第14話:母性
冷や汗が流れる。
最近なんかずっと冷や汗を流してばかりだなと思いながら、恐る恐る佐倉に話を振る。
「こんなところでどうしたんだ? 学校は……ああ、いや、休校か。……出歩くの、危ないぞ?」
「あ、はい。……えっと、もしかして心配して来てくれた……な、わけがないですよね、えへへ」
「いや、その通りだ。佐倉が心配だから来た」
俺の言葉に佐倉は一瞬だけ意味が分からないように停止して、それから照れたように俯きながら笑う。
「そ、そうなんですか。嬉しいです。……その、そちらのおふたりは?」
「学校の先輩で、まぁ俺に付き合ってくれている感じだ」
「先輩と付き合ってるんですか!? ふたり!?」
「いや違うそうじゃない。事件に首を突っ込むのに付き合ってくれてるんだ」
佐倉は慌てた様子から一転、ほっと安心したように胸を撫で下す。
そんな佐倉にミンさんが言う。
「そうだよ。藤堂くんと付き合ってるのはヒナさんだけだよ」
「つ、付き合ってないよ。えっと、山本ヒナだよ。佐倉ちゃん」
佐倉は警戒するように二人を見ながら俺の隣にやってくる。
「……佐倉アルカ、です。藤堂先輩に片想いしてます」
つ、強い。堂々と自分のことを話してふたりを牽制している。
「それで、おふたりは」
佐倉は俺が答えた問いをもう一度ふたりにする。
「む……。それなら、ヒナさんは藤堂くんと付き合って──」
「な、ないよ。ぜんぜん……いや、うん」
「ちょっぴりだけですよね」
「付き合うのにちょっぴりとかないと思いますよ、ミンさん」
「……日本ではそうだけど、アメリカ式なら」
あ、アメリカ式……!?
「告白という文化がないアメリカ的には、既に藤堂くんとヒナさんは交際関係にあると言える」
言えないと思う。
「そ、そうだったの……!? ……ふへへ」
「……いや、ここは日本なので」
「でも、藤堂くん、ハーフの会長と仲良いし。会長、パーティ好きでアメリカンな感じだし」
「会長のアレはおっさんが飲み会好きなのと同じで日本原産の嗜好なので。和の心由来です」
そもそも会長ってアメリカ人とのハーフなのか……?
というか……気まずい。すごく気まずい。
別にまだ誰とも付き合ってないのにミンさんに浮気を責められているのは少し理不尽な気持ちもないではないが、文字通りにふわふわと三人の間で心が浮いているので俺が悪いのだろうと思う。
「……あ、アメリカ的感覚なら私も先輩と付き合ってます。デートしましたもん」
「ここはアメリカではないよ、佐倉さん」
じ、自分に都合がいいように……!
というか……その理屈で言うならよく一緒に寝たりしているミンさんとも付き合っていることになるような……。いや、まぁ、ここは日本だしな。
「……というか、ミンさんとしては佐倉でもいいんじゃないのか……? 甘やかしてくれそうなタイプだし」
他のふたりには聞こえないようにこそりと話す。
ミンさんは人に囲まれて甘やかされながら生きていきたいという欲望から俺とヒナ先輩をくっつけようとしているのだから、その欲望が満たせそうな相手なら佐倉でもいいのではないだろうか。
そんな俺の言葉を、ミンさんは首を横に振って否定する。
「……私はね、自分だけ幸せになろうと思ってるわけじゃないの。……藤堂くんにも幸せになってほしいの」
いや、まぁ、もしもヒナ先輩とずっと一緒にいられたなら幸せだろうけど……。
ミンさんは真剣な表情をして俺を見つめる。
「藤堂くんには、おっぱいが大きい子の方がいいと思うの」
「!?!?」
「私は、真剣だよ」
……し、真剣、真剣なのか?
