第25話:花嫁を攫うように

 保存食の晩飯は少し味気ないが、ちょっとした雑談やこれからの話はなかなか面白いものだ。


「御影堂会長、ハーフなんですね。普通に日本人かと思ってました」

「ええ、金髪だし目も青いのに……」

「いや、カラコンかと」

「なんでだよ」


 いやだって御影堂会長ってちょっとそういうところがあるし……。


「それにしても、初めてだけどなかなか良かったね。このパーティなら学校のダンジョンも最深記録を更新出来るかもしれない」

「いや、俺は生徒会の活動なら参加しますけど、先輩方のギルドの活動は参加しませんよ?」

「えっ、なんで?」

「いや、なんでって……部外者ですし」


 俺が加入したのはあくまでも生徒会でしかない。


「お二人ともどうぞ。食後のコーヒーです」

「ああ、ありがとうございます」


 高木先輩にお礼を言い、いい匂いがするそれに口を付ける。

 この前のぶぶ漬けコーヒーの時も思ったが、本当に美味いな。


 俺も会長も少し無言になって飲んでいると、高木先輩はクスリと笑う。


「やはり、こうして喜んでもらえると嬉しいですね」

「本当にめちゃくちゃ美味いです」

「ふふ、ありがとうございます。あまり設備がないので簡単なものですが」


 わざわざこうして用意しているのを見ると、本当に会長は愛されているなぁと感心してしまう。


 確かにそのまま物語の王子様として出てきそうな美形ではあるが、それを踏まえてもそんなに惚れる要素はないだろう。

 基本アホだし。


 茶菓子と共にコーヒーを飲んでいる会長は、先程の話を思い出したように話す。


「いやさ、でも、実際のところ生徒会もギルドも一緒の方が気楽だよ?」

「俺の加入理由を忘れたんですか」

「山本ヒナを権力でモノにするためだっけ……? それなら、彼女のギルドには入らない方がいいよ。バレたら総スカン食らうよ」

「違う。世話になってる恩を返すためだ。会長のギルドに入って会長を押し上げたら、相対的にヒナ先輩の順位が下がるでしょうに」


 手を伸ばして会長の食べているクッキーをつまむ。


「ふーん、僕のことが嫌いだからじゃないんだ」

「別に最初から嫌ってはないですよ。なんですか、それは」

「いや、割と嫌われがちだからね、僕は」


 自覚があるなら変な言動をやめればいいのに……。それもあって、向上心のある仲間が集められなかったみたいなところがあるだろう。


 そんなことを話していると高木先輩がウトウトとし始める。


「ああ、高木くん。先に寝ていても大丈夫だよ。初日なのに少し深くまで潜りすぎたね。すまない」

「いえ……お先に失礼します」


 と、高木先輩が去っていったのはベッドをふたつ置いている方の寝室だ。


 ……まぁ、会長も高木先輩も俺より大人なのでたぶん変なことはないだろう。二年間一緒だそうだし。


 そもそも、川瀬先輩の部屋に泊まった俺がどうこう言えるものではないだろう。


 会長とふたりきりのなか、クッキーを齧る。


 苦味と酸味のあるコーヒーと合わせると無限に食べてしまいそうだ。


 俺のスキルの中は、外界の音が入ってこないために酷く静かで、小さな音でもよく聞こえる。


 扉を締めきれていなかったのか、部屋の奥から高木先輩の寝息が聞こえてしまい、若い女性のそれを聞くものでもないかと声を出してそれを聞こえないようにする。


「先輩方って付き合ってるんですか?」

「ん、僕と高木くんのことかい? 案外君も色事を気にするんだね」

「まぁ……普通に、距離近いですし。……俺の前で、あまり好きじゃないヒナ先輩の名前を出すのは「俺が会長とそこまで仲良くするつもりはない」と高木先輩に向けて聞かせるためなんじゃないかと」


