第34話:迷宮改変

「まとめると、おそらくこの未発見ダンジョンの中には、ドラゴンとユニーク個体のオークがいる。ドラゴンはオークを主食にしていて、ユニーク個体のオークによって避難用の洞窟が掘られて学校のダンジョンと繋がった……。ということか。コウモリ、こういうことってあるのか? 俺は素人だからよく分からないが」


 コウモリは考えながら頷く。


「あり得なくはない。けど、実例とかは初めてだろうな。……どうしたもんか。このパーティだとかなりキツイ」

「……まぁ、撤退かな? コウモリさんのメインパーティの人達とか、ドラゴンと相性のいいスキル持ちとかに任せる感じで」


 ……それが妥当か。思ったよりも厳しい内容かもしれない。

 ドラゴンらしきものの音を聞いただけでも今回の収穫は十分だったと思おう。


 とりあえず、一度帰ろうという意見がまとまった中、唐突に地面が大きく揺れる。


「じ、地震?」


 高木先輩の声をコウモリが否定する。


「縦揺れと横揺れがあまりに不規則だ。地震じゃない。これは──」


 帰ろうとしていたオークたちが掘った穴が崩れていく。地震で崩落したというよりか、何者かの意思によって変形させられたような……。


「ダンジョン改変だ!」


 コウモリが叫ぶがもう遅い。

 来た道が崩れて、帰り道が失われる。無理矢理突っ込んでも……無理だろうということは想像に難くない。


 冷や汗が出る。

 ダンジョンの本来の入り口はあるだろうが……。それがどこにあるのかは不明だ。


「か、会長」


 高木先輩は会長に頼るように目を向けて、会長は無理に笑みを作る。


「……まぁ、平気だよ。厄介なモンスター自体はいるけど、このパーティなら幾らでも避けられる」

「で、ですよね」


 俺がコウモリの方に目を向けると、彼が上を向いて冷や汗を垂らしていることに気がつく。


 ……山の頂上の付近。おそらくはダンジョンの出入り口があるだろう高い位置に……木が見えた。


 この距離でも分かるほどの大きさの立派な大樹が。……先程のカブトムシのモンスターは、おそらく餌場にいたがドラゴンから逃げてきたのだろうという話だった。


 あの大きさのカブトムシが満足するだけの樹液を持っていそうな、その大樹が出入り口付近だろう場所にあり、おそらくドラゴンが陣取っている。


 ……仮定に、仮定に、仮定に、仮定を加えたような不確かな推測。


 コウモリが俺の視線に気がついたように見返してきて、真剣な表情で、その表情のみで俺に伝える。


「今、気がついたこと、何も言うな」と。


 いいのか? 本当に言わなくていいのか?

 と迷うが、明らかに動揺している高木先輩と鷺谷を見ると口にするのもまずいように思える。


 一番冷静なのはコウモリだろう。

 ある程度落ち着いているのは、俺と黒路と会長。


 ……一度仕切り直すために俺のスキルの中に入りたいが、何をどうやって落ち着かせるかの算段も立っていないなかで、ゆっくりと話が出来る……話が出来てしまう環境に向かうのはマズイ気もする。


 へらり、笑ってみせる。


「まぁ、元々地上との入り口は探す予定なんであんまり関係ないでしょう。そもそも、そういう対策で俺がこの場にいるんですし」

「……そうだね。ダンジョンの難易度自体はそれほどでもないはずだし、ドラゴンとオークにだけ気をつけていたらいい」


 俺と会長がヘラヘラと話していると、高木先輩は少し落ち着きを取り戻す。


「……藤堂」


 コウモリが俺の名をボソリと呼び、俺は頷く。

 ふたりで話がしたいということだろう。


「少し探索してから、スキルの中で休むか。……コウモリ」


 コウモリは頷き、少し全体的にまごつきながらも六人で探索に戻る。

 斥候とその補助として、他の四人からすると少し前で、小声でコウモリと話す。


「……ドラゴンが出入り口付近に陣取っている可能性は、どれぐらいだ」

「まぁ、半々ってところだな。天辺に入り口があるか、ドラゴンが存在していてそこにいるかどうか、どちらも含めて、半々だ」

「勝つのは?」

「無理だ」


 コウモリはバッサリと切る。


「ババアのスキルは龍鱗を貫けないから効果はないし、鷺谷は純粋に力で押し負ける。俺は当然無理。一番通じる可能性があるのはお前のとこの生徒会長だが……ドラゴン倒せそうか?」

「無理だろうな。……なぁコウモリ、最悪の場合の話として」


 俺の言葉を遮るようにしてコウモリは頷く。


「ああ、分かった」

「……まだ何も言ってないが」

「察しはつく。お前のスキルの中に五人とも入って、ドラゴンの横をすり抜けるってところだろ。六人で避けるのよりかはひとりの方が見つかりにくくてやりやすいだろうしな。死んだらどうなる?」

