第16話:いい子

 ◇◆◇◆◇◆◇


 学校に着いたときには夕方で、休みということもあってもう既に誰もいなかった。

 普段は休みの日でも数人は教師がいるものだが……。少し時間が遅かったか。


 まぁ、こういうときでも気軽に休憩出来るのが俺のスキルのいいところだ。


「まぁ、明日の朝でいいか」

「そだね。……ちょっと疲れちゃったし」


 一応コウモリにも声をかけたが「夜までガキの面倒見たくない」とさっさと車でどこかに去ってしまった。


 スキルの中で三人でダラダラと過ごす。

 せっかくの休みだし、もう夕方なのでたまにはこういうのもいいだろう。


 ……けど、まあ、ヒナ先輩には話さないとな。

 両親のことを。心配もかけてしまったのだし。



 そう考えていると、ミンさんがシャワーを浴びにいき、ヒナ先輩とふたり部屋に残される。


 どう切り出そうかと考えていると、ヒナ先輩は俺の方を見て小さく口を開く。


「……元気になってよかった。寮を出たときから、ずっと落ち込んでたから」

「ヒナ先輩のおかげです」

「そ、そっか。……よかった」

「……これから、頑張れそうです」

「こ、これから頑張るんだ。……え、えっと、う、うん。その……ふとももの写真、送った方がいい?」


 気のせいかもしれないが……何か、すごい勘違いをされている気がする。

 これは……取り返しがつかなくなる前に訂正した方がいいのかもしれない。


「……あの、ヒナ先輩」

「ど、どうしたの?」

「…………これから頑張るというのは、ヒナ先輩がトラウマを克服したのに倣って、俺も車に乗れるようになっていこうという話です」

「……」

「あと、その、帰るときに脚を見せてもらったのも、先輩はトラウマを克服できてすごいな……という意味で」

「……」

「……」


 ヒナ先輩は顔を真っ赤にして、俺に言う。


「わ、分かってたよ! 全然分かってたよ! と、というか、変な意味で言われてたのに見せたりとか写真を送ったりとかしたら痴女じゃんか! わ、私、ちゃんとそういう真面目な意味ってわかってたからね!」


 そう言ってから、微妙な沈黙の時間が過ぎていく。


「……」

「……」

「うん……。勘違い、してました。トウリくんがえっちな目的で頼んだのだと思ってました」

「い、いや、その、勘違いってよくあるというか、完全に俺が悪いので」

「……え、えっちな目で見られると思いながら、見せてました」


 は、白状される方が困る……!


「あぅぅ……」

「い、いや、見てたんで! 性的な目で! だから安心してください!!」

「そ、そうなの? ならよかっ……」

「……」

「よ、よくは、その、ないかもだけど」


 微妙な間が流れていく。


「……そ、その、ほ、他の人には、しないからね。あんなこと」

「えっと、それは……」


 俺の言葉を遮るようにミンさんが扉を開けて入ってくる。


「ヒナさん、ドライヤーして」

「も、もー、自分で出来るでしょ?」

「ヒナさんにしてほしい」

「仕方ないなぁ……」


 ヒナ先輩ははそう言いながらも少し楽しそうにミンさんの後ろに回る。……ものすごい甘えてるな……。


 ベタベタと仲良くしているふたりを見て、ふと思う。改めて見るとすごい美少女だ。


「ん、どうしたの?」

「いや……あー、ミンさん、いつもの学校のジャージじゃないんだなと」

「洗濯中」


 ミンさんが着ているのは柔らかく着心地が良さそうな薄手のパジャマで、普段の上はジャージで下はハーフパンツの姿よりもちゃんと寝巻きらしい格好だ。


 こういうのも持ってるなら普段からこれで寝たらいいのにと思ったが、いつものジャージよりも生地が薄そうなのでひっつかれるときの攻撃力が高くなってしまうのでジャージでいいのかもしれない。


