第35話:ドラゴンとの対峙

 夜の森の中、爆ぜるような鼓動を鳴らしながら歩く。

 ゆっくり慎重に、一歩一歩、地面の感触を確かめながらドラゴンとダンジョンの出口を見つめながら進む。


 ……獣の臭いがする。血の臭いも。


 大きさは……かなりでかいな。

 寝るために翼をとじて丸まった状態でもちょっとした家ぐらいの大きさがある。


 鱗は分厚そうだ。確かにこれは……たぶん、どうしようもないな。


 今の俺はどこか冷静だが……その冷静さは、おそらく極度の緊張のせいだろう。まるで自分が自分でないような、コントローラーで操作しているようなおかしな感覚。


 地に足がついていない、偽りの冷静さだ。


 けど、都合はいい。ミスもなく歩けている。このままいけば、横を通り抜けることが……。


 ……出来る。そう考えた瞬間の不運だった。


 パキリ、小枝の折れる音。

 ……俺の足元からではない。小さな獣が茂みの奥に見える。


 全力で体を硬直させ、息を止める。


 起きるな、起きるな。と願うが、そのまぶたが持ち上がり、血のように紅い瞳が俺を捉える。


 ああ、終わった。

 せめて他の五人が少しでも楽になるようにと全力で入り口へと走る。途中、木の根に足を引っ掛けるが、手で地面を突いて転けながらも突っ走る。


 少しでも……と、考えていた俺の目の前に、ドラゴンの巨大な尾が現れる。咄嗟に回避しようと跳ねるが避けきることが出来ずに服の端に掠る。


 掠っただけ、そのはずなのに俺の身体は自分意思とは全く違う方向にぶっ飛び、地面に全身を打ち付けるように転がる。


「っ──」


 失敗だ。

 即座に立ち上がり、拳銃を構える

 撤退……いや、撤退するのよりかは出口に向かう方がまだ楽そうだ。


 効かないと分かりながらも、牽制にでもなってくれればと期待して引き金を絞る。


 装弾していた魔石を火薬にした特殊な弾丸が轟音と共に金属の筒から発射される。撃った瞬間に俺の体が後ろに吹っ飛んだせいで、その着弾を確認することは出来なかったが……視界の端に、ドラゴンの出血が確認出来た。


 効果があった。ドラゴンからすれば蚊に刺された程度のものかもしれないが、それでも出血はさせた。


「っうおおおお!!」


 無理矢理自分を奮い立たせて、槍を握りしめて突っ込む。

 即座にドラゴンの尾が飛んでくる。俺は槍を地面にブッ刺して棒高跳びの要領で跳ね飛んで尾を躱し、ドラゴンの体の下に潜り込む。


 ミンさんからもらった特殊弾は威力が高すぎて撃った瞬間に俺の体が動くせいで狙いを定めるのは不可能。

 だが、これだけ近ければどうやっても外しようがない。


 体がぶっ壊れる覚悟で連発し、狙いとは全く違う場所に弾丸がぶつかって鱗を割って皮膚の中に入り込む。


 暗い中で赤い血の色を目印に槍を振るって、銃のおかげで鱗が砕けている部分に槍を突き刺す。


 広がる怪我……けれどもドラゴンの巨体からすれば大したことはないだろう。

 ドラゴンの血を浴びながら距離を置こうとした瞬間に前脚が俺へと伸びる。


 俺と脚の間に槍を挟みながら後ろに跳ね飛んで衝撃を躱そうとするが、全くもって防ぎきれずに跳ね飛ばされる。


 地面を転がり、全身に痛みが走るが身体は動く。


 立ち上がるよりも先に、俺へと迫る大顎に銃を向けて引き金を絞る。何発かの轟音のあと、カチカチと乾いた音が鳴る。


 弾切れ。

 銃弾というよりも音を嫌がっていた様子のドラゴンは再びこちらに首を伸ばす。


 そのとき、赤い影がドラゴンの首に迫る。


「グオオオオオオ!!!!」


 そんな叫び声と共にドラゴンの首に大剣が振り下ろされ、俺に向かっていた顎が大きくズレる。


 大きな鎧と、巨大な剣。

 血塗れのそれは俺の恐怖の象徴のようなものだった。


 【血吠え】そう俺たちが名付けたそのオークは、俺を一瞥してからドラゴンを睨む。


 敵と……認識されていない。


 銃をリロードしながら察する。

 コイツ、俺の銃声に身を隠しながら近づいていやがった。


 銃声と硝煙に音と体臭を隠して迫り、ドラゴンが捕食する瞬間の油断のその一瞬に、渾身の一撃を叩き込む。


「っ……ふざけやがって! そんだけやって、殺しきれてもねえくせによ!」


 ドラゴンの首は多少鱗が砕けて、出血している程度だ。


「俺を餌に釣りをするなら、ちゃんと殺しきりやがれよ、下手くそが」


 痛む体を起こす。おそらく俺もこのオークと同じように血まみれなのだろう。


 ドラゴンの首がオークに向かい、俺は両手で拳銃を構えてその目を狙う。

 衝撃にも幾分か慣れたからか、それとも死にかけの馬鹿力か、反動を無理矢理押さえつけて狙いを定めた。


 ドラゴンの目には当たらなかったが、目の付近に弾丸がぶつかったことを嫌がって身を捩る。


「っ──日本語分かるか、分かんねえだろうな。共闘だ、共闘。やるぞ」


 俺の言葉は理解はしていないだろう。


 ただコイツは同族のためにこのドラゴンを仕留めたい、俺のことは放置していても大して問題ないと考えて、俺に背を向けてドラゴンに刃を向ける。


 今なら、この弾丸なら撃ち殺せる可能性はあるが……。それをしている場合ではない。


 オークがドラゴンに突っ込んだのを見つつ、その横を走って側面に移動する。


 オークの大剣により傷ついた首に槍を突き出して意識を引いている間にオークの大剣が今度は正面からドラゴンの頭部を打つ。


 ドラゴンは反撃とばかりにオークに突っ込み、俺はドラゴンに突き刺した槍を利用してドラゴンの背に飛び乗り、突進の揺れで吹き飛ばされそうになりながら頭部にへと駆け抜ける。


