第11話:悪き探索者

 とりあえずこんなところで話すのもと考えて寮の方に誘うが、コウモリはさらりと断ってから俺の顔を見る。


「それで、換金できたのか? こんなに急いで来なくてもよかったのに」

「いや、それはまだ。目処は立ったけどな。……三日前、殺人事件があってな」

「殺人? そりゃまた物騒な。それが今きたのと何か関係あるのか?」

「不可能犯罪だった。まぁ、今時の不可能犯罪というのはつまりはスキルを用いたものの可能性が高く……」

「ああ、なるほど。俺の404亜空間ルームが疑われているのか。……三日前ならだいたいずっと誰かといたな」


 コウモリは俺の言葉に少しホッとしたような表情を見せる。


「あー、夕方から夜中は?」

「私、ずっと一緒にいた」

「そうか。アリバイは成立ってことだな。……ん? えっ、夜中だぞ?」

「うん、くっついてた」


 コウモリは安心した表情を変えて俺を見る。


「藤堂お前……妹って言ってた子に……」

「いや待て、違うから。それより……なんで俺が疑われたんだ? そりゃ出来ることは多いけど、俺のスキルでしか出来ないことなんてそう多くないだろうし。何より俺がやったなら死体が出てくるはずがないだろ」

「……さらっと怖いことを言うな。……あー、まぁ、俺は疑ってないけど。……事件があったの、お前の母校の中学でな。警察に協力の依頼をされて、学校関係者やらその身内やらの中で探索者の人物を探したらお前の名前があって」

「……待て、被害者は誰だ」


 慌ててコウモリに詰め寄ると、コウモリは俺を手で制止しながら答える。


「新任の教師らしいから知り合いじゃないと思うぞ。だから大して疑ってもない」

「そうか……。いや、安心するのもダメか。人が死んでるのに」


 佐倉が被害者でないことに心底安心してしまうが、被害者やその身内のことを考えるとよくないことだろう。


「いや、まぁ仕方ないだろ。知り合いが巻き込まれてないか不安になるのは。まぁ、今日はそれだけだ」

「……そうか。……中学の方はもう安全なのか?」

「しばらく休校のはずだけど、まぁ犯人は捕まってないしな」


 佐倉からは何も聞いていないが……俺を不安がらせないためだろうか。

 ……少し呼吸を整えてからコウモリを見る。


 疑っていないと言っていたが、全く理由もなしにこんな夜中に来るとは思えない。


「……様子がおかしいな」

「いや、そりゃおかしくなるだろ。知り合いのガキが手当たり次第に女の子に手を出してたら」

「手を出してない。……と、それはさておき、矛盾してるだろ。中学校の人が亡くなったからその関係者を当たって、可能性が高いのを俺だと判断するのは。関係者を当たってるのに「たぶん知り合いじゃない」と言えるのはおかしい」