 高木先輩は会長のことになると少し変だが、後輩かつ無礼な俺にも丁寧ないい人だ。


 どうにもふたりの様子を見ていると、一方的に慕っているように見えてどうにもしのびない気持ちになる。


 俺が突っ込んで行くような内容ではないが、けれども見ていて気持ちいいものではない。


「まぁ、興味本意というわけではなさそうだから言うけど、彼女とは恋人ではないよ。もちろん、好意に気がついてはいるけどね」

「……別にそれに応えてやれとは言わないですけど。好意を利用するみたいな形になってるとしたら、よくないと思いますよ。向上心があるのは結構ですけど」


 俺がそう言うと、会長のクッキーを食べようとしていた手が止まる。


 少ししてから会長は口を開く。


「……許嫁がいてね」

「会長にですか? そりゃまた……今の時代に珍しい」

「いや、高木くんにだよ。……育ちが良さそうだろう、こんな学校にきているわりにさ」


 ……確かに高木先輩は会長が絡まなければ奥ゆかしい大和撫子というような雰囲気だが、本当に許嫁がいるようなお嬢様なのか。


 会長はクッキーを手に持ったまま、俺の話を聞く。


「……この学校に来てるなら、それなりに自由にさせてもらってるんじゃないですか。普通、親は嫌がるでしょうし、それが許されるなら結婚だって自分で決められるんじゃ」

「むしろ逆でね。彼女の父……というか、親族の多くは政治関係の人でね。特に迷宮関連のことに対しての発言力が強い。だけど、まぁやっぱり現場の声を知らないみたいな批判はありがちで、身内にいると都合がいいみたいだ」

「高木先輩、親に言われてこの学校にきたんですか」


 会長はつまらなさそうに頷く。


「そういうことになるね。親に言われて探索者をやっていて、親に言われて結婚相手が決まって、小さい頃は親に言われた習い事漬けって感じだったらしいよ。バイオリンとか、英会話とか、ピアノとか、乗馬とか、忙しかったそうだ」

「……それは、なんというか」


 俺が言うべきではないのだろうが、会長のつまらなさそうな顔を見ると「そんな顔をするなら助けてやれ」と言いたくなってしまう。


 俺の言いたいことを察したのか、会長は俺に言う。


「僕はさ、高木くんが不幸だとは思わないよ。君がここに来た理由は?」

「……親がいなくて、金がなかったからですけど」

「親からの強制も、貧困による強制も、さして変わらないだろう。この学校に通う人の多くは金に困っている」


 会長は言葉を続ける。

 摘む指に力が入っているのか、クッキーが少し崩れて机の上に粉が落ちる。


「探索者学校に国が補助金を出しているのは志望者が少ないからだ。言い換えれば、誰もやりたくない仕事を生活を盾にして無理矢理させられているようなものだ」

「……まぁ、裕福なら死ぬ可能性がある仕事なんて普通好みませんけど」

「親がいなくて貧困。高木くんと君を比べれば、はるかに君の方が不幸だろうね。高木くんはなろうと思えば君と同じ立場になれるのだから」


 それはそうなのだろう。

 会長の言っていることが正しいのは分かるが、けれどもそれを頷く気にはならなかった。


「この学校で、高木くんの不幸だけを殊更に取り上げる理由はないさ」


 それはそうなのだろう。けれども俺が反論したくなるのは……コーヒーの香りが、とてもいいものだからかもしれない。


 極めて冷静に話している会長を見る。

 俺はゆっくりと、自分の思いを言葉でなぞるように一文字一文字を丁寧に語る。


「……俺がこの学校にきて、一番尊敬している人はヒナ先輩です。優しく親切で、本当にいい人だ。一番親しみを覚えたのは川瀬先輩です。とても気が合うし、何時間もふたりで話していても疲れないし盛り上がりました」


 御影堂会長を見る。


「一番憧れたのは御影堂クイナです。固く折れない芯があると思ったからで。世間一般の「正しさ」よりも自分の美学を貫けるからです」

「……」

「俺を失望させないでください。あなたに正しさを期待した瞬間なんて、一度もないんですよ」


 御影堂会長は俺を見る。

 静かだが、睨み合うような状況。


 俺が目を逸らさずにいると、会長はゆっくりと真剣な口調で俺に言う。


「結婚式のウェディングドレスの花嫁を攫うようなことをしろと?」

「……好いているなら、ですけどね」


 俺の言葉を聞いた会長は「負けたよ」とばかりに手を挙げる。


「そうだね。僕も彼女を想っているよ。案外バレバレなのかな」

「……アレだけ露骨に好意を向けられておいて、拒否のひとつもないなら多かれ少なかれ好意はあるでしょうに」


 俺がそう言うと、会長は「そりゃそうだ」と頷く。

 それから俺をジッと見て、悪ガキみたいな顔で笑う。


「結婚式で花嫁を攫う。嫌いじゃないよ、そんなシチュエーションは」

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