第18話:宿敵・幸運・不運
それにしても……一昨日の二匹に加えて、今日の一匹、明らかにオークが多い。
明らかに他のモンスターに比べて危険度の高いこのモンスターにヒナ先輩が警告しないというのは考えられない。
普通に出るものではなくかなりのイレギュラーが続いていると見るのが正しいだろう。
……実際、あの四人パーティは全滅しかけていた。
原因を追求するべきか、それとも一昨日と同じく教職員への報告に留めるか……。
そう考えていたところ、妙な空気の流れを感じる。獣臭い風。
何かあっても自分のスキルの中に入れば安全だろうという自負からそちらに脚を進める。
もらった地図によれば何もない行き止まり……そこに「穴」があった」
ダンジョンに生成された壁とは違う、何かによって掘られた穴の道。
それなりに大きく、人間が掘ったにしては高さも幅もある。……オークが掘った? まさかな。
だが、確かに感じる獣の臭い。銃の感触と剣の感触を確かめて、一歩、そこに脚を踏み入れる。
それからしばらくというほどでもない短い時間歩いていると、オークと出会い、手早く銃によって始末する。
安全のために銃を使ったが……音で寄ってきてしまうかもしれない。
挟み撃ちになるとまずいと考えて引き返すと、引き返した先からオークが現れる。
「……っ、マジか」
音に寄ってきたにしては早すぎる。オークの出入りが激しい道であると考えるのが自然だ。
弾丸の残りを数えながらも、それ以上に撤退を優先すべきと考え、鉛玉をばら撒きながら道を戻る。
ふっと明るい道に戻ってきて、この穴の道から抜け出せた……そんな安堵は、来なかった。
濃い獣の臭いと、それよりも濃い鉄の臭い。
その鉄の臭いは纏った鎧のせいか、それともその鎧を赤く染める古い血のせいか。
見た目は獣の頭と大男の身体。普通のオークとさほど変わりないが、これは──違う。
感じる死の匂い。
全身から鳥肌が立ち、体が勝手に動く。
下がりながらの発砲。今までは狙いを定めるために止まっていたが、その余裕はなかった。
偶然なのか、それとも恐怖による集中力の賜物か、弾丸は鉄の悪臭を纏うオークの頭部へと飛ぶ。
けれども、その弾丸は頭部に届くことなく、手に持っていた大剣により阻まれる。
仕留められるとは思っていなかった、だが、こうも通用しないとまでは考えていなかった。
ただのオーク程度のイレギュラーとは格が違う、明らかな異常事態。スキルを発動して中に逃げ込むイメージすら出来ない。
迫ってきた化け物の大剣を前に、銃を上に放り投げて、両手で剣を握り込む。
そして全力で、壁へと逸らす。
「──ッッッッ!!!!」
狭い道を利用し、オークの大剣の向きを変えて壁にぶつけさせるが、その壁ごと抉り取って俺に向かって突き進む。
まるで重機のような通常の生物ではありえない膂力。だが、けれど、懐に入り込むことに成功する。
剣を振るおうとしたが、感触が軽い。大剣の軌道を逸らしただけでへし折れたらしい。
振るった折れた剣は鉄の鎧に阻まれ弾かれる。
上から落ちてきた銃をオークに突きつけて連続の発砲、何発もマトモに顔面に入ったはずなのに、血を流す程度でオークの動きにダメージは感じられない。
「ッ化け物がよ……!」
弾切れ。剣もない。
予備の武器はスキルの中にあるが、扉を開いて中のものを取り出すだけの隙はないだろう。
死を目の前にして、息を吐く。
一か八か……近すぎて大剣を俺に振るえないオークは拳で俺を殴り飛ばす。
オークの拳を受けた俺の左腕はもはや痛みすら感じるまもなくぐちゃぐちゃに潰れ、その奥の肋骨までパキリと折られた感触がするが……生きてるし、意識がある。
ゴム毬のように身体が吹き飛びながらもその幸運にへらりと笑う。
「……はな、れたぞ」
俺はそう言いながら虚空を掴む。
【404亜空間ルーム】そのスキルにさえ逃げ込めば、外側からも内側からも干渉することは出来ない。
扉を開けたそのとき、声が聞こえた。
