第5話:合鍵のスキル
「デートだね、ふふ」
ヒナ先輩はからかうように笑って、俺は少し困りながら返事をしようとしたところで、会長が反論する。
「いや、デートではないと思う。ただの買い出しだろう」
「……いや、まぁそうなんだけど、なんで生徒会長が反論するのさ」
「そりゃあもちろん、僕の大切な相棒が女狐に誑かされないようにだよ!」
「会長って定期的にキモくならないと死ぬ病気にでもかかってます?」
会長は立ち上がってヒナ先輩を指差す。
「よく考えるんだ藤堂くん! いや、とっくん! 確かに僕らは思春期で、近しい異性に惹かれやすい年頃だ! でもね、とっくんは希少な空間系スキル持ちで、現役の探索者にも認められた人だ。これからモテモテの人生……もっといい相手がたくさんいるだろう?」
いや……ヒナ先輩よりいい人はいないだろ。そもそも付き合うとかそういう感じでもないわけだし。
「……いや、普通にヒナ先輩が俺なんてお断りでしょうから」
「そ、そんなこと、ないかもだけど」
「藤堂くん! 騙されてはダメだよ!」
「はいはい。日程はいつにします?」
「うーん、まぁ、そんなに時間に余裕はないし、ゴールデンウィーク明けぐらいから探索を始めたいから、明日か明後日ってところかな。川瀬ミンの説得も頼むよ」
まぁ、ヒナ先輩と俺が頼めば了承してくれそうなのでさっさと頼んでしまうか。
ヒナ先輩がスマホを取り出してミンさんに電話をするが、どうやら出ないようだ。
「圏外か電源入ってないかだって。うーん、電池切れかな」
「たぶん俺の部屋にいると思うので行きますか?」
「なんでトウリくんの部屋にいるのかはおいおい聞くとして、買い物を先にしてからでいいと思う。スーパーにでもいこうか」
俺が言い訳しようとしていると、さっさとヒナ先輩が歩いていってしまうので慌ててついていく。
「会長、じゃあまた後で。ミンさんは説得しておきますんで」
「うん。じゃあ探索者的な飲み物も買っといてよ」
……会長にはこどもビールとかでいいか。
ヒナ先輩と二人でスーパーにいき、親睦会用の食材を買い込んでいく。
「……ヒナ先輩。本当は会長たちの恋愛が気になったんじゃなくて、俺の怪我が心配だったからとか……は、考えすぎですか?」
野菜を手に取ったヒナ先輩は俺を見て、にやぁ、と笑う。
「さてはトウリくん、ヒナ先輩のこと大好きだな?」
「そりゃそうでしょ。自分のために泣いてくれる人なんですよ」
揶揄おうとして空振ったせいでヒナ先輩は恥ずかしそうな表情を浮かべながらポイポイと籠に食材を入れていく。
「……ミンちゃんのこともあるよ。あの子、寂しがりなのに友達いないから、私が卒業してから困りそうだなって」
「会長達も今年卒業ですよ?」
「トウリくんだよ。……仲良いし、探索とかも一緒にしてあげてほしいなって」
「まぁ、それはいいんですけど。……後輩の面倒見てばかりですね」
「そんなことないよ。あ、お菓子も買おうかな。あのチョコ、ミンちゃんも好きで……」
と言ってから、自分の言葉と行動が矛盾していることに気がついたのか照れたような笑い顔を俺に向ける。
セルフレジに並んで二人で袋に詰めてから、財布を取り出そうとしたヒナ先輩の手を止める。
「えっ、出すよ。先輩なんだから」
「俺、探索者なんで」
と、冗談を言ってみると、ヒナ先輩は少し笑う。
「どんな探索だったの?」
笑いながらも少し真剣な表情のヒナ先輩。
少し考えてから頷く。
それからゆっくりと、彼のオークのことについて語る。
俺の勝手な思い込みを含めた、あの英雄の話を。
話が一区切りして、少し歩いたところで、荷物を俺のスキルの中に入れようということになり、ガチャリと扉を開ける。
「じゃあ適当に中に入れて……」
と、話していると、中の方からパタパタと音が聞こえてくる。
「あれ、誰か入ってる?」
「……いや、今は誰も入れてないはずなんだけどな」
少し警戒していると、奥の扉が開いてひょこりとミンさんが顔を出す。
「あれ? ヒナさん、藤堂くん」
「えっ、ミンさん? ……もしかして朝から閉じ込めっぱなしになってました……?」
と、ビビりながら言うと、ミンさんは首を横に振る。
「なんか、入れた」
「いやなんかで入れる場所じゃなくないですか……?」
と、俺が尋ねると、ミンさんの手に俺の寮の鍵が握られていることに気がつく。
「藤堂くんからもらった鍵で入れた」
「えっ……合鍵渡したの? トウリくん? あの、トウリくん?」
「いやそれよりもスキルの中に入ってることが……」