「……お前、面倒くさいやつだよな」


 正解か。

 ……アリバイがあるなら疑いは晴れるが、そうじゃなければ疑わしいほど、俺のスキル以外では難しい犯行ということか。


 ……どういう死体の状態だ、それは。


 探索者か警察ぐらいしか許可が降りない拳銃、鋭い刃物。あるいは異常な威力の撲殺……。


 いやどれも俺しか出来ないものでも、俺が出来るものだけでもないか。……というか、殺害方法で俺のスキルだけでしか出来ないことってないよな。


 俺のスキルには攻撃性がないし、かと言って隠密性が高いということもない。


 夜間だけ立ち入り禁止の場所に、昼間に侵入してスキルの中で過ごして夜間に出るということも出来るが、そもそも中学校の防犯セキュリティなんてほぼないようなものだ。


 ……殺し方じゃないのか? ……それで俺にしか出来ないこと。


「……腐敗していた?」

「……お前、本当に可愛くないな。そうだよ。遺体の腐敗が進んでいた。死後それなりの時間が経っているんだろう」

「まぁ、俺のスキルなら中に入れて腐ってから出すぐらい出来るだろうな。でも、まぁその遺体を置いたであろう夜間に俺のアリバイがあるから別人だろうという判断か」

「そうだな。まぁ、流石にないとは思ったが……。探索者協会のデータにもそういうことが出来るスキル持ちは少なくてな」


 まぁ、わざわざ直接ひとりで確かめに来るということは大して疑ってもいないのだろう。


 むしろ警察が突然尋ねてくるのよりかはマシだろうという思惑が見て取れる。


「それらしいスキルのやつがいないか。……スキルってダンジョンを探索しないと目覚めないよな?」

「まぁそうだな。地上に出てきた魔物を倒しても手に入るけど。まぁ今時はないからな」

「……ダンジョンの出入りも監視されているから誤魔化すのも無理。となると、監視が緩かった時代にスキルを得た老人か、監視が緩い海外からきた外国人か……。もしくは」


 俺の言葉に続いてコウモリは言う。


「もしくは、未発見のダンジョンか」


 ……この学校のすぐそばに俺たちがこの前見つけたばかりのダンジョンがある。

 俺の地元からもそれほど遠くない。


「……わざわざ被害者の勤め先の中学校に侵入して腐った遺体を遺棄したんだよな。中学校に侵入したなら、夜中とは言えど老人とか外国人なら目立ちそうだし違う可能性は高いか。だとしたらあのダンジョンに侵入してスキルを得ていた可能性が高そうだ。というか、やってることは怨恨っぽいのに、新任の教師なのがだいぶ妙だな」


 と、俺が考えているとコウモリがすごく嫌そうな表情で俺を見ていることに気がつく。


「なんだよ」

「いや……なんか、関わってくる気満々に見えて」

「……何か問題あるのか?」

「あるに決まってるだろ……。というか、なんで関わるつもりなんだよ」


 コウモリの問いに佐倉のことを思い出す。


「……大切な後輩がいる。見て見ぬふりは出来ない」

「大人に任せとけ、馬鹿」

「いや、任せて安全ならそれでいいんだけど、コウモリに仕事を任せるほど人手不足なんだろ?」

「やっぱり藤堂お前、俺のことめちゃくちゃ舐めてるな?」

「そもそもなんでコウモリが捜査に参加してるんだよ」

「探索者に顔がきいて優秀なのが俺だからだよ!」


 ゆ、優秀……? と考えていると、ヒナ先輩がずっと黙っていることに気がつく。


「あれ、どうしました? ヒナ先輩」

「えっ、あの、内田洋司さん……ですよね?」


 ウチダヨウジ? とコウモリの方を見ると、コウモリは露骨に嫌そうな表情を浮かべる。


「そうだよ」

「えっ、知り合いですか?」

「違うよ、違う違う。というかトウリくん知らないの? すごく有名な探索者だよ?」


 ええ……まぁA級とか言ってたもんな。

 でも顔を見たら名前が分かるレベルの有名人がなんで偽名なんて使って……。と考えていると、ミンさんがぽつりという。


「あ……名前は聞いたことある。内田構文の」

「内田構文?」

「独特の驕った発言がネットでバズって……」

「ああ、それで本名名乗りたくなかったのか……」

「……お前も有名になったら絶対俺みたいな扱いを受けるからな、ネットで。というかアホほど炎上しそう」

「はいはい。……で、まぁ手伝わせろよ」

「……あー、いや、あんまりやらせたくないな。けど変に放置して首突っ込ませる方が危ないか……。というか授業大丈夫なのか?」

「そろそろゴールデンウィークなんで」

「……子守りはだるいんだけどな……。お前言うこと聞かないしな」

「話は決まりだな」

「……まぁいいけど、あんまり変なことするなよ?」


 俺とコウモリの話を聞いていたヒナ先輩が、きゅっと俺の手を握る。


「あの、私もいく。……また無理しそうで心配だから」

「えっ、いや、危ないですよ」

「……危ないことしないようにだよ」


 いや……でもなぁと思っていると、コウモリは俺たちの問答を聞く気はないようでさっさと帰っていく。


「話がまとまったら連絡しろよ。また迎えに行くから」


 とだけ言い残して車に乗り込む。


 それからヒナ先輩を説得しようとするも、俺だけが手伝う理由を出すことが出来ず……それに何故かミンさんもついてくることになってしまった。


 お目付け役が多すぎる。


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