第12話:抜き打ち検査

 普段の生活。

 ちょっとした走り込みのあと、初めてミンさんと話した寮の前に置かれたベンチで休む。


 さっさと風呂に入りたいが、今の時間帯ってマッチョたちがポージング決めてるので入りにくいんだよな。


 スキルの中で入ってもいいけど、時々ミンさんが使ってることがあるのでその直後だったりすると気まずいんだよな。


 と、考えて、もう少し運動してマッチョ達が出払うのを待つことに決める。


 立ちあがろうとした俺の前に、そのマッチョ達が唐突に現れてポージングを俺に見せつけながら囲まれる。


 ……なんで突然マッチョに囲まれているんだ? この世のバグ?


「やあ藤堂くん」

「高柳先輩……でしたっけ、どうかしました? 出来れば帰ってもらいたい感じなんですけど」


 同じギルドのヒナ先輩やミンさんのことだろうか。


 そう思っていると俺の背後にいたマッチョがザッと前に出て俺に筋肉を見せつける。


「なんだこれ、怖い。すごく怖い。ドラゴンより怖い」

「恐るなトウリ、筋肉を受け入れるんだ」

「知らんマッチョに名前を知られている事実が怖いんだよ。えっ、何、筋肉部に勧誘とか?」


 俺が尋ねるとまた別のマッチョがずいっと前に出る。


「いや、確かに君はもう少し筋肉を増やした方がいいと思う。細すぎだ。だが、用事はそれではない

「あんたらは太すぎるだろ……。どう考えても持久性を犠牲にした速筋の塊だし、ダンジョンには不利なつき方の筋肉だ」

「そこはレベルアップによる強化があるので問題ない」

「なら俺もそうだろ……。そこまでムッキムキになる必要はない……。というか、何の用なんだ?」


 また別のマッチョがすっと音もなく前に出る。

 ……ちょっとずつ、ちょっとずつマッチョの輪が狭くなってきている……!


 なんだこれ、インフルエンザのときに見るタイプの理不尽な悪夢?


「それは君に頼みがあってね」

「た、頼み?」

「ああ、実は先生方が抜き打ちで寮の部屋の確認をするというタレコミがあってな」

「ええー……そんなのあるんですか」

「ああ、以前猫を飼っていた先輩がいたとかなんとかで。それで、男子の方は山田先生……と、まぁそこら辺はいいか。……とにかく、抜き打ち検査があるんだが……」


 まぁ、俺はもうほとんどのものをスキルの中に移しているので特に引っかかるところはないだろう。


「それで、頼みって?」


 俺が尋ねると、マッチョ達が一斉に頭を下げる。


「っ──藤堂のスキルの中に……! エロ本とか隠させてもらえませんか!?」

「後生です、後生です……! 藤堂さん!」


 ……しょ、しょうもねえ!

 あまりにもしょうもない。


「……スマホとかで、買えよ。そういうのは」

「紙の手触りがいいんだ……!」

「こだわりの強い読書家みたいな感想をエロ本に抱くな」


 まぁそれぐらいなら……。

 と、引き受けようかと思ったけど、他の人がよく訪ねてくるのにスキルの中に置いとくのは……。


「いや、スキルの中ってわりと人を入れるんで、そういうのを預かるのは。女の子も来ますし」

「それぐらいいいだろ……! 藤堂ってなんかスケベそうな顔をしているから、見られても印象変わらないだろ……!」

「はっ倒すぞ」


 頼んでるやつに言う言葉じゃない……。


「本当に頼むよ、ポーズ取るから!」

「それが何かしらの交渉になると思うのか?」

「プロテイン飲んで筋トレするから……!」

「ただのお前の日常の活動だろ。……はあ、抜き打ち検査が終わったらさっさと取りに来ないと捨てるからな」

「預かってくれるのか!! 流石は藤堂だぜ!! ちょっと男子達に連絡してくる!! すぐに集め終わるから待っててくれ!!」


 そう言って数体のマッチョが去っていく。

 えっ、寮中のアダルトグッズを預かるの? すげえ……嫌。


 しばらくマッチョに勧められるがまま筋トレをして待っていると、いくつものダンボールが積まれていく。


「なんでみんな電子媒体じゃなくて物理媒体で買ってるんだよ……」

「突っ込むところそこなんだ。あ、中に運ぶの手伝うぞ」

「はあー、もういいから、さっさと帰ってくれ」


 もしかしたら寝巻きのミンさんがいるかもしれないので男を入れるわけにもいかず、残る数体のマッチョを追い払ってからスキルを開き、やたらと重いダンボールをスキルの中に入れていく。


 なんで俺がこんな労働をしているのか……。と思いながら最後のダンボールを運び込み、床に置こうとした瞬間、ダンボールの底が抜ける。


「うおっ……」


 エロ本とDVDの雪崩に驚きながら拾い上げる。どうやらどれが誰のものか分かるように名前の書いてある袋に入れているようだ。


 ダンボールの底を直してから詰め直していると見覚えのある名前が目に止まる。


 御影堂と書かれた袋の中は、全てメイドものだった。


 御影堂会長もこういうの見るんだな。

 いや、まぁそりゃそうか……それにしてもかなり気合いの入ったメイド萌えなんだ、会長……。


 ……高木先輩、コーヒー入れたり会長の手伝いをしたり、なんか若干メイドっぽい動きをしてるよな。


 たぶん性癖バレてますよ。会長。


 内心で同情しながら片付けていると、ふと、視界が影によって暗くなり、顔をあげる。


 手に枕を持ったミンさんが膝に手を当てながら屈んで俺を見ていた。


「うおっ!? み、ミンさん!?」

「……藤堂くんも、そういうの見るんだ」

「えぁっ、ち、違います。これは事情がありまして……」


 というと、ミンさんは俺の手に持っているものを見て、少し顔を赤くしながら首を傾げる。


「……メイドさんとか、妹……好きなの?」


 たまたま手に持っていたそれを見て、ミンさんは口にする。

 ……俺、この前、ミンさんに「妹みたいなもの」と言ったよな。


 冷や汗がダラダラと垂れる。

 ど、どうする、説明を聞いてくれずに逃げ出されでもしたら……。


 一瞬停止していると、ミンさんは俺をじっと見て「お兄ちゃん」と耳元で囁く声で言う。


「可愛い……。じゃなくて、これ、預かり物なんですよ。抜き打ち検査があるとかで」

「……事前に知ってたら抜き打ちじゃない。それに、検査?」

「なんか部屋を見られるって。……あー、女子の方はないのかも。女性教員少ないから」


 ミンさんはコクリと頷く。

 部屋の検査自体やったことなさそうだな。ちょっと羨ましい。


「……藤堂くんはどんなのが好き?」

「……言いませんよ。あー、シャワー浴びてきますね」

「うん。ベッドで待ってるね」


 ……今日も添い寝したいというだけだろうけど、今の流れだととても良くない勘違いをしてしまいそうな発言である。


 ……違うよな?


 シャワーを浴びて、身体を洗ってからベッドに向かうと、ミンさんはすぴすぴと寝息を立てて眠っていた。


 ……違った。

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