精神の関係ってのは大間違いだ。俺は知っての通りクズだよ」

「何も間違えていないさ。空間のスキルの持ち主には王の資質がある。遵法意識と道徳心の根本的な欠如と、それに代わる己の中の自身に課したルール。つまり、世界に反する世界を持つことこそ、空間系スキルの要訣であり、王の資格だ」

「気狂いが。……単に社会不適合のクズって言うんだよ。俺みたいなのは」

「君が社会に適合するのではなく、社会が君に適合すればいい。それが王だろう」


 男は首を横に振る。


「馬鹿馬鹿しい。やってられるかよ」

「やってくれるさ、我が王、君はね。……ただ、少しの間、休んでくれればいいさ。悪辣で、みっともない王よ」

「気持ち悪い。ほら、さっさと行けよ。逃げやしねえよ」

「はは、冷たいな。……皮肉だよね。誰にも捉えられないはずの空間転移の能力者が、鍵もかけてない部屋に囚われるなんてさ」

「……錠がなくても囚われるような人間だから、瞬間移動みたいな能力になるんだよ」




 ◇◆◇◆◇◆◇




「じゃあ、俺はカモメと潜入してきますけど、ふたりは……」

「ん、おやすみだし、勉強でもするよ」

「勉強? ……学校のテストとか、ほぼないようなものですよね」


 俺が尋ねるとミンさんは頷く。


「大学に行くから」

「えっ、大学行くんですか!?」

「ヒナさんがいくらしいから」

「……えっ、ヒナ先輩が大学に行くのとミンさんの勉強に関係あるんですか?」

「ついていこうかなって、考えてる」


 外に向けていた脚を止めてミンさんを見る。特に気負った様子はなく、前から決めていたという様子だ。


 ……まぁ、ミンさんはそりゃヒナ先輩についていくだろうし、ヒナ先輩も三年なのだからもうとっくの前に決めていただろう。


 大学かぁ。パーティに誘ったり、今も世話になったり、結構申し訳ないな。

 そう思う反面、少しだけ寂しく思う。


「さみしいの?」

「いや、そういうわけではないですけど……」

「えっと、学校は別でも……一緒に住んだらいいかなって」

「……男女でそれはまずいでしょう」

「私、平気だよ?」


 ミンさんが平気でも俺がまったく平気ではない。今でさえくっつかれているだけで色々と大変なことになってしまうのにこれ以上距離が近いとまずいことになってしまうだろう。


「……ミンさんは、自分が可愛いことを理解した方がいいですよ」

「えっ……んー?」

「なんで不思議そうなんですか。……俺が言うのもおかしいですけど、男には警戒しないとダメですよ。不埒な目で見てるものですから」

「藤堂くんも、不埒な目で見てるの?」


 首を傾げるミンさんを見て言葉が詰まる。……そりゃ……見てるけども、不埒な目で。


 本人に言えばセクハラだし、ミンさんに引かれるのもいやだ。

 けれども男に対する警戒心は身につけてほしい。


 迷いに迷った末、俺はミンさんに向かって口を開く。


「お、俺は……!」

「もうここまで口籠る時点で確定してるよ、不埒な目で見てるよ、この男」

「俺はミンさんのことを……不埒な目で見て……ない! けど、俺以外の男はみんな不埒な目で見てるんだ!」

「この男、本格的にカスだね」


 ミンさんは俺とカモメの方を見て、コクリと頷く。


「えっと、私、藤堂くん以外にひっついたりしないし、藤堂くんは変な目で見てないなら。大丈夫なんじゃ……」

「性的な目で見てくる奴の筆頭をピンポイントで引き当ててると思うよ、僕はね」

「っ……まぁその、はい、卒業後のことは考えておきます」

「えへへ、うれしいな」


 ミンさんに見送られて外に出る。

 さて、電車で向かうかと考えていると、コウモリから連絡がきていたことに気がつく。


 電話をかけるとどうやらカモメから話を聞きたいらしく、車でやってくるそうだ。


 車の中で聞くと言われたが……まぁ我慢するか、なんとかなるだろう。


