第32話:将来

 川瀬先輩と寮の食堂で食事をする。

 少し早い時間だからまだ生徒はまばらで落ち着いた様子だ。


「藤堂くんは、あんまり食堂使わないの? 慣れてないみたいだった」

「あー、なんやかんやずっとダンジョンに潜りっぱなしだったので」


 食堂の中にいる生徒たちの多くは私服や部屋着で、ふたりとも制服である俺と川瀬先輩は少し浮いて見える。


「……生徒会、このまま続けるの?」

「まぁ、そりゃ、色々世話にもなってますし。まぁ、会長が辞めるまでは……。次の生徒会長が決まったら辞めますけど。というか今の生徒会が解散になるので」


 やっぱり川瀬先輩としてはあまり面白い話ではないのだろう。

 ヒナ先輩によくしてもらっている俺が、仲の悪い会長の元で動いているというのは。


 まぁ、今の生徒会の活動は俺のワガママが主な理由だが。


「次期はやるつもりはないってこと?」

「そうですね。特別な理由がなければ」


 生徒会に入ったのは最初は権力目的で、今は会長に対する義理だ。


 権力の後ろ盾がOB会である以上は、俺が生徒会を継続しなくとも、卒業後も会長のおかげで学内ではそれなりに力のある立場のはずだ。続ける意味はない。


「……よくわかんない。藤堂くんのこと」

「……えっと、怒ってます?」

「怒ってないよ?」


 先輩は食事中はあまり喋らないタイプなのか、もぐもぐと無言で食事を続ける。

 怒ってはいなさそうで、本当に俺の考えが分からないという様子だ。


 ……俺は俺で、川瀬先輩のことがよく分からない。


 単に世間知らずで友達が少ないゆえの距離感かと思ったけど、どうにもそれだけではないように感じる。


 ……いや、よく考えたら俺も似たようなものか? ホイホイと先輩の自室についていってるし。


 わりと似ているのかもしれない。俺と川瀬先輩は。


 食事を終えて先輩の部屋に入ると、先輩は俺に言う。


「見せて」

「えっ、ああ、銃ですよね」


 スキルの部屋の中まで取りに行ってそれを川瀬先輩に渡すと、机の上で手慣れた様子で分解していく。


 俺もこの一週間でそれなりに整備のために分解はしたが、手際があまりにも違う。


「……うん、たくさん使ってるね」

「分かるものなんですね。発砲で傷ついたりするんですか?」

「いや、匂い」


 ……俺、そんなに匂うのだろうか。

 まぁダンジョンの中だと身体を拭いてただけだけど……。今日は少し長湯しよう。


「……威力足りてる?」

「えっ、ああ、いや……これから探索するので分からないですけど。今の強装弾より強い弾なんてあるんですか?」

「うん。その拳銃でしか撃てない弾が。……魔石を火薬に使った弾丸」


 魔石って……いつも拾い集めているあれか。

 確か燃料として優秀だから売れるとは聞いていたが……火薬としても使えるのか。


「そんなに強いんですか?」


 川瀬先輩は制服のブレザーを脱いでハンガーにかけながらコクリと頷く。


「今は廃れたけど。昔は『銃が効かないならもっと強い銃を』という考えで、徒歩で携行出来る強い銃を作る風潮があって、そのときの技術」

「今でも結構反動強いんですけど」

「私は撃ったら骨折れた」

「じゃあダメでは……」


 川瀬先輩は銃弾の入った箱を俺に渡す。


「藤堂くんは、私よりも丈夫」

「いやそりゃそうですけど……。折れなくても、そんな威力のやつは当てられる気がしません」

「お守りにでも」

「物騒なお守りだ……。あ、先輩、この銃とかのお礼をしたいんですけど、先輩って好きなものとかあります?」

「ヒナさん、とか?」

「それは俺にはどうしようもないですね……」


 先輩は俺に銃を返してそれから俺のことをジッと見る。


「……ヒナさんに不満とかあるの?」

「いや特にないですけど」

「仲良しの人とは、ずっと一緒にいたくない?」


 心底不思議そうな川瀬先輩の言葉。

 俺は少し困りながら、先輩の方を見る。


「……私は、ずっと仲良しの人と一緒にいたいな。卒業したら、ヒナさんや藤堂くんと住みたい」

「それは……ヒナ先輩が嫌がるのではないか……? 男と同棲は、流石に」


 川瀬先輩は不思議そうに俺を見る。

 ……分かんないかぁ。


「仲良し、一緒、楽しい」

「いやまぁそれはそうなんですけど、色々そう出来ない理由がありまして。……川瀬先輩、だいぶ失礼なことを聞くんですけど、家族っていますか?」


 先輩は「なんで分かったんだろ」というような表情で首を横に振る。


「ずっと前に、みんな、いなくなっちゃった」


 ……ああ、なるほど、それでか。

 それでなのだろう。


 家族もおらず、友達もおらず、本当に極度に人との関わりが少ないからゆえのおかしな距離感。


 ……それなりに、少し俺も似たようなところがあるからか、共感してしまうところも多い。


