藤堂トウリ
中学生だったその日。
この辺りで祭りがあったということに、後になって気がついた。
道ゆく人だかりは楽しそうに、けれども一様に俺から離れるように去っていく。
『アンタなんかがいたから、あの子は……!』
祖母の言葉は、人気が減っていくほどに耳の中でうるさくなっていく。
……まぁ、たぶん、俺がいたから父母が死んだのは事実なのだと思う。
金とか疲労とか、その他もろもろ、幼い子供が負担になっていないはずはない。
それに何より言い返せなかったのは……。
言い返して、祖母との口喧嘩に勝ててしまうことが分かっていたからだ。
「……死んだ子に頼られない親が、何言ってるんだよ」
そんな一言を言ってしまえばもうおしまいだろう。言い返すことは出来ないだろうし、出来たとしても全て空虚なものになる。
だから……口喧嘩も出来ずに、夜の街でぼーっとしていた。
幸か不幸か、金はないのでグレることも出来ず、ただただ人の背中ばかりを見ていた。
……そんな日のことを夢で見た。
目を覚ますと隣にミンさんが寝ていて、すぴすぴと油断しきった寝息が聞こえてくる。
高校生になって、だからと自分の中の何かが変わったとは思えない。
どうやらそれなりに戦いに関しての才能はあるらしいが、無力感は残ったままで、ふとしたときに自分の体の大きさや腕の太さに驚くことがある。
強くなっても、まだ心は小さく幼い頃のままだ。
異性として認識しているミンさんがここまで近くにいてもそこまで慌てずにいられているのは、たぶんそのせいだろう。
性的な欲求よりも、人肌恋しく思う寂しさの方が強い。
つまり俺はガキなのだろう。たぶんミンさんも似たようなもので、お互いに子供っぽいからこの関係が成り立っているのだろう。
肌の感触、人の熱。
寂しそうに手繰り寄せられる感触に身を任せる。
……よくないよなぁ。と思いつつも、これを咎める人もいない。
子供のころ、寂しかったという思い出を言い訳に、ぺたりと張り付くミンさんをそのままにして目を閉じた。
ふと、父母と共に車の中で寝ようとしたときのことが脳裏によぎる。
「ッ!」
思わず跳ね起きて、思いっきり息を吐く。
夢とうつつ、思考と無意識の間。やたらと鮮明に炭が燃える臭いが蘇って気分が悪くなる。
「ん……んぅ、藤堂くん?」
「ああ、すみません。起こしたみたいで」
「ん……あ、びっくりさせちゃった?」
「いや、変な夢を見て……。まぁ、ミンさんがいてびっくりはしましたが」
息を吐いていると、ミンさんは俺の背中をさする。
「……変な夢?」
「あー、大したものじゃないですよ」
「……トウリくんがそんなに苦しそうなら、私にとって、大きなことだよ」
隣に寝ていて驚いたが、もしかして、俺がうなされていたから隣にいてくれたのだろうか。
ぺたり、ミンさんは俺の背中に張り付く。
たぶん、寂しがりの人だから、それが一番の慰めになると考えているのだろう。
暖かさと柔らかさ。年頃の男として感じるものもあるが、それ以上に優しくされているという事実に……弱音を漏らしそうになってしまう。
「……ミンさんは、なんでこの学校にきたんですか? 銃が撃てるからですか?」
「どうしたの? 急に」
「いや、大人しい人なのに、どうしてかなと。クラスでも割とみんな騒がしい人が多いので」
風呂場でよく筋肉自慢大会やってるし、たぶん女子の方でも似たようなものだろうと思うと、ミンさんみたいなタイプは珍しく肩身が狭そうだ。
「……銃が好きなのもあるけど。……お父さん、探索者だったの」
「親の影響ですか?」
「……お母さんが、お父さんのこと、すごく好きだから。私も探索者になったら好きになってもらえるかなって」
「……それは、寂しいですね」
「うん。……寂しい。……でも、あんまり意味なかったかな。入ってすぐの頃にね。お母さんもいなくなって」
「……そうですか」
こんな学校だ。
生徒には大概みんなそれなりの事情があるだろうし、会長が言う通りもっと不幸な人なんていくらでもいるだろう。
ミンさんの手をとって、握りしめる。
「……今、俺はあまり寂しくないですよ」
贔屓をしようと思うのだ。
親切にすべき人は他にいて、優しくしてあげるべき人はたくさんいて。
……けれど、今、ほんの少しでも心を軽くしてやりたいと思うのはこの人なのだ。
「……俺がいます、なんて、告白じみたことは言えませんけど。寂しいときは呼んでくれたら少し一緒にいるぐらいします。今、ミンさんがそうしてくれているみたいに」
「それは、とっても嬉しいな」
あまりにも分かりやすい好意の言葉。
それが本音か嘘か、気まぐれなのか本気なのか。
疑っているのか信じているのか。
……いま考えたそれは、ミンさんの言葉に対してなのか、それとも俺が吐いた言葉に対してなのか。
俺は無責任なやつだなと思うけれど、この手を離す気にはならなかった。
俺もそんなにペラペラと話す方じゃないし、ミンさんもどちらかというと静かな方だ。
お互いに言いたいことが終わったら何も話さずにいるが、けれどもその無言も不快ではない。
ベッドの上で二人、ただ何もなく過ごす。
「……そういや、なんで六人パーティまでなんでしょうね。ダンジョン、謎の入場制限がありますけど」
「……制限がなかったら、不公平だから?」
「不公平?」
「銃とか爆弾とかたくさん持ち込める集団が勝てるだけ」
「……まぁ、そりゃそうかもしれませんけど。というか、結局なんなんでしょうね、ダンジョンって」
俺の胸にポスリとミンさんの頭が乗せられる。
「どうしました?」
「……分からないことは、分からないままでいいと思う。私達は、この世界の主人公じゃないから」
ペタペタ身体を撫でられる。
……まぁ、そうか、そうなのだろう。
謎を解くような賢い学者でも、知られざる真理を利用する黒幕でも、それを打ち破る主人公でもない。
スマホの中身のことを理解しないまま使うみたいに、よく分からないままスキルを使って、ダンジョンに潜る普通の探索者だ。
それでいいし、それがいい。
「……一緒にいようよ。心配なの、藤堂くん、歩くのが早くて」
「歩幅、合わせてるつもりなんですけど」
「そうじゃなくてね……」
ミンさんは俺にぎゅっと身を寄せる。
「……明日から、ヒナさんも一緒に寝たいな」
いや、ヒナ先輩は流石にこういう男女で同衾みたいな非常識なことはしないのではないだろうか。
……というか、流石に怒られそうだ。
「……というか、明日からも一緒に寝るつもりなんですね」
「ダメ?」
「……俺も男なんで、あまりよくないかと」
「……んぅ?」
そっか、分からないか……。
流石に欲情してしまうかもしれないからと説明する気にはなれず、誤魔化すように目を閉じて眠る。
……人の熱が心地よい。
父母のことを思い出す。
……断らずに、明日からも一緒に寝てもらえばよかったかもしれないと、少し後悔する。
周りの人には恵まれていると自覚しているが、けれども、ずっと……父母がいなくなってから、少し寒いのだ。
みっともないけれど、誰かに甘えたくなってしまう。
少女の手を握ってみる。
やはり、俺の手は俺のイメージする俺よりも少し大きい。
手を握って頭を撫でる。
よかったと思う。イメージのままの小さな手ではなく。
小さな手のままは、慰めるために撫でることも難しいのだから。
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