第19話:相棒

 ……昨日見たのと同じ保健室の天井。

 外は暗く、時計を見ると短針が12時を刺してした。


「……ああ、目、覚めたのかい」


 パタリ、本が閉じる音が聞こえてそちらを見ると、御影堂会長が俺を見ていた。


「……あー、ご迷惑をおかけしました」

「いや、いいさ。昨日の今日でこれは少し驚いたけどね。……よく分からないけど、話は合わせておいたよ。今はダンジョンから出るのは自由で、入るのは禁止という感じだ。明日には授業もあるからそろそろダンジョンからは誰もいなくなってると思うよ」


 ……会長には何も説明せずにぶん投げたのに、本当に話を合わせてくれたのか。


 助かるけれど、ダンジョン探索者を育成する高校でダンジョンの封鎖なんて無茶が通ったことに強い驚きがある。


 本当に生徒会の権力強いんだな、と、入って一日で強権を振り翳しておいて考える。


「怪我は高木くんが治してくれたけど、痛むところはないかい?」

「あー、平気です。……すみません、こんな時間まで」

「いいさ。君は相棒だからね。これぐらい付き合うさ。……あまりの大怪我に肝が冷えたのは、事実だけど」


 もう一度謝り、身体を動かす。

 治癒系のスキルと聞いていたが、本当に身体が治っていることにかなり驚く。


 すごいな、特に左腕は後遺症で二度と使えなくなることを覚悟していたのに。


「……このこと、ヒナ先輩には伝わって……ないですよね」


 ヒナ先輩に伝わっていれば、ヒナ先輩がこの場にいるだろうと考えながらも少し不安になって会長に尋ねる。


 彼は心底呆れたように俺を見た。


「山本ヒナは知らないよ。君が知られたくないだろうと思ってね」

「……隠してくれたんですね。ありがとうございます」


 会長は俺の安心した表情につまらなさそうな目を向ける。


「……それで、何があったんだい」

「オーク。……一昨日も見たんですけど、低階層に出たんですよ」

「……君がたかだかオークに負けるとは思えないけど」


 随分と……高く買われている。

 まぁ、会ったその日に生徒会に勧誘するほどなのだから、そうなのだろう。


 会長の目が俺を捉えて、無言で先の言葉を促す。


「オークの出現の原因らしい、何者かが掘った穴がありました。そしてそこで見たのは……血で赤くなった鎧を纏ったオークでした」

「……オークの上位種かな。大きさは?」

「普通の個体……俺が見たことがあるのがそれを除いて五体だけなので、正確かは分かりませんが、それらと違いは感じませんでしたね。ただ、腕力は桁違いでした。大剣で周りの壁ごとえぐって攻撃してきました」

「……なるほど」

「あと、川瀬先輩からもらった銃で顔面を数発撃ちましたが、直撃しても多少怪我をする程度」

「……よく生き延びられたね」


 体を起こし、頷く。


「……頭がよかった」

「……?」

「俺のスキルの中にまで入り込まれたんですけど、動けない俺にトドメを刺さなかったんです。脅すだけ脅して。……おそらく、俺を殺すことで異空間の中に閉じ込められる可能性を嫌ったのかと」


 俺の言葉を聞いた会長は、頷く。


「つまり……通常のオークを遥かに超える腕力、強装弾の直撃を頭部に食らってもマトモにダメージを受けない防御力、加えて正体不明のスキルに対して適切な対応を取る知能……か。なるほど、聞いたことがない。普通のモンスターを遥かに越えている」

