第28話:現役探索者たち

 昨日買ったマグカップを生徒会室に置いて、高木先輩にコーヒーを入れてもらう。


「あ、これお茶菓子です。会長が好きそうな甘いのを買ってきたんで」

「あっ、ありがとうございます。可愛いマグカップですね。自分で選んだんですか?」


 本当は佐倉が選んだものをお揃いで買ったのだが、それを言うのは気恥ずかしくて頷く。


「ほら、結構大きくて、高木先輩のコーヒーがたくさん飲めるかと思って」

「ふふ、ありがとうございます」


 ああ……会長が絡まないと本当にいい人だな。と、考えていると生徒会室の扉が開いて会長が三人の男女を伴って現れる。


「お、もう集まっているね。感心感心。紹介するよ。こちらの二人が生徒会の実働メンバーの高木くんと藤堂くんだ」


 件の現役の探索者だろう彼らは俺たちを値踏みするように見て、俺も同じような視線を彼らに向ける。


 一番前にいるのは、無精髭の生えた小男だ。年齢は二十代後半から三十代半ばまでと言ったところだろう。


 次に目に入ったのは全身甲冑を纏った謎の人物。まだダンジョンに入る前だというのにその格好なのは何故だろう。


 最後に、明らかにこの場にそぐわない小さな童女が面白そうに俺を見て、これまたこの場にはそぐわない着物の袖で口を隠しながら笑う。


「よ、俺はコウモリだ。本名はゆえあって名乗れないがよろしく頼む。こっちの二人は普段同じパーティじゃないんだけど、それなりの高ランクで集まったのがこれだけって感じだな」


 男の言葉の後に童女が続く。


「ふむ、儂は黒路千代という。よろしくのぅ」

「あ、これはちっこいけど俺の爺さんがガキのころからガキらしいからな。少なくとも80歳以上の妖怪だから」

「これ、あまり失礼なことを言うでない。まったく、子供らが驚いてしまうではないか」


 黒路と名乗った童女は横だけ編んだ黒い髪を揺らしながらソファに座る。


 どう見ても佐倉よりも歳下にしか見えないが……。スキルというものがある以上、ありえない話ではないのかもしれない。


「そちらの彼女、鷺谷は少し照れ屋での。顔を見せたり声を出すのが恥かしいらしい。愛想は悪く見えるかもしれぬが、良い子じゃよ」

「……」


 これはまた……濃い三人だ。

 あの鎧の人、女性だったんだな。


「えっと……コーヒー、大丈夫ですか?」

「おー、ありがとさん。ふたりは?」

「ミルクと砂糖があればいただけると助かるの。鷺谷は……いらぬようじゃ」


 鎧の女性はソファにも座るつもりはないらしく、立った姿勢を堅持している。

 まぁ、このまま話せばいいか。


「さて、まぁ、一応おさらいだけど、藤堂くんが見つけた新しいダンジョンへの入り口だが学生の手に負えるものではないという判断から、生徒会の権限で外部から十数名の探索者に依頼した。僕達生徒会も生徒の代表として参加したいと考えているけど」