 それはそうと、本当にいつもお世話になっている。

 ドラゴンの分の魔石の金が入ってきたら、何かプレゼントとか贈るのも……いや、後輩がそういうのをするのもよくないだろうか。


 少し考えてから口にする。


「欲しいものとかありますか?」

「欲しいもの? あ、前に言ってた家電以外でとなると……ネットはないしね。あらかじめ映画とかドラマとかダウンロードしておく?」

「いや、まぁ、それもなんですけど」

「んぅ?」


 ヒナ先輩は不思議そうに首を傾げる。


「あ、シャンプーとかは自分の部屋から持ってくるよ?」

「……いや、その、いつもお世話になってるので」

「あ……えっ、いいよいいよ。そんなの。こっちもお世話になってるし」


 断られてしまった。

 ……まぁ迷惑だろうかと考えていると、ヒナ先輩は自分も風呂の方に行ってしまい、ミンさんと二人になる。


「……お兄ちゃん、私にはプレゼントしていいよ?」

「何かほしいものあります?」

「新作のサプレッサー」

「サプレッサーって新作とかの概念あるんだ。というか、ミンさんのスキル的に必要あるんですか? 音を操れるんですよね」

「音を操れるんじゃなくて、一時的に溜められるだけ。溜めたのをゆっくり吐き出せば消音にもなるけど」

「じゃあ必要ないのでは? むしろ相性が悪いような」

「趣味」


 趣味か……。まぁミンさんにも助けられているしな。

 というか、本当に欲しいわけではなく単に甘えたいだけだろうな。


「じゃあ今度買いに行きましょうか。どこで売ってるのか知りませんけど。……そういえば、今日は俺のとこで寝ますか?」

「今日はヒナさんのところに行くよ」

「あー、そうですか」


 別に一緒に寝たいとかそういうわけではないけど、なんとなくフラれた感を感じてショックを受ける。


「……えっと、やっぱり藤堂くんのところにする?」

「いや、気を遣ってもらわなくて大丈夫ですよ。よし、俺もシャワー浴びてきます」

「えっ、ヒナさんと?」

「別の部屋で、ですよ」


 今日はなんとなく疲れたな。

 明日に備えて早めに休んでしまおうか。


 小さく手を振るミンさんに軽く会釈してから廊下に出て別の部屋に入り、その部屋のシャワーを使う。


 ……今日はかっこ悪いところを見せたな。明日挽回出来たらいいのだが……まぁ、かっこいいところなんて見せたこともないので今更か。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 中学校への立ち入りは呆気ないほど簡単に許可された。

 というのも、学校に残っていた先生が去年の担任の教師だったからだ。


 まぁそうでなくとも三年過ごした中学校で、大抵の教師とは顔見知りなので許可は簡単に得られたことだろう。


 先輩たちには先に学校の中を見てもらい、俺は元担任の先生と少し話をする。


「すみません。お忙しい中、急に訪ねてきて」

「いえ、いいのよ。先生も藤堂くんの顔が見たかったから。元気にしてた? 友達は出来た?」

「まぁ……それなりに」

「それで、さっきの子は彼女さん? あっ、ちょっと待って、どっちが彼女か当てるから。……んー、ヘッドホン付けてた子?」

「どっちも彼女じゃないですよ」


 先生は「えー」とつまらなさそうに唇を尖らせる。


「でも、元気そうでよかった。先生、藤堂くんのことが心配だったんだから」

「そんなに心配かけるような生徒でしたか?」

「そうじゃなくて、ほら、藤堂くんっていい子だから、探索者学校みたいなところは大変でしょ?」


 心底、俺のことを心配してくれている先生の言葉に、相槌を打てずに言葉が詰まる。


「マトモな家の子も少ないみたいだしさ、藤堂くんみたいな子は合わないんじゃないかなって」


 ……悪気はないのだろう。

 俺はへらりと誤魔化す愛想笑いをして首を横に振る。


「楽しくやってますよ」


 苦労したという話をする気にはなれず、適当に誤魔化すように会話をしたあと、一人で中学校を歩く。


 発見現場を見てまわるが、すでに何も残っていなかった。

 まぁ、素人の調査で見つかるようなものはとっくに警察が見つけているか。


 高い階の窓から外を眺める。

 少し前までよく見た景色なのに、あまり懐かしさは感じなかった。

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