第20話:無粋
「……早く解決すべきことは、カモメの両親が警察の捜査を撹乱しようとするのを止めるってところか。まぁ、殺人犯を捕まえるのが手っ取り早くはあるけど」
「僕が両親を説得して、辞めさせてからにしたい」
「……説得の見込みあるのか?」
俺の言葉にカモメの口が止まる。
思い出したかのように、大きな瞳に涙をめいいっぱい溜めて、けれども泣かないように口を強く結ぶ。
「ぼ、く……は、それでも……。あの人たちは、馬鹿ですけど、でも……」
「……まあ、そうだよな」
微妙な空気の中、俺は口を開く。
「俺さ、夜空を見るのが好きなんだ」
「……急な自分語り。じじくさいよ」
「……ちょっと傷つくからやめろ。街中の夜空って、別に星なんて見えやしないしさ、山やら海やらの夜空がよく褒められていて、でも俺は街中の夜空が好きだ。街の灯りで浮き上がって見える雲とかさ。……だから、世間一般的に評価されないものでも、自分が好きなものならそれでもいいんじゃないか、と」
カモメは少しの時間口を閉じて、それから俺を見つめる。
「俺たちの故郷の土は、どう足掻いてもアスファルトだろ」
「……手伝ってくれるの?」
「とりあえず、犯人探しに加えて説得の材料ぐらい見つけにいくか。アホらしい団体だし、探せば埃ぐらいあるだろうから。というか、犯人知ってるのか?」
「……空間系スキル使いなのは知ってるけど、その団体で僕は冷遇されていてね」
詳しいことは不明……か。
まぁ、じゃあ、手っ取り早い方法はあるか。
「俺が潜入するのが一番早いか」
「……危ないよ? お兄ちゃん」
ミンさんが妹ポジションを取り返しにきている……。
「……危なくはないかな。けど、疑われはするし、そうでなくとも重要な人物ではあるから、いる間は誰かしらはつきっきりになると思う」
「まぁとりあえず行ってみよう。動かないことには何もならないからな」
「雑だなぁ。この人……。団体の名前は選心学党。選ぶ心、学ぶ党と書いて。インターネットで調べたら出てくるよ」
「ええ……いや、まぁ、最近ならそれぐらいやってるか。……で、いつ潜入するかだけど」
カモメの目を見る。
目元は腫れていて、少ししたら目立たなくなると思うが今日中には引かなさそうだ。
潜入したらめざといやつには不審に思われそうだな。
「まぁ、明日以降だな。今日は……とりあえず、カモメの服とか買いに行くか。埃でドロドロだ」
「いいよ。お金ない」
「……仕方ないし、俺が出すよ。案内してもらうときに汚れた制服だと不自然だろ」
「この格好で服屋行くのは」
「私の貸そっか? 背、同じぐらいだしさ」
ヒナ先輩の言葉にカモメは頷く。
「じゃあ、シャワーでも浴びてきな。タオルとかはそっちにあるから」
「……家以外で入るのは抵抗があるけど。……うん、分かった」
ヒナ先輩から服を借りたカモメは素直に風呂場に向かう。
それを見送ってから、少し考える。
「……探索者の協力者がいそうですね。入学前から俺のスキルのことが知ってたみたいですけど、そのときは警察関係と一部の探索者しか知らないはずなんで……」
俺の知り合いが直接その選心学党とやらに所属しているのか、知り合いから漏れただけか。
まぁ、別にスキルが知れ渡ってるだけならいいんだが。
もし、あの両親を失った日に助けてくれた探索者だとすれば……。
「……どうしたの?」
「いや、悪い想像ばかりしていた」
悪く考えすぎだな。
最悪恩人と敵対するなんて、そりゃありえない話ではないが、可能性としては低いものだろう。
カモメがシャワーを浴びている音を聞きながら、食器をシンクに運んで洗っていると隣にミンさんがやってくる。
手伝ってくれるのかと思っていると、ミンさんは耳元でボソボソと「川瀬ミンは妹、川瀬ミンは妹」と繰り返し言ってくる。
せ、洗脳しようとしてる!?
カモメは一人で落ち着くためか、それとも服で見えないところも随分と汚れていたのか。
それなりに長い時間シャワーを浴びて、ホカホカとした湯上がりの様子でやってきた。
「服は……大丈夫そうだね」
「……一部以外はぴったりだった。ありがと」
一部……まぁ、うん、そこはな。ヒナ先輩は大きいからな。
「トウリ、目線が少し気持ち悪いね」
「完全に冤罪だ」
「どうだか。……さて、ところで、そのおふたりはトウリとどういう関係なんだい?」
カモメはヒナ先輩とミンさんを混ぜたような匂いで俺の隣にやってきて、ドライヤーで髪を乾かす。
香りは服をヒナ先輩から、シャンプーなどをミンさんから借りたからだろう。
この子から女の子の良い匂いするのなんかやだな……と思いながら答える。
「ヒナ先輩は学校の先輩で、ミンさんは妹だ」
「妹いたんだ」
「ああ。昔はよく「お兄ちゃんと結婚するー」なんて言っててな」
「もうやめてよ」
そんな思い出を語って、ふと思う。あれ……? そうだっけ? 妹だっけ……?
「う、うう、頭が……」
「……トウリ、大丈夫なの?」
「トウリくんは……もうあんまり大丈夫じゃないかもしれない」
「えぇ……」
カモメが身支度を済ませてから、服を中心とした買い物に向かうため一度外に出ると丁度着信がきたらしくスマホが震える。
相手は……佐倉か。
「あ、もしもし、佐倉か。どうしたんだ?」
『あ、いえ、その……お忙しいかもしれませんが、もしかしたら時間があるかもと思いまして』
「ああ。……今から色々買い出しするけど、佐倉もくるか? ちょっと気まずいかもしれないけど。事件もあったし、外出しにくくてストレス溜まってるだろ?」
『いいんですか!? いきます! どこに行けばいいですか?』
「春休みにも行ったショッピングモールに行こうかと」
『すぐにいきます!』
パタパタという足音のあと、ぷちっと通話が切れる。
「事後承諾になって申し訳ないんですけど、佐倉もくるけどいいですか?」
「うん。もちろん。カモメちゃんとミンちゃんもいいよね」
「……いいけど」
今になって気がついたけど、女の子ばかりの中に男一人なのは少し気まずいな。
ぞろぞろと歩いていると、小さな少女がひょこりと俺の隣にくる。
「ふむ、トウリ。一応聞きたいんだけど、僕をどうするつもりかな。現状、捕虜のようなものと認識しているけど」
「偉そうな捕虜もいたもんだな……」
関係性の名前……か。
最近よく悩む話題だ。
暴れているのを取り押さえて情報を聞き出しているというのは確かに捕虜みたいな風に思えなくもないが、けれども捕虜の言うことに従う奴らなんかいないだろうに。
「……捕虜じゃなくて、友達……って感じでもないか。あー、そうだな。親切な奴ら、A、B、Cでいいだろ」
「……C」
「俺がCなんだ……」
カモメは俺の方から目を逸らして消えそうな声で言う。
「ありがとう」と。
どういたしまして、なんて、無粋な言葉を道路に捨てるように吐き出す。
それを聞いたカモメは「聞き流してくれたらいいのに、無粋な人だね」と唇を尖らせる。
「無粋なやつでもなければ、あんなワガママに付き合おうとなんて思わないだろ」
カモメの望みは、たぶんカモメのためにはならない。気の利いたちゃんとしたやつなら、取り合うことはないだろう。
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