第2話:付き合ってるの?

 昼までしかない授業を終えて、軽く鷲尾と佐伯と雑談してから一度生徒会に顔を出そうとしていたとき、後ろから「どーん!」という楽しげな声と押される。


「やほやほー、ヒナ先輩だよー!」

「うおっと……こんにちは。ヒナ先輩も帰るところですか?」

「いや、ギルドに行こうと。今日は新入生の歓迎会なのだ」


 ああ、もうそろそろ五月に入るころだし、ヒナ先輩達のギルドにも一年生達が入って来たのだろう。


 少し羨ましいな、と、あまりに勝手な感想を抱きながらヒナ先輩の方を向く。

 もう目元の腫れは治っていて、いつもの可愛く綺麗な顔だ。


「ん、どうしたの? あ、参加していく?」

「いや、歓迎会に俺がいたら変でしょ……。今日は生徒会に顔出してきます」

「……ダンジョンには」


 質問をするヒナ先輩の顔が曇る。

 俺はそれに気がつかないふりをしながら、軽い調子で答える。


「いや、しばらくは潜らないです。レベルアップの感覚が治らないですし、槍は折れて、銃はメンテナンスって感じなので」


 ホッと胸を撫で下ろす先輩を見て、罪悪感を覚える。

 けれども謝れば気まずくなることは分かりきっていて、誤魔化すために言葉を探すと、先にヒナ先輩が声を発する。


「そういえば……えっと、変な意味じゃないんだけどね。その……トウリくん、ミンちゃんと付き合ってるの?」

「いや……付き合ってないですけど、どうしてですか?」

「……その、よく一緒にいるみたいだし、ミンちゃんと話してるとよく褒めてるから」


 パタパタと動くヒナ先輩は興味本位で面白がって聞いている……という風に見えるが、なんとなくそれが演技であり何かしらの本心を隠しているのが見て取れた。


 具体的に何を隠しているのかは分からないけれど。


 それにしても……ミンさんがヒナ先輩に向かって俺のことを褒めていた、か……。


 俺のことが異性として好きという話ではなく例のミンさんの計画、俺とヒナ先輩をくっつけた上で間に挟まるという謎の夢のためだろうな……。


「まぁ、そういう関係じゃないですよ」

「そっか、よかった」


 そう言ったヒナ先輩は俺の隣を歩きながら、徐々にゆっくりと顔を赤くしていく。


「ち、違うからっ! よかったって言うのはそういう意味じゃないからっ!」

「お、おお、はい。わかってます、勘違いなんてしませんって」


 俺がそう言うと、ヒナ先輩は赤い顔を手で隠しながら息を整える。


「おほん。探索者学校の生徒の本分は探索だからね。恋愛にうつつを抜かしていてはいけないという、ヒナ先輩の真面目な話だよ、君」


 ヒナ先輩はわざとらしい低い声で、想像上の偉い人の真似をしながら言う。


「分かってますって勘違いなんてしませんって」

「むう、それなら……」


 と、二人で話しながら、生徒会と先輩のギルドまでの共通の廊下を歩いていると、その分かれ道の階段で、ヒナ先輩は立ち止まる。


 それなら少し紅潮した頬を動かして、俺に言う。


「や、やっぱり、していいよ、勘違い。勘違いだけど……してていいからっ!」


 ヒナ先輩は赤くなりながらパタパタと階段を駆けていき、大きな傷跡の残るふとももが俺の目に映ってしまう。


「……勘違い……しそうだ」


 ポリポリと頰をかく。

 ヒナ先輩の体温が移ったみたいに熱くなるのを感じるからこそ、平静を装って生徒会室の扉を開く。


「やあ」

「どうも。あれ高木先輩は?」

「補習だよ。うちの学校は学業は大切にしていないけど、それでも限度というものはあるからね」


 高木先輩、あの感じで勉強出来ないんだ……。


「じゃあ今後の話をしようか」

「ああ、はい。コーヒーって勝手に淹れても大丈夫です?」

「うん。一応は僕の私物という形だから問題ないよ。僕は触ったことはないけど」


 会長と自分のふたつ分のコーヒーを淹れるが、高木先輩が淹れるものよりもどこか香りが良くない。


 座りながらそれを飲むが、手順は変わらないはずなのに高木先輩が淹れたものほどは美味しくない。


「やっぱり高木先輩が淹れたのと味が変わりますね。あんまり味にうるさい方ではないですけど」

「ふふ、まぁね」


 嬉しそうにしながらコーヒーに口をつける会長はコクリと頷く。


「まぁ、これはこれで悪くないよ。……ところで、山本ヒナにしつこく勧誘されてない?」

「されてないですけど、どうしたんですか?」

