第8話:料理バトル

 とりあえず五人揃ったが……なんというか、足並みが揃っていないという感じだ。


 当然と言えば当然だが、生徒会組と仲良し迷宮探索同好会ではっきりと別れている。

 ミンさんはヒナ先輩と俺にべったりで、ヒナ先輩はそれに構っていて、高木先輩はいつも以上に会長へのアピールが激しい。


 まぁ、これから仲良くなるための親睦会だしな。


「……それで、とりあえず料理でも作りますか?」

「そうだね。せっかくだからチーム対抗で料理対決と行こうか」

「マジでお祭りごと好きですね……。五人だと半端になりますけど」

「藤堂くんは審判でいいよ。両方のお手伝いって感じで」

「まぁ俺はいいですけど……。おふたりは?」


 俺が尋ねるとミンさんが頷き、ヒナ先輩はそれを見て「大丈夫ー」と返事をする。


 こうして、生徒会vs仲良し迷宮探索同好会の料理対決が幕を開けた。


「ふふ、見せてあげよう。究極のチャーハンを」

「コーヒーとチャーハンの相性っていいでしょうか……?」


 なんかもうダメそう。


「私達のコンビネーションを舐めないでね」

「……うぃっす」


 こっちもダメそうである。


 まぁ、会長がわざわざ料理などという、探索者達があまり得意ではないことをしようと提案したのは失敗を含めて楽しもうという意図だろうし、それでいいのだろう。


 わちゃわちゃと手際悪く料理している四人の手伝いをしながら、洗い物などの作業を担当していく。


 予想通り会長のチャーハンはなんというか雑で、男の料理という感じである。


 高木先輩も最初は手伝おうとしていたが、そもそも簡単な料理にあまり手を出すところもないせいで手持ち無沙汰という様子で、休んでいた俺の隣に座る。


「お疲れ様です。いつも会長に振り回されて大変ですね」

「……」

「……先輩?」


 高木先輩は俺が名前を呼んだことに驚いたように肩を跳ねさせる。


「は、はい。どうしました?」

「いや……最近、少し調子悪そうですね。大丈夫ですか?」


 体調を崩しているというほどではないが、今もそうだが少しぼーっとしているところをよく見かける気がする。


 高木先輩は少し会長の方を見て、ぽつり、とこぼす。


「……足を引っ張ってるな、と」

「高木先輩がですか? いや、そんなことはないでしょう。会長も頼りにしてますし」

「……藤堂くんは、私のスキルをどう思いますか?」

「そりゃ、何度もお世話になってますし、めちゃくちゃ優秀だと思いますけど」


 高木先輩は頷き、それから俺の目を見る。

 それは次に吐き出す質問の反応を正確に探るためだろうとなんとなく察して息を飲む。


「……じゃあ、スキルではなく、私自身は?」

「それは……どういう意味ですか?」

「……会長はスキルがなくても強いです。藤堂くんもそうです。……私は、スキルは強いのだと自分でも思います。けど、それだけなんです」


 ……そんなことはない。

 と、嘘ではなく言えはするが、けれども同時にスキルがない状態を仮定するならば会長ほどには優秀でないのは事実だ。


 高木先輩は会長ほど多芸でなく、スキルを除くと近距離戦闘しか出来ないが、その近距離での戦闘でもおそらく会長の方が強いだろう。


 まぁ、比較対象がおかしいと言えばそれまでだ。

 俺の人生の中で御影堂会長ほど要領がよくなんでも高精度でこなせる人物は見たことがない。


「……私、頭が悪いんですよ。勉強も苦手ですし、物覚えが悪くて探索中の雑務みたいなことも下手で」

「……会長と比べたらだいたいの人がそうでしょう。アレはおちゃらけてはいるけど化け物です」


 高木先輩はジッと俺を見て、悲しそうに笑う。


「……藤堂くんも、同じです。家の都合で天才とか神童とか、呼ばれている人達と何度も会ったことがありますけど。……会長と藤堂くんは、天才と呼ばれる人達を集めた中でも頭がひとつ抜けています」


