第10話:だいしゅきホールド
正直に言おう。……下心がありました。
ミンさんは変わっているけど可愛い人で、俺にとっても当然魅力的である。
ミンさんが勝手にひっついてくるという言い訳がある状況で、異性への興味や関心が高まる年齢……。
部屋に入ってくる音に気づかないフリをしてしまっても、仕方ない、仕方ないのだ。
……と、まぁ、性欲に負け、ミンさんに抱き枕代わりに抱きつかれるのを受け入れはしたのだが……これは予想外だった。
真っ正面から抱きついて、手足は俺の後ろに回される。首筋に甘い吐息がかかり、胸には小さいけれども確かに存在しているミンさんの膨らみがふにふにと押し当てられる。
だいしゅきホールド……。
俗に、そう呼ばれる体勢である。
……これは流石にダメだろうと思いながらも、可愛い女の子にめちゃくちゃ抱きつかれていることへの多幸感のせいで、十分……いや、二十分ほど抱きつかれるのを堪能する。
それから俺はさも「今起きましたよ」みたいな雰囲気で目を開けて、やれやれという感じでミンさんに話しかける。
「あー、ミンさん、その、流石にこれはあまりよくないのではないかと」
「……?」
「もはや距離感が近いとかそういうレベルではないところまできてるというか」
俺がそう言うも、ミンさんは離す様子はなくぎゅっと抱きしめたままである。
「……? なんで急に?」
ミンさんは心底不思議そうな表情で俺を見る。
だらだらと冷や汗が流れ出るのを感じる。
「…………。もしかして、俺が起きてるの気づいてました?」
「えっ、ずっと起きてた、よね」
…………はい。
いや、気がついていて抱きつかれたままの俺も俺だけど、起きてるのに抱きつくミンさんもおかしいのではないだろうか。
「……」
「……」
「……あの、その、まぁ、ほら、すみませんでした。いや、ほんと、すみませんでした」
「えっ、なにが?」
いや、寝たフリをして抱擁を堪能したことです……。
「ま、まぁ、ともかく、子供じゃないんですから、あまり男女でべたべたするのは不味いのではないかと思うんです」
「……未成年だよ?」
「……確かに。……いや、うーん、どうなんだ?」
「嫌だった?」
「嫌ではないんですけど……嫌ではないからまずいというか……。ミンさん、そこのところの感覚、本当に分からない感じですか?」
「ちょっと分かる」
「ちょっと分かるんだ」
なら離れてくれないかな。
「あの、もしもヒナ先輩に見られたら本当にまずいんで……。というか、同性のヒナ先輩の部屋に行った方が」
「二日に一回しかダメって」
ああ……もう通いすぎて制限食らってるんだ。
「とにかく、男女でこういうのはよくないですよ。俺も男なんですよ」
「……さっきまでは許してくれてたのに」
「あれは……欲望に負けただけです」
とにかく離れるべきと主張していると「カチャリ」と音が聞こえる。
「あ、藤堂くん、まだ起きてる? ちょっと急ぎの用事が……」
ヒナ先輩と目が合う。
ヒナ先輩は固まる。俺も固まる。
ミンさんだけは、俺に全力で抱きついたままの格好で嬉しそうに「ヒナさん」と名前を呼ぶ。
「……ご、ごめんね!? えっちなこと中にっ!?お、お邪魔しました!?」
「ま、待ってヒナ先輩! 誤解! 誤解なんで! 俺とミンさんはえっちなことはしてな……ほとんどしてないんで!!」
「なんで!? 今なんでちょっと言い直したの!?」
逃げようとしたヒナ先輩を追いかけて手を握る。
思わず掴んでしまったが、ヒナ先輩が本気で逃げたら俺が追いつけるはずもない。
たぶん、こうされることを嫌がってはいないのだろう。
「……あのですね。聞いてください」
「う、うん」
「ミンさん、ヒナ先輩にもベッタベタに甘え倒してるでしょう」