「あの、トウリくん」
「…………怒ってます?」
「怒ってないけど、全然、まったく。ニコニコヒナ先輩だよ」
でも目が笑ってないような……。
「ミンさんって物が多いから、俺の部屋はほとんど使ってないから倉庫代わりに使うというだけで……。ほら、スキルの中の方が広くて居心地がいいんで」
「ふーん、それで合鍵を渡したんだね。ミンちゃんに」
……お、怒っている。理由は謎だけど怒ってる……とびびっていると、ミンさんはとてとてとやってきて首を傾げる。
「この鍵を握ったら、この部屋に入れたけど、藤堂くんのスキルじゃないの?」
「いや……俺は特に何も」
「スキルの成長かな。藤堂くんのスキルはマンションみたいな感じだから……合鍵で入れるという感じかな」
そういう……ものなのか? いや、それってもう事実上俺のスキルを誰でも使えるということでは……。と、考えていると、ミン先輩が口を開く。
「一回使ったら鍵に籠ってた魔力がだいぶ減っちゃった。たぶん、一回しか出入り出来ない」
「なるほど……。ちょっと寮に帰って検証してみようか」
俺のスキルの部屋から出てきたミンさんと三人で寮に戻り、ヒナ先輩の部屋にある冷蔵庫に食品を片付けてから検証を開始する。
まず合鍵を一度返してもらうと再び俺の魔力が鍵に宿り、ミンさんが俺の扉のスキルを発動させることに成功する。
次に同じようにヒナ先輩に試してもらうがスキルは発動しない。
「…………仲良しさが足りないのかな」
「いや、そういうわけじゃないと思うんですけど。……ミンさんに渡した鍵だからですかね」
試しに合鍵ではない寮の鍵をヒナ先輩に渡すとヒナ先輩でも扉を出すことが出来た。
……よかった。これでダメならヒナ先輩がめちゃくちゃ拗ねてしまいそうなところだった。
「ふむ……なるほどだね。トウリくんから直接鍵を譲渡されるとその鍵に魔力が篭って、一回限りトウリくんのスキルの中に入れるみたいだね」
「出るのにもスキルを使うから入ったら出られなくなりそうですね」
「うん。出れなかった」
「トウリくんみたいな使い方は出来ない……いや、でも、緊急避難には使える……。というか、これ、ワープ出来ないかな」
「……試してみますか」
一度俺がヒナ先輩の部屋の外に出て、スキルを発動し扉を開けるとスキルの部屋の中にもうひとつ扉が出てきており、そこを潜るとヒナ先輩の部屋に出た。
「……出来ますね、ワープ」
「出来るんだ、ワープ。まぁさっきのミンちゃんもそうだったしね」
毎回俺の魔力をチャージする必要があったりするが、かなり有用そう……というか、少し考えただけでめちゃくちゃ使い道がありそうだ。
俺がそう考えていると、ミンさんが俺の方を見てこてりと首を傾げる。
「これ、扉出しっぱなしにしてもトウリくんは困らないよね?」
「えっ、あー、まぁ、ダンジョンに潜るとき以外は。潜ってる時は急にモンスターが入ってくる可能性もあるので問題があるかもしれませんが」
俺がそう言うと、ミンさんはコクリと頷いてからスキルの部屋から出ていき、どうしたのかと思っているとスキルの部屋の中に扉が発生してミンさんが入ってくる。
「私の部屋で開けてきた。藤堂くんがダンジョンに入らないときは扉を開けっぱなしにしてたら、いつでも入れる。便利」
「……あの、それだと俺もいつでもミンさんの部屋に入れてしまうんですけど」
「……? うん、そうだね」
俺はヒナ先輩の方を見る。……どうしようこの子、警戒心がない。
「……ミンさんは、もうちょっと異性に対して警戒するべきだと思います。それは流石によくないと思いますよね、ヒナ先輩」
俺がそう言うと、ヒナ先輩はぶつぶつと独り言を言ってから頷く。
「い、いいアイデアだと思う。いつでも入れると便利! とっても便利! 私もそうする!」
「……え、ええ。いや……それはちょっと……本当に、男に対する警戒とか、そういうのが足りてないというか」
ヒナ先輩とミンさんは揃って「大丈夫」と言うが……そんなに信頼されても、当の本人である俺が俺を信頼出来ないんだけど……。
そう言うも、ふたりに「大丈夫」と押し切られてしまう。
……いや、やっぱりダメなのでは……?
と思うが、なんだかんだと言い負けて、俺のスキルの扉が、ヒナ先輩とミンさんの部屋と繋がりっぱなしになってしまうこととなった。
……どうしてこうなった。
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