第26話:真剣な話

 会長は本当に楽しそうに笑う。

 先程までの神妙な表情が嘘のようにだ。


 へらり、会長の笑みが俺に向けられる。


「時に藤堂くん。君が生徒会に入ったのは山本ヒナを脅迫するためで、高木くんは僕を支えるためだ」

「そのネタまだ引っ張るんだ……」

「で、じゃあ僕はなんでだと思う」


 会長は悪戯な様子でクッキーを齧ってコーヒーを飲む。


「まさかさ、学校をよくするためとか、みんなのために生徒会長になりました……! なんて、ご立派な人間に見えるかい?」

「……どうしようもなく身勝手な人に見えますね」

「じゃあ、そうなんだろうね。御影堂クイナは身勝手な理由で生徒会長をやっているし、それなら手を尽くしていい成績を取ろうとしているのもきっと身勝手な理由なのだろう」


 最悪なことを自信満々にぺらぺらと語る。

 コーヒーは少し冷めたのに、御影堂会長はその熱が移ったように楽しそうだ。


 丁寧に座っていた脚を崩して、品もなく脚を組む


「高木くんは家のために偉い人と政略婚。僕は身勝手な理由で権力やら実績を求めている。……さてさて、どう思う?」


 どうもこうも……ほとんど答えのようなものだろう。

 御影堂会長は、結婚する花嫁を攫うために生徒会長をやっている。


「最悪ですね。……これは、褒めてます」

「褒め言葉はありがたく受け取ろう。僕は……俺は最悪な人間だ。もっと不幸な人間がいようと、贔屓をして助ける相手を選り好む」


 完全に、無意味なお節介だった。

 初めから御影堂会長はそのつもりでやってきていたのだ。


 惚れた女のために生徒会長をやって、成績も第一位を目指しているのだ。


「……実際、生徒会長やってたら上手くやれるもんなんですか、許嫁を奪うの」

「天秤のようなものさ。メリットを積み上げてこちらに傾けば奪っても許される。今の時代、高木くんの父も娘の意向を完全に無視というわけにはいかないだろうから、それなりに僕の優秀さと影響力を証明出来ればそれでいのさ」

「……高木先輩はこのことを」

「さあ、内心気が付いてはいると思うよ」


 はあ……完全に無駄な節介で、無意味に話に突っ込んだだけだ。


 会長は最後の一滴までコーヒーを飲み干して、それから俺を見る。


「それで、僕は君の憧れでいられているかい?」

「……話す順番、わざとズラしただろ。最初から「好きな子と結ばれるために頑張ってます」と言えばいいのに、性格が悪い」

「ははは、でも、これには意味があるんだよ」

「……意味?」


 と、俺が尋ねると、会長は心底楽しそうに言う。


「さっき、君は「花嫁を攫え」とまで僕に言ったよね」

「……」

「ああ、そこまで君は高木くんのことを慮ってくれていたのだ、僕にそうすることを強要する程度にも。………それで、そこまでの内容のことを口にした藤堂くんはさ、もちろん僕に協力してくれるんだよね? だって花嫁を攫えとまで言っといて『自分は無関係です』なんて態度はないよね」


 こ、この……。


「クソ会長がぁ……」

「ははは、いい相棒を持って僕は幸せ者だよ。そこまで僕らの仲を心配してくれるなんてね」


 嵌められた。完全に嵌められた。

 くそ……アレだけ言ってしまった手前、「じゃあ頑張ってね」とだけ言って放置するような無責任なことはとてもではないが言うことは出来ない。


「しますよ。すりゃあいいんでしょう、協力すりゃあよ。でもギルドには入らないですからね。あくまでも臨時のメンバーとして、会長が一位になるのを支えますよ」

「いやー、そうかい? わるいねー。じゃあ、この新規ダンジョンの話が落ち着いたら、またダンジョンに潜ってレコード記録でも塗り替えようか」

「カスがよぉ……。あー、もう、俺も寝るんで。レベルアップの感覚がかなり強いんで、明日の探索は遅めでお願いします」


 立ち上がって一人用の方の寝室に向かうと、会長は面白いものを見るようにひらひらと手を振る。


 俺が会議室の扉を閉める直前、会長は俺に言う。


「……僕が一番尊敬する人は、君だよ。おやすみ、藤堂くん」

「雑な世辞ですね、おやすみ」


 寝室に入り、寮のものよりも寝心地のいいベッドに身を沈める。


 ああ……ヒナ先輩には悪いことをしてしまう。まぁ、あんまり順位とかは気にしていなさそうなのが幸いだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ダンジョンでの合宿の最終日である土曜日。

