第18話:たたかわない
スキルを使って空中に設置した扉の上に立つ。
咄嗟の行動だが、案外色々と使い道があるものだ。
ぶち破ったことで落ちていったガラスが地面に落ちて音を鳴らす。
ガラスで全身を切ったが痛みは薄い。
レベルアップの影響で丈夫さも回復力も上昇しているからだろう。
「と、トウリくん! 何があったの!?」
下の階を調べていたヒナ先輩が慌てて窓から顔を出す。
俺は黒いヘドロのようになった少女から伸びる太い触手を跳ねて躱し、再び出した扉を足場にして空中に立つ。
「……特に何事も起きてません」
「ぜ、絶対嘘だ……!」
扉を蹴って跳ねる、空中で手を下に向けて扉を出してそこに着地。
一応は空中移動が出来ているが、遅いしぎこちない。
さっさと地面に降りるか少女のいる元の場所に戻るかするべきだが、少女のスキルはかなり戦闘に向いているもののようでヘドロの触手が多く、俺の拙い空中移動では近寄るのは難しそうだ。
かといって地面に降りて降りては少女に逃亡される可能性がある。
……剣や槍でも取り出してこの触手を切ることも考えたが、少女の人体からヘドロが出ているのか、それとも変形しているのかが分からない。
もしも変形していたのなら、切り落としたら欠損という可能性も考えられる。
最悪取り逃がしてもいいか……と考えながら空中で後ろに下がると、ヒナ先輩が窓から跳ねて俺の乗っていた扉に着地する。
「うおっ!? せ、先輩!」
「大丈夫。全部叩き落とすから」
ヒナ先輩はそう言いながら鞄に入れていたらしいペンを取り出して、剣を持つかのように構える。
本来なら武器と呼べるはずもないそれだが、ヒナ先輩が握ったそれはまるで鋭い刃物のように見えた。
あ、これはマズイ。と。考えるのと同時にペンを握るヒナ先輩の手を上から握り、その間もやってくる触手からヒナ先輩を庇う。
背中を強く打たれて吹き飛ばされ、空中で扉を出して落下を防ぐ。
「っぅ……」
「と、トウリくん、どうしたの!?」
「あれ、モンスターじゃないです。スキルで変身した人なんで、怪我させたくない」
「えっ、い、いや……ど、どこからどこまでが怪我になるの?」
黒いヘドロは周囲にヘドロを撒き散らしながら癇癪のように暴れ、言葉にならない化け物のような叫びをあげる。
「分からない、けど。怪我はさせないように……」
俺がそう無茶ぶりをすると、焦る俺に対してヒナ先輩は急に落ち着きを取り戻す。
「……あ、もう大丈夫だ」
まるで既に決着がついたかのようにヒナ先輩はそう言い、それと同時に『音もなく』黒いヘドロの横にミンさんが立つ。
いつのまに……気配なんてなかったはずなのに。
そうすると、突然黒いヘドロの叫び声と物を壊す音が止まる。
急に落ち着きを取り戻した……わけではなくて、まだ暴れている。
まるで音だけがなくなったような妙な感覚。
俺が抱きしめていたヒナ先輩が説明する。
「ミンちゃんの【
音を溜める……ということは、つまり、ヒナ先輩と二人で耳を塞ぐと、その瞬間に爆弾が落ちたかのような強烈な音が響く。
少女の叫び声と大暴れによって生まれた音が溜め込まれ、一気に開放されたのだろう。
黒いヘドロはぐらんぐらんと揺れて、その場でぐちゃりと潰れたかと思うと、先程の少女の姿に戻る。
動く様子はなく……気絶したのだろう。
「……すごい威力だったな」
「条件が揃わないと使いにくいんだけどね。……えっと、何があったの?」
ヒナ先輩を抱えながら空中を動いて少女とミンさんの方に向かう。
何と答えるべきか。……決まっていた。
「……追っている事件の、被害者です」
俺の少しの逡巡に気がついたのかそうでないのか、ヒナ先輩は「そっか」と頷く。
さて……どうしたものか。ミンさんがとてとてと俺の隣にきながら、倒れている少女を心配そうに見る。