「いやさ、ほら、出席番号の問題でクラスだと隣の席だから藤堂くんのことを自慢しまくってたんだけどさ」

「カスみたいなことしてますね」

「そしたらなんか逆にドヤ顔で返されて、もしかしたら勧誘が上手くいってるのかと」

「ヒナ先輩は人間が出来てるんで、そんなにしつこく勧誘したりしませんよ」


 というか、仲悪そうなのにクラスで話したりするんだな。この二人。

 少し会話の内容が気になりはするが、ストーカーでもあるまいしあまり詮索ばかりするものでもないだろう。

 俺は一度コーヒーで喉を潤してから会長を見直す。


「それで、今後の生徒会の活動って? 何かしらのイベントでもあるんですか?」

「んー、まぁ生徒会が関わる大きなイベントは、あとは武闘大会と文化祭、それに生徒会選挙ぐらいだね。今の話題は僕の成績のこと」

「あー、前のダンジョン探索は成績に反映されるんですか?」

「されるだろうね。予想としては、アレを含めると山本ヒナともう一人を追い越して、一位タイか、僅差で二位ってところかな」


 ……俺としてはかなりの大冒険のつもりだったんだが、それでもまだ一位だろうと断言は出来ないのか。


 俺の考えが顔から漏れていたのか、会長は残念そうに首を横に振る。


「まぁ、現役の探索者との共闘だからね。学校としてそれを元に高い評価はしないだろうね。あくまでもちょっとした加点だ」

「他の有力な三年生は?」

「そうだね。基本的にAクラスの5位以上が固まって成績がいい感じかな。一人ずつ紹介すると、

 Aクラスの5番、鳳チヒロ。1番と同じギルドの同じパーティ。スキルは『スキルコピー』と言って、五分の間、その時に握手をした人間のスキルをコピーすることが出来る。二種以上の併用は不可。クールタイムが必要で、一回コピーした相手スキルを再度コピーするには三十分の時間を置く必要がある」


 スキルコピーって……かなり強そうだな。

 なんかかっこいいし。


「正直、彼女はさほど僕たちにとって脅威ではない。というのも、制限時間は五分だけだから実質的にパーティメンバーのスキルを使えるだけ。……で、例えば僕や藤堂くんや高木くんのスキルをコピーして意味があるかと言うと」

「まぁないですね」

「コピーしても下準備がいるスキルだと意味がないし、六人パーティが最大だからね。六人の中に同じスキル持ちが二人いて意味があるかというと、まぁそんなにという感じ」


 スキル自体は悪くないが、ダンジョンとの相性は悪いということか。


「それで、もっぱらコピーするのは1番の生徒の【風天廻奏】、空気の渦を操るスキル。攻防共に優れていて、二つあればその分威力が上がるから相性がいい」

「そのスキルはそんなに強いのか?」

「まぁ、出力の高さは本人の努力が由来だけど、単に出来ることの幅が広いんだよね。空気なんてどこにでもあるから使えないタイミングもないし」

「2番のやつは?」

「自己再生のスキル。高木くんのスキルを自分に限定した代わりに出力が高くなっていて自動発動になってるみたいな。パーティだと非常に硬い前衛でなおかつソロでもダンジョンに潜っている、非常に探索頻度が高い生徒だね。スキルの影響で疲れ知らずなのもあると思う」


 まとめると、

 1番:風操作

 2番:自己回復

 3番:身体強化(ヒナ先輩)

 4番:生物召喚(御影堂会長)

 5番:スキルコピー


 ということか。


「ヒナ先輩、そんなに強いんですね」

「山本ヒナは仲間に恵まれてるのもあるよ。問題は闘技大会に関して、僕は不利なんだよね。というか、ルール的に1番の生徒が優勝間違いなしみたいなところがある」

「そうなんですか?」

「上空に飛んで、一方的に風で吹っ飛ばして場外に落としてくるからね」


 ああ……なるほど。そりゃ大抵のスキルのやつだと無理だ。


 それに直接戦闘のみの評価となると、相対的に器用で何でもこなせる会長の評価が下がるのも分かる。


「あくまでもサポート型のスキルだからね。武闘大会は諦めて、探索で差をつけたいところなんだ」

「了解です。……でも、俺と高木先輩と会長の三人だと厳しくないですか?」

「まぁ……そこは適当にウチのギルドから探そうかな。前衛はいい人が欲しいんだけど」


 ……優秀な前衛……か。


「それ、ヒナ先輩じゃダメですか?」

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