第二章:破られた手配書
第1話:付き合ってるの?
ヒナ先輩を泣かせてしまった日から数日。
俺はスキルの中の部屋の片付けをしながら、何故かいるミンさんと話をする。
「……藤堂くん、ヒナさんと付き合ってるの?」
「ゴハッ!? な、なんですか、急に。別に付き合ってはないですよ」
「最近、よく一緒にいる。ヒナさんご機嫌」
「ヒナ先輩は基本いつでも機嫌いいでしょ……。俺は関係なく」
ミンさんから振られた唐突な話題に盛大にむせながらミンさんの方を見ると、少し肩をしょんぼりとさせていた。
「そっか、残念」
「ああ、残念に思う感じなんですね。仲のいい二人が付き合い始めるとか、本当にあったら気まずいと思いますけど」
「……? 嬉しいけど」
「嬉しいんだ」
……今更ではあるけど、変わり者である。
距離感が近いため『もしかして俺のことが好きなのか?』と考えたことはあるが、この様子を見るにやはりそういうわけでもなさそうだ。
「嬉しい。夢の生活に一歩近づく」
「ああー、えっと、前言ってた好きな人を囲って暮らすというやつでしたっけ」
「ヒナさんと藤堂くんが結婚したらみんなで住めるね」
「ミンさんはどのポジションで家にいる想定なんだ……。死ぬほど気まずいと思うんですけど」
「平気、その時はちゃんと目を閉じてる」
「その時にも同じ部屋にはいる想定なんだ。いや、そもそも付き合ってないですからね」
ミンさんの馬鹿な話を聞きながら、その話題の中心にいるヒナ先輩のことを思い出す。
大粒の涙。想像していたよりも小さな身体,
細く柔らかい髪が俺の首元をくすぐる感触。……感情に震えながらも俺を見つめる綺麗な瞳。
「…………」
「どうしたの?」
「いや、ヒナ先輩って綺麗な人だよな、と思って」
「うん。そうだよ」
ミンさんは何故か自分のことのように胸を張る。
「……彼氏とかいるんですかね。なんか、距離感近すぎていたら申し訳ないというか、罪悪感があるんですけど」
「いないよ」
「ああ、ならよかった。……いや、なんかそれはそれでおかしいか……。あれ、なんだこれ」
ホッと息を吐きながら物を片付けていると、見慣れない箱が目に入る。
中を開けてみると弾薬が詰まっている。
「あ、部屋から溢れそうになってたから場所借りちゃった。ごめんね」
「それは別にいいですけど。どうせ場所は余ってますし、俺がいないと取り出せないので、あんまりオススメしませんよ」
そう言ってから、近くの棚に置いていた鍵を手に取り、ソファでゴロゴロしているミンさんに投げる。
「なにの鍵?」
「俺の寮の部屋の合鍵です。もうこのスキルの部屋の方が居心地がいいのであんまり使ってないんですよね。物を置くならそっちの方がいいかと」
ミンさんは少し考えてから鍵はポケットに閉まって、けれども弾薬の箱を片付ける様子がない。
「ん、藤堂くんがいないならつまらないから、こっちの方がいいや」
「……ミンさん、こっちが恥ずかしくなるようなこと平気で言いますよね。あ、なら鍵は」
「これは借りてく」
「ええ…………。まぁいいですけど」
掃除を終えて、ミンさんの寝転がっているソファの端に座ると、ミンさんは身を捩って俺の膝に頭を乗せる。
「……藤堂くん、ものすごく魔力増えてるけど、身体は大丈夫?」
「見て分かるものなんですか? まぁこの数日、めちゃくちゃ落ち着かないですね」
連日それなりの難易度のダンジョンに挑み続けたからか、それともドラゴンを倒したせいなのか。
俗に言うレベルアップという現象に伴う心身の落ち着かなさ、この学校に入学してから度々感じてきたそれが長く収まらない。
ミンさんは眠たげな目で俺の方を見ながら頷く。
「うん。……慣らした方がいいかも。運動能力とかすごく上がってるはずだから」
「強化系スキルがなくてもそんなに変わるもんなんですね。……と、出かけるので部屋に戻りますよ」
「ん、一緒にいく。どこにいくの?」
場所を聞く前に同行を決めるのか、と思いながら質問に答える。
「前に行ったダンジョンの研究してる大学に。金も時間も出来ましたし、服も足りないので」
ミンさんはコクリと頷き、寝転んだまま制服のスカートの中に手を入れてモゾモゾとホルスターを外して銃ごと机に置く。
「しばらく探索しないなら、銃のメンテナンスしてもらう?」
「あー、そうですね。探索しようとしたらヒナ先輩に止められるので、しばらくは無理そうなんですよね。銃の研究してる研究室でもあるんですか?」
「ううん。個人でダンジョンでの銃の復権をしようとしてる子がいるの。友達」
ミンさん、俺とヒナ先輩以外の友達いたんだ……。
「将来は銃の設計をしたいんだって。特別腕がいいわけじゃないけど、ガンスミスは少ないし、応援もしたいから、よく頼んでるの。仕事は丁寧だよ」
仕事は丁寧だけど腕はよくない……か。
ミンさんの性格がよく分かる言葉だ。能力の高さありきで人を見る御影堂会長とは逆で、人格の方を優先して考えている。
会長の方は気に入っていそうなのに仲良くしていないのは、そういうところが真逆の考えだからだろう。
俺としてはどちらのグループも好きなのだが、仲が良くないのもよく分かる。
ミン先輩と大学の方に向かい、その途中でラーメンを食べていく。
以前ヒナ先輩に紹介してもらった研究室で保存食を買い込み、服の制作を断られてから、外のベンチでそのガンスミスと待ち合わせる。