「……まぁ、信じられないですよね」

「いや信じるさ」


 当然だとばかりに会長は言う。


「……普通、ありえないんですよね」

「そうだね。そんなオークは聞いたこともない。……が、まぁ君が言うなら正しいだろう」


 ……信じてもらえたことが、信じられない。

 目を開いて数秒、会長は頷く。


「ところで、僕や山本ヒナと比べてはどうだい? 強さ」

「……そのオークの方が強いですね」

「了解。……これは僕たちの出る幕じゃないね。現役の探索者に任せるべきだ」


 本当に全部信じてくれるらしい。

 肩の荷が降りた感覚……それと同時に、思い出す恐怖。


 立ち上がって、腕の感触を確かめる。


「トウリくん?」

「……俺のスキルはサポート向きです。それに、実際に戦った感触を知っているのは俺だけです。役に立てるという確信があります」


 会長は俺を見ていつものいけすかない笑みを捨てて、「ニヤリ」と悪ガキみたいな表情で笑う。


「いいね、やっぱり君は実にいい。つまらないよね、負けておいて『賢く大人に任せましょう』なんてさ」


 俺は頷く。

 恐怖はある。けれども……だからと言って、責任を放棄して大人に任せておしまいにするつもりはない。


 その大人が負ける可能性も充分に考えられるのだ。


「いいよ、やろう。俺たちは『探索者』だ。いい子ちゃんじゃあやってられない」

「はい。……具体的には」

「僕たちとそれに高木くんの三人はサポート特化のスキルだ。前線に出ないことを約束したら、ねじ込むことも出来るだろう。存分にサポートしてやろう」


 その部分は会長に任せていいだろう。

 俺はボロキレになった制服の上着を羽織り、頷く。


「さて、そのユニーク個体はどう呼ぼうか」

「……血を浴びて吠えるオーク。【血吠え】のオーク、そう呼ぼうと思う」

「ふむ【血吠え】ね。……新生生徒会の初仕事にはちょうどいい相手だ。僕はOB会から探索者を集める。君は……」

「強くなっておきます」

「いい答えだ。一発かましてやろう」


 御影堂会長は握り拳を俺に向ける。

 俺も拳を握ってそれにぶつける。


 御影堂先輩と共に寮に帰り、共に一風呂浴びる。


 それから自室に戻ろうとすると、その近くの談話室に人影が見える。

 こんな時間にいるのか……と、少し覗くと川瀬先輩が銃を磨いていた。


「……あ、帰ってきた。こんばんは」

「こ、こんばんは……。というか、待ってたんですか? すみません」


 こんな夜遅くにわざわざ待っているとは思っておらず、慌てながら先輩の元によると先輩は怒った様子もなく無言で首を横に振る。


「時間、伝えてなかったから」

「いや、そういう問題ではなく……ちょっとトラブルに巻き込まれてしまって」

「……眠い?」

「いや、さっきまで気絶していたんでそんなに眠気はないですが」

「なら、いこ」


 川瀬先輩は気にした様子もなく「よいしょ」と立ち上がって俺の前を歩く。


「いや……その、朝もらったばかりで申し訳ないんですけど、銃、紛失して……」


 流石に怒られるかと思ったが川瀬先輩は気にしないように首を横に振る。


「トラブルってダンジョンで?」

「ああ、はい」

「……それで立ち入り禁止になったんだ。しょうがないよ」

「……すみません。でも、銃のおかげで命拾いしました」


 先輩は頷きながらエレベーターのボタンを押す。

 周りが静かで先輩も無口な人だからか、普段は気にならないエレベーターの動く音がやけに大きく聞こえる。


 エレベーターに乗って先輩の階までくると、先輩も年頃の少女なのに特に迷う様子もなく俺を中に招待する。


「……お邪魔します」


 女性の部屋に入るのは初めてだな……と思いながら脚を踏み入れる。


 同じ寮なので当然間取りは同じで小さめのワンルームだが、何もないがらんどうな俺の部屋と違って普通の家具が並んでいるため余計に狭く感じた。


 加えて……川瀬先輩の趣味なのか、それとも実用するものなのか、多様な銃火器が壁に飾られ、

 ちゃぶ台の上にも作業机の上にもおそらく銃の整備のための道具と見られるものが並べられていて、多様な弾薬の箱がいくつも床に置かれていた。


 棚には銃に混じって音楽CDとプレイヤーが入っているのも見える。


 部屋が狭くなるぐらい銃火器まみれ……だというのに、川瀬先輩のいい匂いもするという妙な部屋だ。


 ふたつの意味でドキドキとしてしまう。


「好きに座って」

「ああ、どうも……」


 整理はされているが、二人いるとあまり座る場所もないぐらい物の多い空間に腰を下す。


「……あー、銃の整備という話ですけど、それを失くしたので」

「なら、次に買う銃を決めよう。……カタログ、見る?」


 川瀬先輩は両手でカタログ誌を持ち、顔の前に持ってきてこてりと細首をかしげる。


 その声と表情はいつもとあまり変わりないがほんの少し楽しそうに見える。


 もしかして……銃オタクで布教しに来ているのか……?


 先輩はちゃぶ台の上にカタログを置いて、人差し指でパシパシと紙面をアピールする。


 ……あ、これ、布教してるオタクだ。


 俺は表情を変えないまま目を輝かせている先輩に付き合って、そのカタログに目を向ける。


 銃も失くしてしまったうえに散々待たせたんだ。そのお詫びというわけではないが……今日は先輩が満足するまで付き合おう。

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