「スキルの感覚的に、俺が死んだ瞬間に中のやつは出てくる。……会長達にこの作戦は言えない。外に放り出されたら、コウモリが率いて出入り口に突っ込め」


 最悪の状況……。

 出入り口付近にドラゴンが陣取り、避けることが難しい場合のことだ。


 俺が単独でドラゴンから隠れながら出入り口に向かい、脱出に成功すればそのまま五人をスキルから出して終わり、失敗して俺が死んだら残りの五人がそのまま出入り口に向かう。


 六人でゾロゾロ歩くよりかは一人の方が見つかりにくいだろうし、俺が死んだとしても出入り口の近くまで近づけていれば残りの五人の生存確率はそれなりに高いだろう。


 ……そうする必要がなく、ただ普通に出口を見つけられたらいいのだが。


 コウモリが俺を見てボソリと呟くように言う。


「遺書、書いて俺に渡しとけ」


 ……半々というのは、俺への慰めかもしれない。

 しばらく頂上を避けて探索を続けるが、ダンジョンの出入り口は見つからない。


 一度スキルの異空間に入り休憩を取りつつ、隠れてコソコソと机に向かって紙を広げる。


 ……誰に何を書くべきか。


 まず、身内は祖母だけだから祖母には書くだろ。

 内容は、いい孫になってやらなかったことを謝るのと、葬式はあげなくていいこと、それと父の心中を止められなかったことを謝るか。


 中学生の頃の知り合いは佐倉ぐらいか。

 やっぱり謝るのと、それからデートが楽しかったこと、告白してくれたのが実はすごく嬉しかったこと。……それに、俺がしょうもないやつだったと書き記しておこう。


 他は……会長には約束を守れなかったことを謝るのと、後は適当に悪口でも書いとくか。


 高木先輩には会長も高木先輩のことを好きということを教えといてやるか。

 上手くいきそうなのに、俺が死んだせいで微妙な感じになったら嫌だし、会長と幸せになれるように祈るとも書いておこう。


 川瀬先輩には、世話になったお礼と、仲良くしてくれたのに死んだことのお詫び。

 それから男との距離感が近すぎることについて注意しておくか、美少女なのに警戒心がなさすぎて心配になる。


 ……ヒナ先輩には、何を書こうか。

 そもそも遺書を書くような繋がりだろうか。俺からすると大切な人だけど、ヒナ先輩からしたらただの後輩かもしれない。


「……いいか、どうせ、読まれることになるのは俺が死んだあとになるんだしな」


 思うことを書いていく。

 ヒナ先輩のおかげで世界が広がったようだとか、寂しかった隙間を埋めてくれたこととか、尊敬していていることや、話していて嬉しかったこと。


 思うがままにペンを走らせていると、すぐ後ろから足音が聞こえて振り返る。


「遺書じゃなくてラブレターでも書いてんの?」

「遺書の書き方なんて知らないから適当に。この年で遺産とかもないしな。というか、覗くな、しっしっ」

「……俺に恨み言のひとつでも言わないのか?」

「八つ当たりなんてしねえよ。ガキじゃあるまいし」

「ガキではあるだろ」

「俺からの恨み言はないけど。……悪いな、恨まれる役ではあるだろ。ちゃんと渡してくれよ」


 遺書をまとめてコウモリに手渡す。

 ……遺書を渡す役なんて、したいはずがないだろう。恨まれるだけの損な役回りだ。


「……あいよ、お前が死んで、俺が生き残ったときだけな」


 それから数日、このパーティで探索を続ける。

 その探索自体に対して問題はなかった。


 けれども、ああ、最悪だ。……ドラゴンがいるダンジョンの出入り口のすぐその前に。


 作戦は夜に決行する。

 俺のスキルの中で、コウモリとふたりになりお互いに「頼んだぞ」とだけ言って、俺はひとりだけで外に出る。


 これで、俺が死ぬか、ダンジョンの外に出て扉を開けるかするまでは五人は俺のスキルの中で閉じ込められることとなる。


 会長達が外に出る方法はない。


 ……コウモリが今回の作戦について他の四人に説明するための三十分の間だけ、出入り口には向かわずにその場で何もせずに待つ。


 三十分後……眠っているドラゴンの横を通り抜けられるか、それとも目を覚ましたドラゴンに殺されるか。


 ……遺書、もう少し綺麗な文字に書き直したかったな。他にも色々書きたいことがあったように思う。


 夜の山の、冷たい風が俺の背筋を撫ぜていく。


 ……よかった。

 夜の深い闇のなか、そう思ってしまうのだ。

 俺がここにいなければ、ダンジョンの改変に巻き込まれたのは別のやつだっただろう。


 それだと、この作戦よりも成功率が低いはずだ。

 だから、よかった。


 ……心の底からそう思ってしまうのが、俺が他者を傷つける最悪の悪癖なのだろう。


 時間を見るために持ってきたスマホ。

 いつのまにか三十分経っていて、もう行かなければいけない時間だ。


 一度ポケットの中にしまって、それからやっぱり取り出して、圏外だと分かっているのにヒナ先輩に電話をかける。

  

 スマホに映った圏外の表示を無視して、スマホを耳に押し当てた。


 何も聞こえるはずはない。

 馬鹿なごっこ遊びに興じる自分を笑ってからスマホをもう一度ポケットにしまう。


「……行くか」


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