第19話:ポジション争い
良い人間の定義を利他性が強いこととして、悪い人間の定義を利己的な人だとしたのならば、俺は善人ということになるのだと思う。
けれども、それはただ自分のことが好きでないだけのことで。
嫌いなものが一つ多いことを善性と呼ぶのはちゃんちゃらおかしいように思うのだ。
俺のようにはなってほしくない。縁もゆかりもないこの少女に対して、そう感じたのは……それなりに俺と似ているからで、俺が俺を嫌っているからだろう。
「……それで……どうする?」
「まぁ、色々と教えてもらうのは前提として。親には俺と会うということを話してるのか? そもそも、どうやって俺がここにいることを知ったんだ?」
泣き腫らした目を俺に向けて、初めて話したときのように小馬鹿にしたような表情を俺に向ける。
「ずっと学校にいただけだよ」
「来ない可能性の方が高いだろ」
「前提として、僕には確実な手段を選ぶだけの余裕はないから」
「……ごもっとも」
ならあの余裕ぶった達観した態度は……と聞こうと考えてなんとなく察する。あれはたぶん素の性格だな。
「親には前々から会うように言われたかな」
「あー、勧誘か」
「勧誘というか。まぁ、うん。それは特に藤堂トウリが……」
白鳥カモメが何か言おうとしたところで口を閉じる。
……「藤堂トウリが」? 俺が何かをしたことで親から俺と関わるように急かされていたのが加速した……。
探索者学校に入学したこと? いや、むしろ地元から離れている分だけ関わるのは難しくなったはずだ。
元々三歳離れているので同じ学校に通うことはないとは言えど、それでも同じ地区に住んでいる時の方が関わりやすいはずなのでそれは違うだろう。
……ふと、あの未発見だったダンジョンのことを思い出す。
白鳥かもめを含め、おそらくその団体の人は未発見のダンジョンでスキルを得ていた。
ああ、なるほど。そういうことか。
不思議な繋がりというか、因縁はあるものなんだな。
「ドラゴンの討伐か。あの山のダンジョンをスキルを得るために使っていたんだな」
「……」
被害者である白鳥カモメを責めるつもりはないが、我慢しなければため息を吐いてしまいそうだ。
ポリポリと頭を掻く。
あのダンジョンを使っていたから、俺とオークがドラゴンを倒したことに気がついて、白鳥カモメの両親がそれに喜んで俺と白鳥カモメを引き合わせたがった……。
というところか。
「まぁいいや。つまり、ゴールデンウィークで地元に帰ってきた俺と白鳥カモメが会っていてもおかしくはないわけか」
「そういう理由もあって、今を狙った」
「……でも、流石に預かるわけにはいかないか」
変なことをしでかしたり巻き込んだりする前に、出来れば保護しておきたいし、今はあまり親元に返したくはないが……。
少し考えてから白鳥を見る。
「……親に電話かけれるか? ああ、ここは圏外だけど、外に出て」
「何の電話をするつもり?」
「ダメ元でこっちに泊めていいかを聞いてみようかと。普通、家に帰すしかないけど、まぁ謎に好感度が高いならいける可能性もあるかもと」
「それなら僕が友達の家に泊まるとか嘘をついたほうがいいと追うんだけどな」
「いや、その嘘はすぐバレそう。友達いなさそうだし」
「……」
白鳥カモメとふたりでスキルの外に出て、白鳥が少し話したあと俺に電話を替わる。
思っていたよりも普通の親が出てきて、少し話をするとアッサリと許可が降りる。
……中学生の娘が、高校生の男のところに泊まると聞いて許可を出す親がいるのか。
むしろ「どうぞどうぞ」とばかりの返事を聞き、微妙な気分になりながら白鳥カモメにスマホを返す。
「泊まってもいいってさ」
「……そうみたいだね」
あまり嬉しそうではない。
……まぁ、少しだけ話した程度の俺でも「なんとなく大切にされていなさそう」という印象を受けるものだった。
娘ならば余計にそれを感じるだろうし、楽しくはないだろう。
「……昔は、過保護なぐらいだったんだけどね」
「そうか」
白鳥カモメの手を引いて中に入ろうとすると、彼女は感情を廃した目で俺を見る。