「……とりあえず、俺のスキルの中にツッコミますか。ヒナ先輩は申し訳ないんですけど、今の爆音のことを先生達に説明してもらってしてもいいですか? たぶん、この子、起きたときに俺がいた方がいいので」
ヒナ先輩は小さくコクリと頷いて下に降りていく。
俺はスキルの扉を開けてから少女をかかえる。
……めちゃくちゃ埃っぽいな。変身体のベタベタした体で動き回ったからだろうか。
「……知り合い?」
「いや、今からかな」
ミンさんと共にスキルの中に入り、少女をベッドに寝かせる。
どうしたものか……と、考えていると、ミンさんが濡れタオルを持ってきて少女の顔を拭く。
……まぁ、とりあえず落ち着いて話を聞こうか。
合流したヒナ先輩とミンさんに先程のことを話す。
「どうするの?」
「……どうするべきなんですかね」
彼女と両親の関係の修復は無理だと思う。
ダンジョンへの無許可での意図的な侵入は当然違法であり、違法行為を娘にさせることは虐待であると言えるだろう。
加えて……まぁ、あの見た目がよろしくないスキルだ。
元々遵法意識の低い親が娘のそれを見てどう思うか。
……彼女の叫びを思い出せば分かるロクでもない親なのだろう。
ロクでもない親で……だけど、恨むことも出来ずにいる。
俺に助けを求めたのは、合理的な判断もあっただろうが、それ以上に俺に共感や仲間意識を持っていたのかもしれない。
…………ロクな親じゃない。というのは、まぁ、客観的に見れば俺の両親もそうなのだろう。
だから……だ。
「俺は力になろうと思います。たぶん、この子の望みは難しいと思いますけど。それでも少しでもマシにと」
ヒナ先輩は俺に尋ねる。
「……八つ当たりして襲ってきた子なんだよね。トウリくんじゃないと大怪我してたよ」
「はい。……いい子ではないと思います。感情的で、他人に気を遣えないタイプなんだろうと。でも、味方しようと」
俺の言葉にヒナ先輩は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「まったく、もう……トウリくんだなぁ」
「……俺だなぁってどういう意味ですか」
「トウリくんはトウリくんみたいだなって。……褒めてる」
「褒められてる気がしないんですけど……」
「協力するよ」
「えっ、いや、流石に申し訳が……」
「とりあえず休ませるつもりでしょ? 女の子なんだし、トウリくんだけだと困るでしょ」
まぁ……男の俺にはよく分からないものが要り用だったりするかもしれないが。
俺が考えていると、ミンさんが立ち上がって別の部屋にいく。
「ご飯作ってくる。なんでもいい?」
「あ、すみません」
「いいよ。住ませてもらってるから、その代わり」
住ませているつもりはないんだが……と思いながらも頷く。
「内田さんへの報告はどうする?」
「マトモな大人だったらさっさと警察に連絡するだろうしな」
「黙ってる?」
「いや、普通に話していいだろ」
「いいんだ……」
まぁコウモリならこちらが頼めばそれぐらいの融通は利かせてくれるはずだ。
そんな話をヒナ先輩としているうちに、もぞりと少女が動く。
耳が痛むのか少し押さえてから目を開けて俺を見る。
「……藤堂トウリ」
「おはよう。……不便なスキルだな、埃でベッタベタだぞ。シャワーでも浴びてきたらどうだ?」
警戒を解こうと俺は言うが、少女は動かない。
「……君は、とても馬鹿な人なんだね」
「よく言われるよ」
冷静ぶった少女の呆れたような声。
けれども少ししたら、被った仮面が剥がれたようにぐすりぐすりと涙を流す。
「……はじめまして。藤堂トウリだ。歳は高一……とりあえず、自己紹介からはじめよう」
「……カモメです。白鳥カモメ。この前、中学一年生になったよ」
ぐすりぐすり、鼻水を啜りながら、澄ました顔を取り繕おうとしながら少女はそう言った。
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