 揺れと共に跳び、落下しながら引き金を引く。

 反動で身体が吹っ飛びぐるぐると回転しながら、音だけで身体を破壊するようなドラゴンの吠え声を聞き、銃弾がドラゴンの瞳を貫いたことを確信する。


 このまま逃げれば……そう考えながらぐちゃぐちゃな体を起こし、ドラゴンを見て……強烈な死の臭いを感じ取る。


 肌を焼くような熱気。まだドラゴンの顎から吐き出されてすらいないのに、漏れ出る熱だけで肌がジリジリと焼けるように痛む。


 不味い、そう思うよりも前にその火炎が吐き出されるが、片目が潰れてもがきながらだからか狙いは全くつけられておらず、そこらに乱雑にばら撒かれるだけだ。


 幸運にも俺に当たることはなく、不運にも出入り口に続く道が火炎に潰される。


「っ……」


 歯噛みしながら、暴れ狂うドラゴンに近づけずにいると、俺の隣をすり抜けるように猛スピードでオークが走ってドラゴンにへと突進するのが見える。


 さっきので死んでいなかったのか。……助かる。


 俺にはドラゴンに正面から挑む力はない。

 リロードしながら、暴れるドラゴンに対して大剣を振るうオークを見る。


 まるっきり怪獣同士の大決戦……だが、明らかにオークの分が悪い。


 ドラゴンの顎がオークを捉えようとした瞬間に、俺の手から放たれた弾丸がドラゴンの口内を破壊してそれを怯ませる。


 その瞬間にドラゴンの頭に大剣がぶち当たり、圧倒的な体格差があるのにドラゴンを仰け反らせる。


 俺はサポートに徹する。

 頑丈なオークを殺しきれそうなドラゴンの攻撃は噛みつきと火炎ぐらいのもので、火炎は連発出来ないのか使う様子はない。


 脚やら尻尾やらの攻撃でオークが吹っ飛ばされるのは許容し、噛みつきなどの致命打にのみ拳銃によって横槍を入れる。


 化け物同士の猛烈な潰し合いのその中……ついに、俺の弾丸が切れる。


 ドラゴンもオークも死に体で、その横で援護していた俺も同様だ。

 誰も彼も、これ以上怪我を負えば死ぬだろう。


 だが、この戦いは……オークの大剣がドラゴンを弾き飛ばすが、すかさず反撃で噛み付く。


 オークの片腕が食いちぎられる。

 ドラゴンの勝ち……なのだろう。なのに、そのはずだと言うのに、オークの目は死んでいなかった。


「グオオオオオオオ!!!!」


 叫ぶ、吠える。血に塗れたままに。

 それは痛みによるものではなく……。そのまま食い殺されようというオークの目が、俺を見る。


 オークの大剣が空を舞う。


「っっっ!! うおおおおおおお!!!!」


 空中でそれを掴み取り、残された力を全て注ぎ込むように全身の力で振り下ろす。


 俺の一撃は何度も繰り返しオークが与えていた傷の上に当たり、確かな手応えを俺の腕に返す。


 間違いのない致命傷。だが完全に死に至るまでには、ほんの僅かな猶予があった。


 空中で身動きの取れない

 力を出し切った俺に対するドラゴンの突進。


 俺の身体は呆気なく吹き飛び、折れた木にぶつかって止まる。

 口から血を吐く……いや、吐き出す気力もなく、漏れ出るというのが正しい表現だろう。


 ドラゴンが光の粒となり消えていくのを見ながら、動かない体を動かしてオークの元に向かう。

 

 オークは半身を喰われており、あと数十秒の命というところだろう。


「…………。馬鹿だろ、お前。ユニーク個体じゃないお前以外のオーク、感情とか、そういうの、たぶん、ないぞ」

「……」

「命を懸ける意味とか、なかっただろ」

「……」


 言葉なんて通じていないだろうに、けれども何かを言い返すようにオークは血を吐き出す。


 死に体のその瞳を見て、分かる。分かってしまうのだ。俺もそうだから。


「……寂しかったのか」


 命をかけなければ、自身の価値を他者に見せなければ仲間など出来ないと思っているからだ。


 俺は弾切れの拳銃を持ってオークに向ける。


「……」

「……またな」


 カチリ。無意味な引き金の音と共に、オークの身体が光の粒になって山の中に溶けていく。


 暗い夜、まるで星が生まれたときのように淡い光が天に昇っていく。


 偉大な戦士だった。

 などと、俺みたいな男が口にするのは汚すようで気が引けた。


 夜の風を浴びて数秒。

 俺はその場に倒れ込みながら、最後の力でスキルを発動させた。

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