ミンさんは外だとあまり話さないのでぼーっとベンチで待っていると、背はさほど低くなく、むしろ女性の割には高めだがなんとなく体つきが華奢なボーイッシュな格好をした少女がやってくる。
「ども」
「ども。そっちのが藤堂?」
「ああ、うん。そちらのが……」
顔つきも少し幼い。
大学生という感じではなく……中高大一貫校らしいので中学生か高校生だろうか。
そんなことを考えていると、慣れた様子で少女の手が俺に伸びる。
「よろしく。白柳だ」
「……白柳?」
握手に応じる前に思わずその名前に反応してしまう。
確か白柳という名前は今からメンテナンスしてもらう銃の名前にもついていて、その銃を作った会社名も白柳製作所だったはずだ。
「ん? ウチを知ってんの?」
「ああ……いや、まぁ、詳しくはないけど」
握手をしてから拳銃を取り出すと、白柳と名乗った少女は目を少し開いて「へえ?」と笑みを浮かべる。
「ウチのお得意さんだったんだ」
「ん、私があげたの」
「川瀬が? 珍しい。っと、見せてもらうな」
俺の手から銃を取り上げた白柳はジロジロと見て「おー、短時間にかなり使い込んでるな」と感心したような声を出す。
「メンテナンス自体はちゃんとやってるみたいだし、おかしなところはないぞ? ちょっと傷は気になるけど」
「新しくは買えないから、壊れる前に見てもらいたいの」
「ああ、でもこの銃って魔装弾撃てばどうしても寿命が短くなるんだよな。かなり撃ったろ? 短時間に」
白柳の言葉に頷く。
「しばらくは問題なく使えると思うし、同じような使い方するなら消耗品と割り切った方がいいかもな」
消耗品か……。まぁ、あんな無茶な高火力を連発したらそうなるか。
「普通の弾なら問題ないのか?」
「そりゃな、普通の拳銃とは比較にならないぐらい頑丈だし。けど、そういう使い方なら重くて使い勝手が悪いだけだからあんまりオススメしないな」
そりゃそうだ。
けど、せっかくミンさんにもらったものを使い潰すというのは……正直なところ、気が引ける。
「これと同じものは買えないですか、ミンさん」
「ちょっと難しい。だいぶ前に倒産しちゃったし、流通量は少ないから」
……まぁ、仕方ないか。
金も出来たことだし、これは大切に保管して別の銃を探してみるかな。
そう考えていると、白柳が少し驚いた様子で俺に言う。
「そんなにウチの銃が気に入ってんの? 当時は全然売れなかったらしいんだけど」
「ドラゴンに通じた。俺のスキルには攻撃力がないから、手放すには惜しい」
「ドラゴン? ああ、亜竜かなんかのことか。親父が聞いたら喜ぶな。……つまり、藤堂は高火力の拳銃が欲しいのか」
「まぁそこが気に入っていたな」
「うーん、そもそもダンジョン用の拳銃自体が廃れてるからなぁ。騙し騙しこれを使うのが一番……。……いや、藤堂がよければなんだけど、アタシのパトロンになってくれない? アタシがこれから作る銃の試作品を渡すから、それを使ってもらう感じでさ」
パトロン……。
「そっちの採算を考えるとそんなに良い話じゃないだろうけどさ。金とダンジョン産の素材をくれたら、特注のを作ってやれる」
「……つまり、俺の方だけで考えると、割高かつ素材を集めたりする手間もいる。加えて、すぐに手に入るわけでもなく開発に時間がかかる上に性能が不安定な銃をもらうという感じの契約か。……確かに良い話ではないな」
「……だなぁ、悪い忘れてくれ」
そう言う白柳に、俺は手に持っている拳銃に目を向けながら言う。
「いや……長期間いけるかは分からないけど、とりあえず頼んでみてもいいか?」
「えっ、いいのか? 自分で言うのもアレだけど、家に試作用の道具は揃ってるけど、素人に毛が生えたようなもんだぞ、アタシは。そもそも大金渡したらバックれる可能性もあるわけだしさ。普通にちゃんとした銃を買った方が……」
「まぁミンさんが信頼出来ると言ってるから大丈夫だろ」
「川瀬への信頼の厚さはなんなんだ」
まぁたぶん言っている通り、良い話ではないのだろう。
けど、それはそれとして……探索者を続けていくなら火力の高い拳銃は必要で、それに川瀬先輩ほどではないが、銃は好きだ。かっこいいので。
「えっと、じゃあ、頼んでいいか? とりあえず……ダンジョンでしか採れない金属とかほしいんだけどさ」
おずおずと言う白柳の言葉に頷く。
ダンジョンでしか取れない金属を利用した武器というのはよく聞くが、そんな銃は聞いたことがないし、少し楽しみだ。
白柳と別れてミンさんと帰ると、その途中でミンさんが俺をジッと見る。
「よかったの?」
「ああ、まぁ、探索者続けるならいずれ必要ですし。オーダーメイドみたいなものと思えば」
ミンさんは俺の言葉に少し恥ずかしそうな笑みを浮かべる。
「……あ」
「どうしたんです?」
「ん、んぅ……てっきり、私のことが好きだから、私の紹介という理由で引き受けたのかと思って」
いつも通りあまり表情の変わらない人だが、耳は赤くなって照れたような俯く。
「……まぁ、それもありますよ」
好き……というのは、ミンさんのことだから別に異性としての意味ではないだろうと思いながら返すと、彼女は歩いていた足を止めて俺を見る。
「……へ?」
俺はそんな様子に気が付かず、何も気にしないままふたりで寮へと帰宅した。
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