第13話:突然の死

 ゴールデンウィーク。

 一応休みではあるものの、俺は会長たちとの買い物やコウモリの捜査の手伝いがあるためそんなに休みは多くない。


 ゴールデンウィークの初日……の前日の夕方、コウモリの車が寮の前で待っていた。


「よ、コウモリ」

「なんだその友達感覚な挨拶は。用意は……まあ、出来てるか。スキルがスキルだしな」

「よろしくお願いします」


 ミンさんを挟んで隣にいるヒナ先輩はペコリと頭を下げ、コウモリはそれを見てため息を吐く。


「はあー、藤堂もこんな感じならなぁ」

「男じゃなくて女の子三人がよかったってことですか? 流石に欲望に素直すぎるだろ」

「はっ倒すぞ。引率するならもうちょい素直なガキがよかったよ」

「す、すみません。トウリくんが」

「……これはこれでやりにくいな。ほら、乗れよ」


 コウモリの車を見て、進もうとした脚が止まる。


「……藤堂くん? どうしたの?」

「…………あー、いや、俺、バスで向かっていいか?」

「あん、なんでだよ」


 車……婆さんは乗れないし、親もいないため……久しぶりだ。乗るのは本当に久しぶりである。


 ……脳裏に浮かぶ、両親が俺の手を引いて車に乗り込む姿。

 ぐるりと胃がひっくり返りそうな異常な感覚。動かそうとしたはずの足が動かず、何もないはずなのに足首と膝が痛む。


 それなりの気温なのに手先が冷えてくる。


 ……あ、ダメだ。これ。


「トウリくん?」

「……あー、走って。走ってついていくんで」

「いや、無理だろ。どうしたんだ? マジで」

「……車、かなり酔うんですよ。なんで」

「バスでも変わらないだろ」


 ダラダラと冷や汗が流れる。

 頭ではなんでもないと分かっているのに、ドラゴンと相対したとき以上の恐怖が俺を襲う。


 逃げ出してしまいたいと考えていると、ヒナ先輩が俺の手を握る。


「えっと、じゃあ、バスで行こっか。トウリくん」

「……はい」

「ええ……わざわざ迎えにきたのに。まぁいいけどさぁ。とりあえず、これ、待ち合わせ場所な」


 コウモリは「なんなんだ……」と言いながら去っていく。


 俺は息を吐いて近くの壁に背を当てると、ヒナ先輩とミンさんが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「大丈夫……?」

「すみません。情けないところ見せて」

「……何かあったの?」


 言うべきだろうか。

 いや……両親との無理心中のことを思い出して車に乗るのが苦手なんて言われても困るだけだろう。


「……いや、なんでもないです」


 あの反応でなんでもないわけがないくせにそんなことを口にする。


 ……平気だと思っていた。苦手意識はあるし好きではないが問題はないと。

 強くなったのだから、怖いものはなくなるとそう思っていたのだ。


 日差しがジリジリと肌を焼く。

 他の生徒たちが俺たちの前を通り過ぎて行くのが見える。


 ……情けない。情けない。


 先輩たちの顔を見ることが出来ずにバスの方に顔を向ける。


 かっこつけたかった。そう思いながら、バスに向かって歩く。



 ヘドロのような劣等感が足取りを重くさせる。まだ残っている手足の冷えた感触を握りつぶしながら、いつもの歩き方を意識して地面を踏んでいく。


 ……たぶんふたりは心配してくれている。

 すごく優しくていい人で、だからこそ、それがすごく嫌だった。


 ヒナ先輩とミンさんの前では、可愛いと思っている異性にはカッコつけたかったというだけの話だ。


 バスに乗り、ふたりがけの席にヒナ先輩たちが座ったのを見てからその後ろの椅子に座る。


 ゴールデンウィークの帰省のためか、学校の生徒たちはそれなりに多く、ガヤガヤとした騒がしさの中に息苦しさを感じる。


 ああ、外に出たい。と思っていると、俺の隣にも人が座る。


 誰かと思ったら、ミンさんがわざわざ俺の隣に座り直したらしい。

 そのあと何か言うこともなくいつものようにヘッドホンを付けて、何かの音楽を聴き始める。


 ……肩に感じる少女の体重と体温。それが少し、ありがたい。


 手足の冷えはマシになり、音楽を聴いているミンさんの方を見て、その横顔にぼーっと見惚れる。


 綺麗な人だ。知っていたけれど、知らなかった。


 俺のようなごちゃごちゃ濁った色をしていない、シミや歪みのない表情。

 かたりかたりと揺れるバスの中で、ミンさんだけは止まって見える。


 ……俺は、結局、誰が好きなのだろうか。


 俺のために泣いてくれるヒナ先輩も、こうして隣にいてくれるミンさんも、俺のことを好きと言ってくれる佐倉も。


 正直、惹かれてしまっている。三人共に。

 ……会長が言うように女好きなのだろうか。


 俺が落ち込んでいると、ミンさんはくすりと笑いながらヘッドホンを外す。


「どうしたの? じっと見て」

「……いや、なんでもないです」


 半端な気持ちで佐倉の告白を受けるわけにはいかないよなぁ。まぁ、でも、今すぐに自分の気持ちに決着をつける必要があるわけではないだろう。


 そう思いながらバスから電車に乗って揺られてしばらくして俺の地元に着く。


「わー、ここがトウリくんの住んでた街か……」

「まぁ、婆さんに引き取られてからなんで、いたのはそこまで長くないですけとね」

「……えっと、一応挨拶しに行った方がいいかな?」

「いや、俺も顔合わせたくないので。行っても皮肉しか言われないので、暇なときにひとりでいきますよ」


 俺がヒナ先輩にそう言うと、ミンさんは「仲悪いの?」と俺に尋ねる。


「まぁ、よくはないですよ。俺が悪いんですけどね」

「……よしよしする?」

「いいです」


 断ってから少し歩く。

 ……いや、やっぱり頼めばよかったかも。いや、しかし……それは男としてどうなのだろうか。


 まだ答えを出していないのだから、あまりベタベタするものではないだろう。


 ……よし、とりあえず、一月ぐらいゆっくり考えよう。

 誰に惹かれていて、俺はどうしたいのか。あるいは他の人はどうしたいのか。


 急ぐ必要はないのだから……と思いながら歩いていた曲がり角を曲がった瞬間、ちょうど今まさに考えていた少女と目が合う。


「……へ? えっ、せ、先輩?」

「えっ、佐倉? ……なんでこんなところに……」


 と、偶然バッタリと会ったことに驚きながら返すと、佐倉の目が俺の近くを歩いていたヒナ先輩とミンさんを捉える。


 ……まだまだ結論を出す必要はない。

 ゆっくり考えようと思っていたその矢先。


「…………藤堂くん、その子は?」

「藤堂先輩、そのお二人は」


 俺は、唐突に、死ぬことが確定してしまった。

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