表情はとてつもなく真剣だが、内容は正気とは思えない。
「ヒナさんはおっぱいが大きい、佐倉ちゃんは小さい。……おっぱいが大きい方が、良い」
「……」
「……何故?」
「自分のおっぱいを触っても全然楽しくない。でも、ヒナさんのおっぱいを触ると、とても豊かで救われた気持ちになる。……これが愛なんだなって」
「…………な、なるほど?」
「だから、ヒナさんにしよう」
……っ! いや、胸で決めるのは……ダメだろ……!
「というか、別に俺は大きいのが特別好きとかそういうのはないんですけど」
「……!? あ、甘えんぼなのに!?」
「甘えんぼではないです。ともかく……別にヒナ先輩からそういう好かれ方をしてるわけではないわけで」
「逃げだよ、それは」
逃してください。
「私も協力するから」
と、ミンさんから説得を受けていると、ヒナ先輩がじとりと俺たちの方を見る。
「……仲良いね、ふたりとも」
ぎゃ、逆効果として働いている……!
「む、むぅ……ライバルはそっちでしたか」
「えっ、えっ」
「……とりあえず、場所移動しようか。……一応、現役の生徒にも話を聞いておきたいし。時間がよければだけど」
「あ、はい。大丈夫です」
頷いた佐倉も連れて四人で移動するが……微妙に気まずい。
佐倉からすると女の先輩二人連れてきたのは面白くないよな……。
そう考えていると、佐倉が俺の隣にやってきて、じっと俺のことを見つめる。
「どうした?」
「……いえ、えへへ、来てくれたことが嬉しくて。……隣のクラスの、担任の先生だったんです」
「……知り合いだったのか?」
「いえ、でも、友達はよく話をしにいっていたみたいで、塞ぎ込んでて」
「辛かったな。電話してくれてもよかったのに」
「……電話したら、来てくれると思ったんです」
佐倉はふたりを見て、少し寂しそうに目を細める。
「嫌だったか?」
「……嬉しいです。でも、付き合ってないのに甘えたらダメかなって」
「……そういうものか」
「違うんですか?」
「頼られたら、助けに来るよ」
「……えへへ、あっ、じゃあ、その、今度、うちに来てくれませんか? お母さんも会いたがっていて」
お、親……。いや、一応会ったことはあるけど、今のフラフラとした状態で会うのは……。
「なんて、冗談です。お母さん口が軽いのでお父さんにまで伝わっちゃいます」
「厳しい人なのか? まぁ、探索者なんてな。嫌がるか」
「いえ、すぐにからかってくるんです」
「あー、そういう。……いいな、そういうの」
「……そうですか?」
俺の事情を知っているのか、佐倉は少し暗い表情で笑う。
歩きながら佐倉から学校の話を聞くが、当然と言えば当然だが事件の内容はほとんど知らないようだ。
分かったのは新任の先生は普通にいい人でそんな恨みを買いそうには見えない人だったらしいということぐらいだ。
「ありがとうな、佐倉」
「いえ、あまりお役に立たなくてすみません。……先輩は個人で探すつもりなんですか?」
佐倉は不安そうに俺を見る。
「いや、警察と連携してるA級の探索者の手伝いって形だ。心配しなくていい。……あと、事件に関係なくとも変な話とか聞かないか?」
「変な話?」
「変な人を見たとか、怪談が流行ってるとか」
佐倉は「怪談?」と不思議そうに首を傾げる。
スキルなんてものは知らない人からしたらお化けとそんなに違いはないだろうと思いながら尋ねるが、佐倉は特に思い浮かばないようだ。
「……ちょっと嫌な話ですし、関係ないと思いますけど、その隣のクラスでイジメがあったみたいです。無視されたとかで騒いでいたのを見ました」
「あー、そういう。佐倉も何かあれば言えよ?」
「……はい。先輩も何かあれば言ってくださいね」
まぁ、たぶん関係ないだろうなと思いつつ頭の端にイジメの件を入れておく。
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