 最後にエリアボスと呼ばれる強敵に三人で挑む。


 ストーンゴーレムと呼ばれる石の巨人……その変種のアスファルト版。


 アスファルトゴーレムとでも言うべきそれに、俺が単独で突っ込みその両隣を文字の虎が駆ける。


 動き始めたゴーレムの膝に槍を振るう。固く貫くことは出来ないが、削ることは可能だ。


 腕を避けて、片側の脚に掠らせるように槍を振るって削っていく。

 猛攻を続けているうちに息が切れ始め、視線を高木先輩に移すと、高木先輩が駆け寄ってきて俺をスキルで回復させる。


 再びの猛攻の後、一瞬ゴーレムがグラつき、御影堂会長はそれを見逃さずに銃を乱射し、当たった弾からも外れた弾からも大型の鳥が現れてゴーレムの頭に群がる。


 ゴーレムの意識が上に向いたときを見逃さず、高木先輩のメイスがゴーレムの削れた膝にぶち込まれて、ゴーレムはカクリと膝をつき、その瞬間に文字の虎たちが飛びかかる。


 それでもまだ耐えようとしたゴーレムの背に飛び乗り、後頭部に拳銃の弾を連発して無理矢理地面に倒す。


 倒れてもなお立ちあがろうとするゴーレムの背中に槍を突き刺す。


「御影堂ッ!」

「分かってる。来い」


 俺の槍に宿っていた御影堂会長のスキルの文字が解放される。

 御影堂先輩の持つスキルによって出すことの出来る、最大の生物。


「【セコイアデンドロン】」


 ゴーレムの背中に馬鹿げた大きさの樹木が発生し、地面に押し込める。


 本来なら直径で10メートルを越える幹の太さと100メートルに迫る高さの樹木らしいが、場所に合わせて大きさをセーブしているそうだ。


 倒れた状態で木によって押し潰されたゴーレムに向かい、三人で殴って頭部を破壊する。


 エリアボスであるゴーレムが光の粒になったのを見届けて、会長は出していた文字の生き物たちを本の中に片付けていく。


「よっと……。余裕……とは言わないけど、怪我や損耗なしに倒せましたね」

「そうだね。やっぱり僕のスキルを藤堂くんの槍に載せるのはかなりアリだね。タイミングは難しいけど、高い火力を出せる」

「もっと私も最初から前に出て、藤堂くんが疲れる前にスキルで回復させるべきでしたか?」

「んー、いや、その方が早いかもしれないけど、事故が怖いかな。このパーティの生命線だからね」


 少しの反省会はするが、空気はかなり明るい。

 というのも、このアスファルトゴーレムは現役の探索者のフルパーティでも厳しいぐらい強力なモンスターだからだ。


 事前に情報を持って作戦を立てて挑んだとは言えど、それを三人で完封出来たのはハッキリとハイレベルだったと評価出来ることだろう。


「このゴーレムの魔石、どれぐらいするんだろ。というか、かなりの時間潜りっぱなしで魔石もめちゃくちゃ貯まってるから相当な額になるんじゃ……」

「あ、次の探索用の資金にするからお小遣いはちょっとだけだよ」


 ……そりゃそうなんだけどな。今回の探索でも相当な額を使ったわけだし。


 久しぶりに地上へと戻って魔石の買い取りをしてもらうと全てで100万円ほどで目を見開く。


「ひゃ、100万……」

「今回は先に50万円ほど使ってるから儲けは50万ぐらい。ほぼ5日間まるまる使ってるから、日に10万程度を三人って考えるとそこまででもないかな。まぁ、次からは設備投資は必要がなくなるからもっと割りがよくなるだろうけど」


 まぁ一日3万円だとしても俺からすると相当な額だが……。


 と、考えていると会長は受け取った金をペラペラとめくってその中の10枚を俺に手渡す。


「残りはまた武器とか弾薬とか保存食とかを買い込んでおくよ」

「おお……こんな大金はじめて見た……。何に使おう」


 明日、佐倉と出かける予定だからそれに使ったあと考えるか。

 そう思っていると、スマホが何度も振動していることに気がつく。


 ポケットから取り出すと、ヒナ先輩や川瀬先輩、それに佐倉から連絡がきていた。一応、今日までダンジョンに潜るとは連絡していたが……。


 と、考えながらヒナ先輩に電話をかけて少し話していると、会長が俺の方を見てニヤニヤとしていることに気がつく。


「なんすか」

「いや、なんでもないよ」


 ヒナ先輩との電話を終えて、今度は川瀬先輩にかけると、会長は苦笑いをして俺を見る。


「なんすか」

「……いや、女の子との電話をハシゴしてるから。まぁ、なんでもないよ」


 そのあと佐倉にも電話をかけて、明日の予定について話したあと会長の方を向くと真顔だった。


「……藤堂くん」

「なんですか?」


 会長は俺の肩を掴んで言う。


「女癖が……悪い……!」

「え、ええ、いや、そういうのじゃないですよ」

「ダンジョンから出た途端に、当然のように女の子との電話を三人もハシゴするのは……マジでどうかと思う。マジでどうかと思う」


 会長の目はこれまでのヘラヘラとした笑みやキザったらしい笑顔からかけ離れた真剣なものだった。


 そ、そんなに……?

 あの終始ふざけている会長が真面目な表情をするぐらいだったのか……?

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