「邪魔だな」


 御影堂会長の言葉をコウモリがバッサリと切り捨てる。


「謎のダンジョン。しかもBランクパーティが手傷を負って帰ってくるほどだ。お守りをしながらというのはな」

「儂からすればそなたも子供じゃが……そうじゃな。御影堂と言ったか、そなただけなら構わぬよ」


 ……ああ、まぁ、そうだろうな。

 御影堂会長はこの三人の中だと別格に強い。


 おそらく、この三人の脚を引っ張ることはないだろう。


 それが現状で、現実だ。


「あー、まぁ、それなら俺もアリかな」


 黒路の言葉に頷くコウモリ。

 会長は返事をしない。俺の言葉を待っているのだろう。

 生徒会の三人が参加するのは、俺のプライドの問題だからだ。


 俺はゆっくりとコーヒーを飲み、それから来客の三人を見る。


「試験をする予定だったんだろうに。対面してそれを覆すのは、学生相手にビビったようにしか見えないぞ」


 ハッタリだ。

 俺でも現状の実力不足は理解している。


 コウモリは「ひゅー」と口笛を吹き、黒路は感心したように俺を見る。


「俺がひとりで探索していてひとりで発見した。学校のルールに従って他の生徒に被害が出ないようにしたが、この分だとその判断が間違っていたと言わざるを得ないな」

「……ふーん?」

「六人揃って敗走した奴らと同格だろう。加えて、そもそもの依頼主はこちらだ。決定権は俺にある」


 全てハッタリのでまかせだ。

 俺の言葉に御影堂会長が乗っかる。


「ははは。とのことだけど、どうする? 別に降りてもいいよ。綺麗な女性ふたりとお近づきになりたかったので残念ではあるけどね」


 御影堂会長の軽口に俺も表面だけ笑って、それからもう一度彼らを見る。


「俺の方が強い。そう言っている」


 この場において一番弱い俺が真顔でこんなことを言うのは滑稽だろう。

 事実としてコウモリは笑っていて、御影堂会長もヘラヘラとしながらも少し冷や汗を流している。


 そんななか、口を開いたのは黒路という童女だった。


「……確か、そなたは希少個体と出会ったそうじゃな」

「ああ」

「それでまたその相手との戦いを望む、と。おのこじゃのう。……コウモリ、儂は賛成に変えよう」

「マジかよ婆さん……」

「愛いではないか。己が誇りのために、力量不足を理解しながら立つというのは」


 全部バレている……バレた上で、認められている。

 童女は着物の袖を抑えながらコーヒーを口にする。


「今時珍しいおのこじゃ。愛い愛い」

「この色ボケババアがよぉ。俺はやってらんねえからな。子守りなんて」

「よし、じゃあコウモリさんだけクビってことで。あと一人だけなら別の探索者から用意出来るし。なんなら山本ヒナ辺りを巻き込んでもいい」

「は、はあ!? 俺の方が追い出されるのはおかしいだろ!」


 慌てるコウモリを見て、黒路が笑う。


「仕方なかろ? 反対しているのはそなただけじゃ。ババアはこやつが気に入った。なかなかどうして、反骨心があってハンサムじゃないか」

「クソババア……。ちっ、元々試験を課して合否を決めるって話だったろ。それでいい」

「んー、どう思う。藤堂くん」

「まぁ、どうしてもということなら検討してやらなくもない」


 俺の偉そうな言葉に御影堂会長は吹き出して、黒路も袖で口元を隠してクスクスと笑う。


「よし、じゃあ予定通りということだね。早速行こうか」

「納得いかねえ……」


 振り回して悪いな……と、多少思いながらもそのままダンジョンに向かう。


「それより、お前たち手ぶらだけどどうするつもりだ」

「手ぶらじゃないよ。藤堂くん」


 会長に言われるままスキルを発動して中から武器を引っ張り出す。

 俺のスキルをはじめて見る三人は目を見開いて俺を見る。


「……空間スキルって、マジか。はじめて見た」

「ほう、なるほど。なかなかどうして……」


 驚く三人を見て、何故か会長が自慢げに笑う。


「まぁ、藤堂くんの優秀さのうちスキルが締める割合は一割にも満たないけどね。さて、ダンジョン探索と行こう。今日は五階層まで潜って、一階層に戻ってから戦闘試験といこうか。まぁ、自己紹介もかねて軽くいこう」


 そう言いながら会長はポンとコウモリの背中を叩き、その隙にスキルによる文字の蛇をコウモリの背中に這わせてすぐに文字へと戻す。


 会長はそれを見ていた黒路に、口元に指をおいて「しーっ」と秘密にするように頼む。


「ふふ、ふたりともなかなか面白いのう。受けてよかった」


 この会長のあまりに堂々とした悪巧みはそんな評価でいいのだろうか……。


 まぁいいならいいか。相手は格上で手を抜ける相手ではないだろうしな。

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