「……トウリ、これから来るのはどんな人なんだい?」

「あー、A級探索者の内田ヨウジという人で、戦闘能力はないけど、それ以外のところなら頼りになる人だ。あだ名はウッチー」

「ウッチー」


 カモメは俺の言葉に頷いてから、少し不安そうに瞳を揺らす。

 俺がその手を握ろうとすると、ぺしっと手をはたき落とされる。


「……その手には乗らないよ。僕をトウリハーレムの賑やかせ要員にするつもりだろう。その腹は見えているよ」

「俺はハーレムなんて作ってない。というか、賑やかせ要員なのか……」

「あの距離感の美少女に勝つのは無理。僕には勝てない」


 ブンブンと首を横に振る。

 まぁ勝ちたくもないのだろうけども。


「そのウッチーはトウリとはどういう繋がりなんだい?」

「あー、例のダンジョンのことでな。ドラゴンの魔石の換金とかも頼んでるんだ」

「ドラゴンの……ね」


 カモメはスマホでポチポチと何かを検索して目を開く。


「安くて三千ま──!? ……トウリ、あのさ、僕って顔はかわいいだろう? きゃぴっ」


 そう言いながらカモメは俺の手を握る。


「……カモメは、案外性格もかわいいやつだよ」

「えっ、ど、どうしたんだい」

「別にそんな金に釣られたみたいな雑な演技しなくても、手を握るぐらいしてもいいのに」


 俺の言葉に、カモメはみるみる顔を赤くしていき、握った手をブンブンと振る。


「ちがっ! 違うから! お金に釣られただけ! 怖くなって甘えたわけじゃないからっ!」

「はいはい。握っててやるから。そりゃ、カモメの立場からしたら今から知り合いを裏切るんだから怖いよな。元々好きじゃないにせよ」

「っ……違うから、お金目当てだから!」

「普通、逆だろ……。まぁ、そういうことにしておいてやるか」

「ニヤニヤして……」

「ニヤニヤ」

「後で殴る」


 そんな話をしている間に俺たちの前にコウモリの車がやってきて止まる。


「おはようさん、トウリと……そっちのちっさいのが白鳥か」

「はじめまして。白鳥カモメだよ」

「……なんで手を繋いでんの?」

「それは僕が彼のハーレムに加入してるからとしか。中学の部活動で入ってるんだ、ハーレム部に」

「うわあ」

「嘘を吐くのやめろ。そもそもハーレムなんて作ってないからな。クラスでもほとんど男子としか話さないしな」


 コウモリは何故か俺の方ではなくカモメの言葉を信じたらしく、ドン引きの表情で俺を見ながら「まぁ、乗れよ」と言う。


「また後部座席にふたりとも乗ったらなんか嫌われてる感あって嫌だから助手席に来いよ?」

「面倒くさいやつだな……」


 と言っているとカモメが助手席に座る。


「お前がこっちにくるのか……。まぁいいけど」


 ……今日は、車に乗るのもちょっと怖い程度で済んだ。慣れなのか、それともあの二人がいないからなのか。


 ゆっくりと後部座席に座り、動き出す車の中でコウモリの方を見る。


「さて……俺は藤堂ほど甘くはないからな」

「なんだい、剣呑な。尋問でもするつもりかな。おっと、今のタイミング曲がれたんじゃないかい」

「尋問……まぁそうだな。ハッキリ言って罠を疑っている。藤堂は騙されやすそうだしな」

「それは怖い。っと、ほら、今行けたって」

「……あの、隣で指示してくるのやめない? 急いでないから、向こうの信号変わるのを待ってるんだよ」

「あ、窓開けていいかな? タバコ臭い」

「こいつマジで……。藤堂が増えた……!」


 俺はここまでウザくないだろ。


「それで、してみなよ、尋問とやらをね」

「カモメはなんでそんなに自信満々なんだよ……。すぐ泣く癖に」

「ふふ、優しくされたらなんか涙が出ちゃうだけで、普段は別にそうでもないからね」


 なんだそれ……。

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