「うん。そうだけど……」
「それと同じことを俺にもしてるだけです。本当なんです……!」
じと……と、疑うような視線。
いや、まぁ、あれだけ抱きつかれていたらそういう関係を疑うのは当然というか妥当だろう。
というか……付き合ってないのにあの抱き合い方をしてる方がよほど不健全だろう。
俺よりも歳上だけど、あどけなく見えるヒナ先輩は俺とミンさんを交互に見る。
「……えっちなことしてたわけじゃないの?」
「してないです、な、ミンさん」
「うん、今日はされてないです」
「そっか、なら……。えっ、今日は?」
「……そ、それで、ヒナ先輩は何の用事ですか? 急ぎだったんですよね」
ヒナ先輩はわたわたと動きながら俺に言う。
「あっ、そうだった。……えっと『コウモリ』って人が寮の前に訪ねてきてたから呼びにきたの」
「コウモリ? あー、金のことかな。ありがとうございます」
もっと時間がかかるものかと思っていたのだが。
俺は寝巻き代わりのジャージの上に軽く上着だけ羽織って外に出ようとすると、ミンさんとヒナ先輩もついてくる。
「えっと、夜遅いし付き合わなくてもいいですよ?」
「……いや、さっきのことちゃんと聞きたいから」
「うっす……。いや、その、本当に何もないです。信じてください。まだ何もしてないんです……!」
「……まだ?」
くっ……言い訳すればするほど墓穴を掘る……! どうなっているんだ……!?
俺が慌てていると、ヒナ先輩は少し寂しそうに首を横に振る。
「……ごめんね。お邪魔しちゃったみたいで」
「いやいや、ほんと、ただ寝てただけなんで」
「そもそも、私にふたりのことを口出しする権利なんてないしさ」
エレベーターに向かう脚を止めると、ヒナ先輩は驚いたように「藤堂くん?」と口にする。
「……あります。ヒナ先輩にはその権利があります」
「えっ、いや、でも……その、特に、そういうのないしさ」
「……あってほしいと、俺が思ってるんで、あります」
俺の言葉を聞いたヒナ先輩は少し顔を紅潮させてから頷く。
「……その権利、あるなら使おうかな?」
少しいたずらにヒナ先輩は笑みを浮かべ、きゅっと俺の腕に身を寄せる。
「ミンちゃんがしてるみたいなことしたら、困る?」
「……困ります、けど、まあ、ヒナ先輩には困らされたいんで」
俺がそう言うと、ヒナ先輩はぴょこりと背伸びしながら俺の頬を軽くつねる。
「トウリくんはなまいきだ」
「ふひはへん」
俺の頬から手を離して、意地悪な笑みを俺に向ける。
「めちゃくちゃ困らせるからね」
「……お手柔らかに」
嘘を吐いたつもりはないけど……ちょっと早計だったかもしれない。
ミンさんの真似をするみたいに俺に引っ付いたヒナ先輩を感じて、俺はそう思った。
あと、何がとは言わないけどヒナ先輩のは大きくてちょっと既にもうなんか困るな、とも思った。
寮の門の外に見覚えのある小男が立っており、軽く手を挙げて挨拶をすると、その男コウモリは微妙そうな顔をして俺を見る。
「うわ……両手に侍らせてる」
「そういうんじゃないですから……。いや、俺はいいですけど二人に失礼なんで。ミンさんは妹的な存在で、ヒナ先輩は……」
なんだろうか、言葉にしたら学校の先輩なのだけれど、少し寂しい言い方だ。
俺が詰まっていると、コウモリはポリポリと頭を掻く。
「……妹、ね。まぁ、そういうのもあるか」
「いやないだろ」
「俺が合わせてやったのにお前の方が突っ込むのか……。なんで急に正気に戻るんだよ。やめろよ」
いや、まあ、うん。流石に抱きつかれていたら平常心ではいられないところがあるし。
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