 そんなことはないだろう。

 ……と思いはするが、同時にそうなのかもしれないとも思う。


 我流の槍はモンスターに通用したし、ミンさんに習った銃もすぐに使えるようになった。

 やったことのない素手での決闘も勝てた。

 ……まぁ、あるのだろう、探索者としての才能は。


 才能を否定することはどうにも不誠実に感じてしまい、何も言えずに口籠もる。


「……嫉妬、なのだと思います。嫉妬、なんです。並び立てるほどの才能があれば……と、思うのです」


 目を伏せる高木先輩に言う。


「……並んで立ちたいなら、ここから数歩歩けばいいだけだと思います。ああ、いや、ふざけてるのではなく、大真面目に。今から立って横にいけばそれでいいんじゃないかと」

「……その並び立つじゃないです。比喩です」

「それでいいと思うんですよ。じゃないと、会長が可哀想でしょう。ひとりにしたら」


 高木先輩は顔をあげて、チャーハンを焼いている会長の方を見る。


「……もっと相応しい人がいるんじゃないでしょうか」

「いないと思いますよ。……少なくとも、会長は高木先輩のことを大切に思っているので。訓練がしたいということなら、俺で良ければ付き合いますよ。とりあえず、遠距離攻撃の手段を探すところから始めた方がいいと思います。ヒーラーは前に出ない方がいいでしょうし。ミンさんに銃を習います?」

「……うん。考えます。ありがとうございます、藤堂くん」


 高木先輩が立ち上がったのを見て、俺はその背中に声をかける。


「会長が高木先輩のことを大切にしなかったら、俺が引っ叩きますよ」

「……ふふ、ダメですよ。でも、ありがとうございます」


 カチャリ、鍵が開く音が聞こえた。

 ……新しい部屋に入れるようになったのだろうか。


 確認しに行こうかと思ったが、先に会長達の料理が出来た。


「出来たよ、これが僕の究極の黄金のチャーハン……!」

「ちょいちょい焦げてません?」

「そこが美味しいんだよ、やれやれ」


 会長のはおおよそ予想通りとして、ヒナ先輩達は……。


「餃子ですか」

「うん。まぁ昨日の時点で何を作るか分かってたから、一緒に食べるならこういうのがいいかなって」


 まぁ昨日餃子の皮を買っていたしな。

 既製品ほど形や折り目が整っているわけではないが、具でぷっくりと皮が膨らんで、蒸された皮の中が薄く見えていてなんとも美味そうだ。


「……先輩たちが包んだんですよね。こう……その小さな手で」

「藤堂くんって時々めちゃくちゃキモいよね」

「もうヒナ先輩チームの勝ちでいいですか?」

「露骨な贔屓は覚悟してたけど、せめて食べてからにしなよ」


 いや……そうは言っても、もう結果は見えているだろう。


 料理のレパートリーがチャーハンのみの会長と、それに合わせるように餃子を選択したヒナ先輩。

 技量の差がありすぎるだろう。


 そう思いながらも会長のチャーハンを口に運び……目を開く。


「えっ、何これ、めちゃくちゃ美味い。……バグ?」


 特別いい材料を使っていたり、特別な手間をかけているわけでもないのにやたらと美味い。


「これは……あれだ。父ちゃんが休みの日に適当に作ってくれたやつが、なんか絶妙な加減になって妙に美味いときの奴だ……! このチャーハンっ!」

「そう、その通り。僕は毎回味付けとか焼き方がバラバラで安定しないブレの中にだけ存在する、何故かは分からないけどめちゃくちゃ美味いときのあのチャーハンの味を……完全に再現することが出来るんだ!」


 す、すごい。そんなことが可能なのか……!?


 俺は驚愕するが、他の三人にはパッとしないのか不思議そうな表情をしていた。


 気を取り直して、続いてヒナ先輩達が作った餃子を食べる。

 既製品や店で食べるのとはまた違った、家庭の味的な美味さと一個一個の満足感があるボリューム。


 餃子の中から溢れる肉汁と、柔らかいながらもシャッキリとした食感も楽しいタネ。

 餃子の皮の中に、野菜と肉の旨味が閉じ込められた極上のスープが隠されているようなそんな味……。


「これは……美味い。野菜が多めで肉汁と野菜に含まれる水分の旨み、まるで一口サイズのスープのような餃子だ……!」

「えへへ、ありがとう」

「これはおそらく、会長が肉や卵ばかりのチャーハンを出してくることを見越して具材の割合を変えたのでしょうね。味付けも少し柔らかく、味の濃いチャーハンに合うようになっている……!」


 会長は俺を見て、ニヤリと笑いながら尋ねる。


「それで……勝敗は?」

「あ、それはヒナ先輩たちで。なんか頑張って料理してるところが微笑ましかったですし」

「この女好きがよぉ! 味で決めなよ!」

「いや……チャーハンと餃子で比較するのは無理でしょ」

「……まあ、うん、それはそう」


 それからみんなで食べた。とても美味しかった。

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