「もー、あんた達が弱いからこんなことに……」
血で滲み、脳の揺れのせいでボヤけるその先。……先程の四人の男女の姿が見えた。
──見えて、しまった。
「ッ──逃げろ!!」
俺のスキルは逃げてしまえば外側からも『内側からも』干渉出来ない。
俺にとっての最大の不幸は、この化け物に出会ったことではない。このとき、あの四人を見つけてしまったことだ。
開け放たれた扉を無視して、脚を前に突き動かす。
武器はなく素手、しかもマトモに歩くことすら出来ずに何度も壁にぶつかるような有様。
どれだけ万全であろうと勝てるはずのない相手に、最悪の状態で突進する。
オークの目が俺を捉える。ありえないほどの恐怖の中、オークが拳を振りかぶった瞬間に手を伸ばしてスキルを発動し、障害物を生み出す。
悲鳴と走り去る音を聞きながら、安心感と共にスキルの扉がへしゃげて、その拳が俺を吹き飛ばすのを見る。
吹き飛びながらもはや前後も上下も分からず、呼吸も出来ない中、幸運にかけてスキルを発動して扉を開く。
ガチャリという音と共に吹き飛んだ体が運良く扉の中に入り込む。
そして、立ち上がって扉を締めることも出来ない中……その化け物がノソリと扉を潜り、俺のスキルの中に入ってくる。
……あー、ああ、死んだ。
だけど、幸運だ。
川瀬先輩と夜に会う約束をしていたので、俺が来なければ部屋まで会いにくるだろうし、部屋にもいないと分かれば、俺がダンジョンでいなくなったのだとすぐに気がつくだろう。
生徒会長から気に入られていることもあり、行方不明となれば大勢で探しにきて……この穴の道もすぐに見つかるだろう。
それなら、きっと、被害は俺だけで済む。
幸運だ。
俺は幸運だ。
ああ、けれど……ごめんな、佐倉。
また自分を犠牲にして死んでしまって。
知ればきっと泣くよな。……だから、死にたくない。
「……死にたく、ないな」
けれども動くことが出来ない俺にオークが近づき、その大剣を振り上げる。
なんとなく「見事だった」とでも言うような視線と共にその大剣が振り下ろされる。
砕ける音、激しい痛み。……俺の顔の目の前で大剣が床を砕いていた。
……生きてる?
オークの目が俺とスキルの扉を交互に見る。
まさか──異空間のスキルの中で、スキルの持ち主が死んだときにどうなるのかが分からなかったからか?
もし、俺が死ねばこの空間に囚われるかもしれない可能性を考えて……立ち止まったのか?
「グオオオオオォォォォォォォォオオオオオオ!!!!」
大地を揺らすような咆哮。
その後オークは捨てるように俺を見て、去っていく。
……まるで「俺の勝ちだ」と誇るようなその背を見ながら、死に物狂いでもがき、扉を閉じる。
生きている。……全身の打撲、左腕はぐちゃぐちゃ、けれど、生きている。
「……早く、報告しないと」
数分待って、槍を杖代わりにして外に出る。
アドレナリンが効いているうちに、少しでも歩かなければ。
フラフラと揺れる体を引き摺って、現れたゴブリンを突き殺し、魔石も拾わずに道を戻り続ける。
ゴブリンの血を浴び、スライムを倒しきれずに纏わりつかれながらダンジョンを脱出し──職員や生徒に囲まれながら、倒れ込む。
「だ、大丈夫か!? ほ、他の仲間は!?」
「っ……仲間は、いない。それよりも……俺は、生徒会、会長補佐の藤堂だ」
失われゆく意識の中、生徒会の名前を出し、振り絞る。
「──封鎖だ。今から、この瞬間から、誰もダンジョンに入れるな。御影堂会長の指示だと思え」
詳しく話して説明する余裕はない。
会長の名前を出したのはほとんど虚言だが……そこはもう、会長が話を合わせてくれると信じる他ないだろう。
最低限の仕事は終えた。
あとは──今晩の川瀬先輩との約束を守れなかったことを謝らないとな。
そう考えていたはずが、いつのまにか俺は意識を手放していた。
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