 俺の場合は見栄があったりとかでヒナ先輩にそこまで甘えたりはしないが、まぁ似たような感覚はある。


 家族にしてみたかった甘え方を、許してくれそうな人にしてしまうというのは……俺にもよく分かるのだ。


 だから、川瀬先輩のこの距離感の近さを拒否しきれないでいるのだろう。


 数秒の間、先輩と見つめあって、それから口を開く。


「……先輩、失礼なんですけど、頭を撫でていいですか?」

「……ん」


 特に抵抗もなく差し出された頭をよしよしと撫でる。

 細くサラサラときめのある髪質。ぐちゃぐちゃにしてしまわぬように丁寧にそれを触る。


 共感と同情によるものか。

 あるいは俺自身が『誰かにこうしてほしかった』ということを考えていたのを、自分が他者にすることで発散しているだけか。


 後輩の男に頭を撫でられているという妙な状態なのに川瀬先輩は特に疑問に思った様子もなくされるがままだ。


「……藤堂くんは、寂しがり屋さんなんだね」


 俺が先輩への理解を深めるなか、先輩も俺を見てそんなことを口にした。


 会話も少ないなかの妙ちくりんな相互理解。


 俺が自分のなかにあるものを投影してこの少女を見ているように、彼女も自分自身の感じたことを俺に写しているのだろう。


 ポツリポツリ、窓の外で雨の音が聞こえてくる。


 いつもよりも遠くに聞こえるのは、それなりに高い階で雨粒が地面を打つのが遠いからだろうか。


 物に押されて狭い部屋の中、まるでこの場所だけが世界から取り残されているように思えた。


「……スキルってさ、人の精神がどうこうで決まるらしいですね。本当かは知らないですけど」

「うん」

「俺の【404亜空間ルーム】は、たぶん、両親と一緒にいたあの日が恋しいからです。もう存在しないあの部屋が愛しいからです」


 川瀬先輩の手が俺の頭に触れる。


「……よしよし」

「ヒナ先輩の優しさを素直にそのまま受けられないのは、先輩たちのギルドに入らなかったのは、俺が弱いからです。自分自身に価値がないと思っているから、申し訳なくて受け入れられないんです」

「……ああ、うん。そっか。そうだよね」

「そうなんです」


 川瀬先輩は何も言わないが、けれどもぎこちない下手な微笑みをくれる。

 たぶん、ヒナ先輩にしてもらって嬉しかったことの真似をしているのだろうなと思った。


 一度、風呂に入るために別れてそれから部屋に戻ってくる。


 濡れた長い髪をドライヤーで乾かしている先輩を横に、借りた銃の雑誌をペラペラとめくる。


 それなりに長い時間、会話もない部屋の中だけど気まずさは感じない。


 各々自分のやることをやっているうちに部屋の周りも静かになっていく。


「そろそろ寝る?」

「ああ、そうですね。……スキルの中で寝ますよ」

「んー、パジャマパーティの意味がないような」

「いや、二人ともジャージですし」

「確かに」


 謎の説得をして、スキルの扉は開けっぱなしで中に入って寝室で寝る。


 その夜遅く、ふと、足音が聞こえたと思ったら、川瀬先輩がむにゃむにゃと眠たそうな目で俺を見ていた。


「ん……」

「あ、どうしたんですか?」

「言い忘れてた、おやすみ」

「ああ、おやすみなさい。川瀬先輩」

「それと……ミンでいいよ」

「えっ、あ、ああ、ミン先輩」


 先輩はまだ帰らず、眠たそうに俺を見ている。


「あー、ミンさん」

「ん」


 満足したようにぺたぺたと歩いて帰っていく。なんだったんだろうか。



 翌朝、制服に着替えた川瀬先輩……ミンさんと朝食を食べてから二人で学校に向かい、玄関で別れる。


 生徒会室に入ると鷺谷以外はきており、黒路にニヤニヤとした顔で背中に触られる。


「ふふ、昨夜はどうじゃったのじゃー? この色男め」

「色ボケババア……。コウモリ、どうにかしてくれ」

「俺に振るな、俺に」


 待ち合わせの時間まではまだ早いので、雑談でもしようかと考えるもあまり話題がない。

 ……そういや、昨日ミンさんが将来の話とかしていたなと思いだす。


「雑談なんですけど、会長って将来何をするつもりとかあるんですか?」

「僕かい? そりゃ探索者だよ。しばらくはツテを辿ってどこかのギルドに入るかな。藤堂くんが卒業したら独立するかも」

「まぁそりゃそうか。……高木先輩は……会長についていきますよね」


 と、俺が言うと照れたように微笑む。


「コウモリはどうするんだ?」

「俺は今がその将来だよ。なんで学生のノリで話しかけてくるんだよ、どう見てもおっさんだろうが」


 当然だけど、みんな探索者か。世間も狭くなりそうだし、そりゃOB会も力を持つよな。


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