「クラスメイトの女の子、中学受験に受からなくてこの公立にきたんだけど。受験に失敗してから、親が妹ばかりに構うって言ってた。……同じじゃないかな。僕ばかりが不幸なわけではないと思う。よくあることかなって」
俺を頼りにきた癖に「自分を助けるな」とでも言いたげな言葉。
矛盾した言動の軋む音が、俺の手をぎこちなく握る手から感じられるような気がした。
「……俺がさ、誰も彼もに平等に手を差し伸べるような、出来た人間のように見えるか?」
かつて御影堂会長が口にした言葉を真似たものが口を突いて出る。
「俺は不公平に贔屓する程度の男だよ。その哲人政治みたいなのには合わない俗物だ」
「……かっこつけ?」
「ああ、かっこいいだろ。俺が憧れてる人の真似だ」
白鳥カモメはほんの少し微笑を浮かべる。
「僕はさ、親も人間だから子供が嫌になることぐらいあると思うんだ。それを悪と言うのはいささか狭量だと」
「……人間関係ってそんなもんだよな」
「その通り」
「けど、別にそれを不満に思うのも自由だろ。悲しく思うのも」
少女の目は目尻に涙を溜めて、俺を捉えたままだ。
「僕に泣いてほしいの? 意地悪な人だね。藤堂トウリは」
「フルネームで呼ぶなよ……」
「トウリ」
「名前の方で呼ぶんだ……」
まぁいいけども。
ぐすり、涙を溢しながら生意気なことを言う少女の手を引いて中に入る。
いい匂いがすると思って机の方を見ると、どうやらミンさんが作ってくれていた昼食が出来上がったらしい。
「……平気?」
ヒナ先輩は心配そうに少女に声をかけて、少女は俺の方を見る。
「トウリに泣かされた」
「ふふ、トウリくんは女泣かせだからね」
「え、冤罪……」
ミンさんの料理を食べる。
短い時間の割に手間がかかっていて品目が多い。
親睦会のときはぎこちない様子だったが、不慣れな場所とヒナ先輩が一緒だったから遠慮でもしていただろうか。
「美味しい?」
「……うん」
「ならよかった」
そういや、ミンさんは自炊してるんだったな。もぐもぐと食べている白鳥カモメは俺たちの視線に気がついたのか居心地が悪そうに俺を見る。
「なんでジッと見てるの」
「いや、食ってるなぁと」
「……見ないで」
軽く謝ってから俺も食事を取り、食べ終わってから白鳥カモメに目を向ける。
「まず、前提として聞きたいんだけど。また事件が繰り返される可能性はあるか?」
「……ないと言えばないけど、あると言えば大いにある」
「というと?」
「トウリ、君は実に馬鹿だなぁ」
涙目のくせして煽ってくる彼女に少しイラっとして、頭をぐりぐりと撫でながら話す。
「へー、白鳥カモメは随分と賢いんだなぁ」
「あだ、あだだだだ! 暴力! 暴力!」
「あれだろ。そもそも最終目標が変な政治体系を目指してるから、成そうとするには真っ当ではない方法をとる必要がある。集団の規律もあるからしばらくは厳しく咎めるが、規模が大きくなるか小さくなれば暴れ出す可能性があるとか」
白鳥カモメは涙目で頭を抑えながら悔しそうに俺を睨む。
「正解で、不正解だよ。おおよそは当たってる。明確に国の根本を狙っているカルト団体だからね」
「不正解の部分は?」
少女は呆れたように言う。
「人様に「フルネームで呼ぶな」と言っておきながら自分はフルネームで呼ぶのはどうかと思うよ」
「生意気だな……。あー、はいはい」
白鳥、と、呼ぼうとしてから少し考える。
……親との確執があるのに家名で呼ぶものではないか。
「カモメ」
俺がそう呼ぶと、ほんの少しびっくりしたような様子を見せてから、俺に言うのだ。
「正解で不正解だよ。普通、女の子と知り合ってすぐに下の名前で呼ぶかな。なんか女に慣れてそうで不快」
「ちょっと前までランドセル背負ってたような子供がマセたこと言うな。……正解の部分は?」
カモメは少し笑ってから、グリグリと頭を撫でる俺に反撃するように指で俺の頬をグリグリと押す。
「なんでも答えをほしがるのが君の悪癖だね」
「なんだこの生意気なガキ……」
俺とカモメが軽く喧嘩していると、ミンさんが深刻そうな声色で呟く。
「い、妹ポジションが奪われてる……」
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